031 ダーインスレイヴ大森林6
スキル【飛翔】で背に漆黒の翼を生やし、空中へと飛び上がった我は爆炎龍と対峙していた。
「貴様……まさか吸血鬼か? なぜ我輩の邪魔をする? 貴様には関係なかろう?」
スキルの【飛翔】は吸血鬼固有のスキルだ。爆炎龍は我が【飛翔】を使ったのを見て、我の種族に気がついたようだ。
「いかにも我は吸血鬼だ。何故邪魔するのかと聞いたな? よかろう。冥土の土産に教えてやる。あの妖精たちは、我が配下にと考えている連中なのだ! 故に手出しはさせん!」
「ククク。フハハ。グワァァァーハッハッハッ!!! ならば! ならば守ってみるがよい!!!」
「ふっ、望むところだ。お前は我が倒してくれる! 精々この里に手を出したことを後悔することだ!」
我はスキル【血液操作】で両手に血剣を作り、デバフ効果のある闇魔法を纏わせる。そして、【身体強化】のスキル使い、身体強化魔法もかけておく。
爆炎龍は強敵だ。それも今まで戦ったどんな敵よりも強い。故に、此度の戦いは長期戦になるだろう。
長期戦においてデバフ効果が齎す影響は大きい。一撃一撃で与えられるデバフ効果は微々たるものだが、それが積み重なれば相応の弱体化を望める。また、強者同士の戦いにおいては、若干の能力低下が齎す影響も無視できるものではない。
爆炎龍が我目掛けて高速接近し、前足を振り下ろして攻撃してきた。我は発動しているスキル【飛翔】で高速移動し、それを避ける。流石は特Sランクの魔族だ。中々の速さと威力ある攻撃を持っている。
我はすれ違いざまに爆炎龍の顔面を斬りつける。が、しかし——
——ギィィィーン!!!
チッ。やはり通らんか……。これだから龍種は嫌なんだ。どこもかしこも硬いときている。迷宮で戦ったスケルトンドラゴンはまだレベルが低いから良かった——それでも大した防御力ではあった——ものの、今回はレベル上位の爆炎龍だ。厄介なことこの上ない。だが、弱音を吐いていても仕方あるまい。まずは龍鱗を突破する方法を探さねば。
やはり、目や口を狙うべきか? いや、他の場所より龍鱗が薄そうな腹部か? というかそれ以前に血剣による攻撃は効くのか?
「戦闘中に考え事か!!! 我輩を舐めておるのか貴様!!!」
我が攻撃について、どうしたものかと考えながら戦闘していたことに感づいたのだろう。先ほど以上の怒気を撒き散らしながら様々な攻撃を加えてきた。
前足の振り下ろし。尻尾による薙ぎ払い。噛みつき。火魔法——数百にも及ぶ【ファイアーボール】——による攻撃。体当たり。踏みつけ。蹴り上げ。翼による叩きつけ。etc……。
それらの一撃はいずれも強力なものばかりで、中にはAランク以下の魔物が喰らえば、ほとんどの場合で一撃死するであろう威力がこめられている攻撃もあった。
無論、我の場合は一撃死することはないが、それなりのダメージを受けてしまうであろうということは容易に想像できる威力だ。
しかし、我はそれらの攻撃は悉く防ぎ、そして躱すことに成功していた。
速さになら我に分があるので、物理的な攻撃は高速飛行でその悉くを避け、魔法による攻撃——数百にも及ぶ【ファイアーボール】は、スキル【物理操作】で我に当たらないよう、その軌道を逸らした。
爆炎龍の攻撃は当たれば脅威だが、当たらなければ意味がない。
しかし、此方から爆炎龍に対する有効打がない。何かないか? クッ。ここにきて密かに悩んでいた攻撃力不足が露呈してきたか……。やはり、血剣では限界があるな。いずれは名剣の類でも手に入れる必要があるかもしれん。……いや、待てよ。【知恵神】。魔法に何かないか? 有効な攻撃の手立ては?
《あるにはあります。しかし、それをこの場ですぐにできるかと問われれば難しいと言わざるを得ません。それにかなり使いどこを選ぶ魔法でもあります》
それでもよい。このままでは、倒されることはないだろうが倒すこともできん。
《分かりました。手段は一つです。それは合成魔法と呼ばれる魔法です。複数属性の魔法を合成し放つことで威力ある攻撃が放てます。おそらくそれを使えれば爆炎龍の龍鱗を突破できるでしょう。マスターの場合は魔力量が多いので、かなりの威力が期待できますから》
分かった。では頼む。教えてくれ。
《はい》
「貴様ッ! 舐めておるのかッ! 先ほどから戦闘中にも拘らず身が入っておらぬではないかッ!」
「お前の攻撃がノロすぎるからであろう?」
「き、貴様ーッ! 我輩を愚弄するかッ! 貴様は絶対に許さんッ! 八つ裂きにして喰ってやるッ!」
「できるものならやってみるがよい」
爆炎龍の攻撃は怒りによって激しさを増した。しかし、それ故か、攻撃は単調に、そして大振りの力任せになってきた。
実に沸点が低い馬鹿な輩は扱いやすい。煽り甲斐があるというものだ。攻撃が単調に、そして大振りの力任せになれば、避けるのも容易くなるのだと何故気付かないのだか……。まあ、我にとってはプラスに働くから良いのだがな。
それから我は爆炎龍の攻撃を避けながら、そして時に斬りつけながら、同時並行で【知恵神】からの合成魔法のレクチャーを受ける。
そうして、戦い続けること数時間。我の頭にしばらく聞いていなかった声が響いた。
《スキル【並列思考】を取得しました》
うん? “世界の声”か。久しぶりに聞いたな。というか、新たなスキルを手に入れたのか。心なしか、いや、確実に思考しやすくなったな。どうやら、物事を同時に考えることが可能になる常時発動型スキルのようだ。
これは僥倖だ。これで爆炎龍に意識を半分割きつつも、魔法の行使にも十二分に意識を割くことができる。
「ちょこまかと動きよってからにッ! 食らうがよいッ!」
爆炎龍は動き回って攻撃の悉くを避けまくる我に業を煮やしたのか、残っていた全魔力を使って範囲攻撃を仕掛けてきた。
「【インフェルノ】!!!」
♦︎♦︎♦︎
——【インフェルノ】
その魔法は火魔法の中で最も威力の高い魔法の一つだ。過去にはこの魔法一発で軍隊が滅ぼされ、国が灰燼に帰したこともあるという。
この魔法の発動には莫大な魔力と精緻な魔力操作能力が必要で、単体で発動できるのは火魔法に特化した爆炎龍の上位レベルの者などしかいない。仮に人間種が発動しようとすれば、数十人の魔法師が全魔力を使う必要があるだろうとされている。
効果範囲は極めて広く、この魔法を対抗するためには同規模以上の魔法を放つ必要がある。だが、致命的な欠陥があり、魔法発動者共々巻き込んでしまう危険な魔法のため、火魔法に対して絶対的な耐性がある者しか基本扱うことはない。
♦︎♦︎♦︎
「ッ?! これは?!」
爆炎龍が魔法を放った瞬間、爆炎龍を中心とした半径50mほどの範囲を四方八方囲むように大量のマグマが出現した。もし、触れれば間違いなくヤバイ代物だ。
そのマグマは中心にいる爆炎龍、そして我目掛けて襲ってきた。最早我に逃げ場はない。
《マスター!!! 早くあの魔法を!!!》
「分かっている! 【虚無の波動】!!!」
——【虚無の波動】
この魔法はつい先ほどまで【知恵神】からレクチャーを受けていた合成魔法の一つだ。
六属性以上の基本属性魔法を合成することが発動できる。この魔法は莫大な魔力や体力、生命力を消費する代わりに、ありとあらゆるものを消し去る魔法だ。
我が放った【虚無の波動】は爆炎龍が放った【インフェルノ】を消し去ると、そのまま勢いを落とすことなく爆炎龍をも跡形もなく消し去った。
《……ぶっつけ本番で成功させるとは。流石はマスターです!》
……我も今回は肝を冷やしたな。全くなんだ、あの【インフェルノ】とかいう魔法は。【虚無の波動】が上手く使えなかったら死んでいたかもしれんぞ。
だが、それにしても【虚無の波動】は多用できんな。もう一歩も動けん。というかもう立てん。
《虚無系の魔法は魔力だけでなく、体力や生命力も消費しますからね。まあ、魔力も体力も生命力も放っておけば時間はかかりますが回復しますけど》
そのことは説明を受けていたから知ってはいたが、まさかここまでキツいとはな。今後はあまり使わんほうがよさそうだ。万が一避けられたら一巻の終わりだ。
《そうですね。今回のような窮地や必ず敵に食らわせられる時でないと使わないほうが良いでしょうね》
そうだな。……だがまあ、今回は使って良かったよ。妖精たちは無事だったみたいだからな。
我は地面に倒れた状態でこちらに向かってくる葉妖精たちや、妖精女王を見て思った。




