037 天狗と妖精2
「ああ、それでですか。なんかリヒト様が異様に慕われてるような気がしたんで何でかな、と思っていたんですよ」
我はコウガの話を聞いた後、妖精との出会いと戦いについて話していた。
プレデタープラントに食べられかけていた……いや、すでに食べられていたから溶かされかけていた、が正しいか? まあ、とりあえずリーリアを救出したこと。妖精たちの窮状を聞き、救うことにしたこと。爆炎龍と戦い、勝利したこと。妖精たちの集落以外の周辺地帯が焼け野原となったこと。新たな住処を提供したこと。などなどを順序立てて説明した。
そして、それに対するコウガの反応というのが、最初のアレというわけだ。
「まあ、ただの成り行きだ。運が良かったとも言えるかもしれんな。何はともあれ、一先ず仲間集めは終わりだ。これからは魔王との対決を見据えて行動しようと思う。差し当たって行うことは偵察だな」
「偵察ですか?」
「うむ。以前も話したと思うが、【死霊国デルタリウム】と【イプシロンザ王国】が戦争を始めたら偵察に行こうと思っている。勝利を勝ち取る鍵の一つは相手の情報をどれだけ知っているか、だからな」
「なるほど。“敵を知り、己を知れば百戦危うからず”というわけですね?」
「うむ。偵察の人選はまだしていないがな」
我とコウガがそうして話していると、シュリとティターニアが部屋に入ってきた。どうやら料理ができたようだ。
「リヒト様! 出来ました!」
「私のも出来ました! どうぞご賞味くださいませ!」
シュリとティターニアはそれぞれの料理を我の前に置いた。また、互いの前にもそれぞれが作った料理を置いていた。どうやら互いの料理を自らも審査し合うようだ。
作った料理は二人とも同じで、野菜や肉が入ったスープであった。周囲にはいい匂いが漂い、食欲を刺激する。スープに入った色とりどりの野菜類はバランスよく配置され、見栄えもすこぶる良かった。
そういえば、ティターニアに作ってもらったのはお菓子——クッキーだったので、普通の料理を食べるのは初めてだな。もし、良い物なら今後もたまに作ってもらうとしよう。
「では、頂くか」
我はまず、シュリが作ったスープをスプーンで掬い、口に運んでみる。……ッ?! これは美味い! 適度な大きさに切られた野菜からダシが出ており、優しい口当たりになっている。そして、これまた一口大に切られた肉が、よりスープの味に深みを出していた。我は生まれて初めて料理を食べたわけだが、こんなに美味いならもっと早く作ってもらえば良かったと、そう思えるほどの一品だ。
「うむ! 美味い! 料理がこんなに良い物だったとは!」
「喜んでいただけて何よりです」
シュリが照れながらお礼を言う。頬を染めながら恥じらう様子は中々に可憐だ。
次にティターニアが作ったスープを飲む。……ッ! やはりというか、こちらもとんでもなく美味い! これは甲乙つけがたいな。シュリのスープは野菜が主役で肉は引き立て役といった感じだが、ティターニアのスープはそれと趣向が逆だ。最早、似て非なる料理と言えるだろう。
「ティターニアのスープも美味いな。優劣をつけ難いぞ、これは」
我が審判を迷っている中、シュリとティターニアも互いのスープを食べ始めた。
「?! これは! ……やりますね」
ティターニアはシュリの料理を食べ、少し悔しそうな表情を顔に浮かべながらシュリに告げた。
「そう言っていただけて何よりです。ですが、ティターニアが作ったスープもとても美味しいものですね」
「?! そうですか? ありがとうございます」
「ふふふ。では勝負は引き分けということでよろしいですね?」
「そうですね。リヒト様の側仕えは私たち二人で担当することにいたしましょう。よくよく考えてみれば、リヒト様ほどのお方が一人しか側仕えを置かないというのも変な話ですし」
「確かに。ではこれから二人で頑張りましょう!」
シュリとティターニアは互いに手を取り合って決意を新たにしていた。二人の間には、最初出会った時の剣呑な雰囲気は一切なく、互いを認め合ったライバルのような、それでいて友人のような雰囲気を醸し出していた。“昨日の敵は今日の友”とはこのような関係を言うのだろうか? まあ、昨日も何もまだ同じ日の出来事でしかないのだが……。
というか、なんか我が審判を下す前に解決してしまったんだが……。まあ、“終わり良ければ全て良し”ということか。何はともあれ、互いを認め合えたようで何よりである。配下の仲が悪いのは上に立つ者としては嫌であるしな。
「そうだ! ティターニア! 私に妖精の料理を教えてください! 私も一族に伝わる料理をお教えします!」
「それは良い案ですね。……リヒト様。今しばらく御身をお離れすることをお許しください」
「構わんぞ。ゆっくり話し合うといい。シュリもな」
「 「はい!」」
シュリとティターニアは仲良さげに部屋を出て行った。そして、それに続くように、ガハクとギンガは日課の鍛錬に、フィリアは城の掃除に、レアハは昼寝に、それぞれの目的のために次々と部屋を出て行った。後に残ったのは、コウガとキサキだけであった。
「リヒト様は料理がお気に召したのですか?」
キサキが突然尋ねてきた。そういえば、今の今までいやに大人しかったな。何かを考えていた風ではあったが。一体何を考えていたのだろうか? ……まあ、良いか。考えても分からんし。
「うむ。今まで料理というものを食べたことがなかったのでな。元々我の種族は食事を必要としない故に食べたことがなかったのだ。だが、こんなに良い物なら今度からはたまに食べたいとは思っている」
「そうですか。……ならば! 私も今から何か作ってきますので是非とも食べてください!」
「うん? キサキも料理が作れたのか。うむ、それならばお前の料理もいただくとしよう」
「はい! 了解しました! すぐに作って参ります!」
キサキはスキップでもするかのように浮かれながら部屋を出ていった。いつものクールな様子とはまた違った印象だな。やはり、まだ出会って日が浅いために知らない面というものはあるのだな。これからは他の面についても知っていきたいものである。
「リ、リヒト様。本気ですか?」
「何だコウガ? 本気とはどういう意味だ?」
「いえ、キサキの料理は……いや、アレから時間は大分経っているわけだし今は大丈夫になったのか? いやでも……」
「どうした? 先ほどからブツブツと」
「いえ、近いうちに分かることですし。この場では敢えて何も言わないことにします」
「??? そうか?」
一体何だと言うのだ? まあ、言わないということは大した案件ではないのだろう。それよりもキサキが料理か。全くそういう印象はなかったな。どちらかと言えば、細かいことが苦手っぽい印象だからな、キサキは。だが、自信満々な様子であったし、期待は持てそうだ。
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この時、出てくる料理に思考を巡らせていた我は気にしなかった。コウガがそそくさと部屋を出て行っていたことを……。そして、それが意味することについても。
もし我が、コウガが出ていったことと、その意味について気にしていたなら。もし、先ほどコウガが言い淀んでいたことをしっかりと聞き返していたなら。
それらのどちらか一つさえしていれば、後の悲劇を防ぐことができたのかもしれない。……いや、たらればの話をしたところで意味などはないのだろう。ただ、後に悲劇が起きた。その結果が全てなのだから。