038 天狗と妖精3
「リヒト様! 料理が出来ました!」
キサキが料理を作りに出て二十分ほどが経った頃。やがて、料理ができたようで我の自室にお盆を持ちながら入ってきた。
「うむ。礼を言う」
「いえいえ。では、どうぞ召し上がってください」
キサキは両手に持ったお盆を我がいるテーブルの端に置くと、料理が入った器を持ち上げて我の前に置いた。
料理はシチューのようだ。……多分。中々にいい匂いを漂わせている。その赤紫色の毒々しい……もとい不思議な色合いのシチューは色彩が非常に豊かで、見る者の目を楽しませる。
……いや、現実逃避はやめよう。これはダメだ。食べたらヤバイと本能が訴えかけてくるレベルのものだ。料理を一目見た時から、頭の中で警鐘がカンカンカンカン鳴っている。赤紫色の料理? そんなの見ただけでヤバイだろうがッ! だが何でこんな見た目なのに良い匂いがするんだ?!
とまぁー、色々言いたいことはあるのだが、とりあえず感想を述べねば。キサキが先ほどから期待の眼差しを向けてくるのでな……。
「な、中々にエキセントリックでアバンギャルドな料理であるな」
「はい! リヒト様のために心を込めて作りました! どうぞ召し上がってください!」
た、退路を塞がれた……。そんなことを言われたら食べざるを得なくなるではないか。これで“やっぱいらん”などと言ったらキサキは間違いなく落ち込むだろう。
それに元はと言えば、我がキサキに頼んだようなものなのだ。それをこちらの一方的な心情で断れようはずもない。幸い、匂いだけは良い匂いなのだ。もしかしたら、ヤバイのは見た目だけかも知れん。うむ。絶対そうに違いない。我はキサキを信じるぞ! 信じることは、より強固な信頼関係を築くための第一歩なのだからな! 仲間なら尚更だろう!
「で、では頂くとしよう」
我はスプーンでシチューをひと掬いし、それを口に運ぶ。
うん? ……美味い。美味いだと?! そんなバカな?! ……いや! ちょっと待て! 舌の先がピリピリとしてきたんだが?!それに心なしかフラフラとするような……あっ、ヤバイ。倒れそう……
——バタンッ!
「ガフッ。毒耐性高いはず……なのに……な……ぜ……だ……」
「えっ? リヒト様?! リヒト様ーッ!」
ああ、なんか遠くでキサキが我を呼ぶ声が聞こえてくる。
そして、それを最後に我の意識は完全に闇へと沈んでいった。
♦︎♦︎♦︎
我の目の前に川が流れている。
穏やかな流れのその川では、乗客? を乗せた船頭が船を操っていた。そして、その船が向かう先。そこには綺麗な花畑が広がっていた。花弁と茎しかない花が風がないのにユラユラと左右と揺れているのが見える。その花は高さが40cmほどある赤色の散形花序で六枚の花弁が放射状についている。
中々に幻想的と言える光景だ。だが一体、ここは何処だろうか?こんな場所に来た記憶がないのだが……。我はつい先ほどまで……??? うん? 我は一体何をしていたのだったか?
「おっ! 貴様! その場に来たのか! ということは貴様は死にかけているということだな! クックック。ならば早くこちらの側に来るがいい! あの時のような不覚はもうとらんぞ!」
川の対岸からいつしか聞いたことがある声が聞こえてきた。
そちらに目を向けると、いつしか妖精の里を襲っていた爆炎龍がいた。何故ここにいる?! というか何故生きている?!
「なんだ? 狐に化かされたような顔をして……ほう? ひょっとして貴様、ここがどこだか分かっておらんな? ならば教えてやる。ここは彼岸というヤツだ。つまりはあの世だな」
「あの世だと?! 何故我がこんな場所にいる?!」
「知らん! それに貴様はまだ死んでおらん。貴様が立っているそこは辛うじてまだ此岸だ。まっそんなことはどうでもよい! 早く貴様もこちらに来るのだ! そして、また戦おうではないか! それに此方の世界は楽しいぞ? 常に刺激に満ちているからな!」
「誰が行くか! ……我は現世に戻る」
「強情なヤツだ。我輩は貴様が来るのを楽しみに待っているぞ。そして、こちらに来たならまた殺し合いといこうではないか! まあもう死んどるから殺しても死なんがな! グワァァァーハッハッハッ!」
我が“現世に戻りたい!”と強く念じると、雄大な川や花畑、そして爆炎龍の姿が歪んでいき、やがて何も見えなくなった。
そして、意識が現世で浮上していくのを感じた。
♦︎♦︎♦︎
「うっ、ここは?」
「あっ! リヒト様! 目覚められたんですね? 心配いたしました! ご無事で何よりです!」
目が醒めると、そこは倒れた場所である我の自室だった。いつの間にかベッドに寝かされている。周りにはフィリア、レアハ、ティターニア、リーリア、そしてコウガたち天狗が勢揃いしていた。窓に目を向けてみれば、他の妖精たちも心配そうに顔を覗かせている。
確か……我は倒れたんだったな。だが、そんなことよりも今は言うべきことがあるな。それは目の前にいるコウガに、だ!
「コウガ。お前、キサキの料理について知っていただろう?」
「えーっと、まあはい。キサキの料理がヤバイ代物なのは知っていましたが、今まで死人は出たことなかったんで大丈夫かなと。今まで一番重症だったヤツは一週間ほど寝込みましたけど」
「それは大丈夫だと言わんからな?! というか我、死にかけたんだが?! 以前妖精の里を襲っていた爆炎龍——我が殺したヤツが対岸で我を呼んでいたんだが?!」
「えっ?! ひょっとして三途の河?! そんなにヤバかったんですか?! ……あっ。もしかして、いやもしかしなくてもリヒト様の症状が重かったのはキサキが気合を入れすぎて作った所為? それで毒効果も倍増、みたいな?」
「……今度キサキの料理をお前にも食べさせてやるからな」
「うえっ?! ちょ、ちょっと勘弁してくださいよ! キサキの料理で俺が今まで何回死にかけたと思ってるんですか! おかげで毒耐性もバッチリついたほどなんですよ?!」
「冗談だ。あの料理はマジで洒落にならん。というかキサキは味見とかしないのか?」
「味見ですか? 何でしょうそれは? ……というかリヒト様もコウガ様もさっきから酷くないですか?!」
いや、あんな料理を作って食べさせるお前の方が酷いと思うのだが……。とりあえず結論。キサキに料理を任せるべきではない。ここはこれを心を鬼にして言うべきだろう。いや、言わなければならない。我の今後の安寧のためにも!
「キサキ。お前は今後一切調理場に入ることを禁ずる」
「えっ? リヒト様?! 何故ですか?!」
「何故ですか? ってお前な……。これは決定事項だ。考え直す余地はない」
「そんなぁ」
「それと、今後調理場に入るのはシュリもしくはティターニアの許可を得た者だけとする。……というわけだから頼んだぞ、シュリ。ティターニア」
「はい! お任せください!」
「承知いたしました! 調理場は私たちが守ります!」
うむ。これでもう大丈夫だろう。キサキには何が何でも調理場には触れさせんからな! ……一応、キサキだけ弾く結界を張っておいた方が良いか?いや、そこまでするのは信頼していないと言っているようなものか。
「さて、話は変わるが後二週間ほどで戦争が始まるわけだ。だが、それまでにしなければならないことは特にない。精々がレベル上げくらいなものだろう。故にこれからは戦争が始まるまで各自自由にしていてくれ」
さて、では我ももう二、三日ゆっくりしたら迷宮にでも潜るとしようか。そして、二週間後はいよいよ敵情の偵察だな!




