036 天狗と妖精1
妖精たちを爆炎龍とその配下から救ってから早くも一週間以上が過ぎた。
我は現在、【帰らずの森】にある拠点の城に戻っていた。ちなみに、まだフィリアやレアハ、コウガたちは戻ってきていなかった。もし、フィリアとコウガたちだけがレベル上げに向かったとして未だ帰ってきていないなら心配したかもしれないが、レアハが一緒についているので問題ないだろう。アレはアレで我に匹敵する強さを持っているからな。まあ、我の方が強いとは思うが……。
さて、そんな我が今何をしているのかと言えば、それは何もしていないとしか答えられない。一応、妖精九十八人を新たな配下として仲間に加えることは成功したので、しばらく仲間集めは休憩だ。
故にフィリアやレアハ、コウガたちが帰ってくるまではノンビリと城で過ごそうと思う。思えば、この世に生を受けて以来、常にバタバタとしていて真面に休日というものを取ったことはなかった。たまにはこのような日々を過ごすのも悪くはないだろう。
だが、そんな我には現在、悩み事がひとつある。それは——
「リヒト様。クッキーが出来ました。是非お食べになってくださいませ」
「う、うむ。有り難くいただくとしよう。……一緒に食べないか?」
「お気遣いいだだきまして恐悦至極に存じます。ですがそれは恐れ多いことでございます。ですから遠慮なさらずにどうぞ召し上がってください」
「そ、そうか」
そう。妖精女王——現在は名付けを行い“ティターニア”という名を持っている——が何かと我の世話を焼きたがるのだ。それも嬉々として、だ。訳を聞いてみれば、彼女の中で我は神の如き存在にまでなっているようだった。“お世話をするのが至上の喜びです”、とか何とかも言っていた気がする……。
今回だって何となく、“何か食べ物を食べてみたいな。今度誰かに頼んでみるか”、と誰もいないはずだった廊下で呟いただけだったのに、いつの間にかそれを把握し、その日のうちにクッキー焼いて持ってきているし……。此奴、こと我に関しては無駄にハイスペックではなかろうか。
「無駄ではありません! 私はリヒト様のためなら不可能を可能にしてみせましょう!」
「そ、そうか」
ホントドウシテコウナッタ。
そう思わずにはいられない今日この頃である。まさか、読心までやってのけるとは……。
まあ、慕われていると思えば悪い気はせんし、むしろ嬉しいわけではあるのだが、“神”と同列はやめてほしい。たまに“リヒト様”ではなく“我が主神様”と言い間違えているのは、ハッキリと聞こえているからな。全く。
「あっリヒト様! それ美味しそう! ひとつ頂戴!」
我が内心軽く溜息をついていると、開いた窓から葉妖精が一人入ってきた。
「リーリアか。いいぞ」
「やったーッ!」
「ほら。食べるといい」
我はティターニアが作ったクッキーのひとつを摘み、リーリア——リヒトが最初に出会った妖精——の口に持っていく。
彼女は口を大きく開けて、クッキーを齧った。葉妖精は30cmほどのミニマムサイズなので、我用に作られたクッキーは大きすぎる。故にガジガジと齧って食べるのだが、この感じが小動物を連想させるので微笑ましいと思ってしまうのは内緒だ。
言ったらおそらく“妖精の足妙技”を食らわせてくるに違いない。前にも少し揶揄ったことが何度かあるのだが、その度に妖精の足妙技を食らわせられたからな。まあ、全く痛くはないのだが。そして、その度にティターニアに“何をしているのですかーッ!”と追いかけられていたのはご愛嬌というものだろう。
「リーリア?! 何をしてるんですか?! 私だってまだしていただいたことが……じゃなかった。それはリヒト様のために作った物ですよ! あなたたちの分もちゃんと作ってあるんですからそちらを食べなさい!」
「えぇー」
「“えぇー”ではありません! 全く。油断も隙もないんですから。……リーリア。あなたにはリヒト様と出会うきっかけをもらったばかりか、私たちを救う働きをしてもらったわけですから感謝しています。が、それは戴けませんよ?それと! もっとリヒト様を敬うのです! リヒト様は神の如き慈愛と威厳、そして能力を持った方なのですから!」
「「……」」
ダメだ。もうティターニアは手遅れだ。これを改心させるのは不可能ではなかろうか。【知恵神】、何かないか? 知恵を貸してくれ。
《結論から申し上げれば不可能ですね。まあ、頑張ってください♪》
ぐぬぬ。人ごとだと思って。
《人ごとですから♪》
「……リヒト様。なんかティターニア様が怖いんですけど」
「落ち着け。まあ、慕われていると思えば……。うむ。問題ないぞ?」
「ハテナマーク付けながら言われても……食べるもん食べたし私は外で遊んできまーす」
「リーリア?! まだ話は終わってませんよ?! ……って行ってしまいました……あの子は後で説教ですね」
そんな風に午後の時間を穏やか? に過ごしていると、やがて強大な力を持った集団が城に入ってきたのを感じた。そして、気配を感じて五分ほど経った頃。我が今現在いる自室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「入れ」
「失礼します、リヒト様。ただ今戻りました」
入ってきたのはフィリア、コウガ、シュリ、ガハク、キサキ、ギンガ、そしてレアハの七人だった。レアハは以前と全く変わらないが、フィリアとコウガたちは相当レベルを上げてきたようだ。感じる存在感や威圧感が前とは比べ物にならない。レベル上げは一先ず成功したようだ。
「うむ。よくやった。だいぶ強くなっているではないか」
「はい! ありがとうございます! ……ところで其方の妖精は? ひょっとして新しい仲間ですか?」
「ああそうだ。紹介しておこう。彼女は妖精たちの長——妖精女王のティターニアだ」
「ティターニアと申します。リヒト様専属の側仕えを担当することになりました。以後お見知り置きを」
うん? 専属? 側仕え? なんの話だ? 全く身に覚えがないのだが……。そんなこと言ったか?
「むっ。私は認めません! リヒト様のことはあなたよりも私の方がよく分かっています! ですから! 側仕えはこの私にこそ相応しいと思います!」
突然、シュリが反論した。心なしか声が低いような気がする上、こめかみがピクピクとしているような……気のせいだろうか?
「いえ、貴方には任せられません」
「……それは私では力不足と、そう言いたいのですか?」
「ええ、不躾ながら。特に料理は誰にも負けないと自負しております。無論、貴方にも」
ティターニアが“ふふーん”といった様子で胸を張った。だが、小さな体で精一杯胸を張る様子は何か微笑ましいものを感じてしまう。
「ふふふ。そうですか。ですが、私の方が上手に作れると思いますが? それにあなたのように小さな体では大変でしょう?」
シュリの挑発がかった言い方にティターニアのこめかみがピクッと動いた。
「……そうですか。ならば、料理対決といきましょうか。白黒はっきりつけようではありませんか」
「望むところです。完膚なきまでに叩きのめして差し上げます」
「「ふふふふふふ」」
怖ッ! なんか二人の笑顔が異様に怖い! 何故こうなったのだ?! 知らぬ間に話が進んでるし! というか我、側仕えなどいらんのだが……。しかし、この空気。とてもではないがそんなことは言い出せない。
「では、私たちは料理を作って参ります。しばしお待ちください」
「リヒト様。側仕えたるこの私に喧嘩を売ってきた無礼者を成敗して参ります」
そして二人は睨み合いながら部屋を出て行った。後に残ったのは、なんとも形容しがたい変な空気だけである。どうしたものか、これ……。
「まぁあれだ。他にも妖精がいるんだが、彼女らには折を見て顔合わせでもしといてくれ」
とりあえず話を強引に戻すことにした。
「りょ、了解です」
コウガは変な表情を浮かべながらも返事をした。
「そういえばお前たちは何処まで行っていたのだ? えー、確か【水晶の洞窟】だったか? そこに行ったのか?」
「はい、そうです」
「そうか。……では、我と別れた後について色々教えてくれるか? 我もお前たちと別れた後の出来事について話そうと思う」
「了解です」
そうして、ティターニアとシュリを除く我たち七人は時間潰しを兼ねた情報交換をすることにした。