030 ダーインスレイヴ大森林5
時は少し遡り、リヒトたちが妖精の里を目指して参の森を進んでいた頃。
妖精の里では、妖精女王を中心として妖精たちが結界維持に心血を注いでいた。まともにぶつかれば、爆炎竜よりランク下位にあたる彼女らに勝ち目はない。だが、元々結界魔法を始めとした補助系統の魔法に高い適性を持つ彼女ら妖精が本気で結界を張れば、たとえ特Sランクの魔物や魔族が相手でも、その攻撃をかなりの時間防ぐことができる。
しかし、それにもいつかは限界が訪れる。だからこそ、妖精女王は望みが薄いことを承知で妖精の一人に助けを呼びに行かせた。
爆炎龍らのブレス攻撃の隙を見て、森へと飛び込んで消えた仲間の妖精を一目見て、力ある限り抵抗しようと決意したのが今日の朝九時頃。そして現在の時刻は夜七時。助けを呼びに行かせて十時間ほど経ったが未だ助けは訪れていなかった。もとより低い賭けだ。助けを呼べれば、それは幸運でしかないのだと理解はしていた。
だが、可能性の低い賭けだろうが、何もせずに滅びを待つことなど妖精女王には出来なかったのだ。それは助けを呼びにいった仲間の妖精も同じだったようで危険な森を一人で抜けるという危険な役目に自ら立候補し、そして出ていった。
(創造神様。どうか我らをお助けくださいませ)
妖精女王は現実が時に残酷なことをよく心得ている。どのような状況であろうとも神が手を差し伸べることなど決してないということを……。
彼女とて長い時を生きてきた者の一人だ。少なくともこの場にいる妖精たちの誰よりも長生きである。その生の間には理不尽に命を奪われる仲間の妖精の姿を見たことは幾度となくある。しかし、事ここに至っては神に祈るしかできなかった。自分たちの窮地を救う“ヒーロー”が登場することを。
助けを呼びにいった仲間がいる以上、その可能性はゼロではない。それがたとえ、虚数の彼方にしかない可能性だとしても……。
「皆さん! もう少しの辛抱です! 必ず……必ず彼女が助けを連れて戻ってきますから!」
『は、はい! 女王様!』
妖精女王は仲間を鼓舞する。自分自身は助けが来ることなどほぼあり得ないことであると内心思っている。しかし、それを伝えることは士気を下げることにつながると理解していた。故に、嘘をついてでも頑張っている妖精たちの士気を下げるようなことはしたくなかった。
そうして爆炎龍の攻撃を耐えること三十分。時刻は夜の七時三十分を刻んでいた。
その時だ。突如、爆炎龍の頭上に黒雲が現れたのは。
黒雲は瞬く間に広がっていき、爆炎龍たちの頭上を覆っていった。
爆炎龍たちも事ここに至り、ようやく頭上の異変に気付くが、時はすでに遅かった。そして——
——ピシャッ!ドォォォォォォーン!!!
爆炎龍たちを複数本もの落雷が襲った。その落雷の直撃を受け、ブレスの攻撃が止み、ファイアドレイク二体が地面に墜落していった。
「一体……何が……」
妖精女王は訳が分からなかった。突如として発生した黒雲。そして落雷。およそ自分の理解の範疇を超えた出来事に放心するしかなかった。天候を操るなど、ほとんど神の御業だ。そんなものを間近で見て理解できるものなど妖精女王を含め、この場には居合わせていなかった。
後にこの出来事からリヒトに対して狂信的とも言える忠誠を誓う妖精が一部誕生することになるのだが、それはまだ少し先の未来の話だ。
放心状態へとなっていた妖精たちの下へ一人の妖精が現れた。
「みんなーッ! 無事だったー?!」
「あなた、これは……まさか?!」
「はい! 助けです! 女王様! 私たちを助けてくれる方を連れてきました!」
「本当にそんなことが……」
「はい! あのお方は爆炎龍を倒すと言っていました! ですから私たちは残ったファイアドレイクを倒しましょう!」
「そ、そうですね。全てを任せてしまっては妖精の名折れ。……皆さん! 私たちは助けを得ました! そのお方はかの爆炎龍を相手取ってくださるそうです! ですから私たちは残ったファイアドレイクを倒しますよ!」
『はい!!!』
妖精女王は指示を飛ばす。
絶望の淵にいた自分たちの前に垂らされた一本の救いの糸。それを掴めば、もしかしたら助かる道があるかもしれない。故に彼女は爆炎龍のことは頭から追い出し、目の前の敵——ファイアドレイクを倒すことに集中する。
「では皆さん! 行きますよ!」
『はい!!!』
「まず第一班! あなたたちは結界を維持してください! 次に第二班! あなたたちはファイアドレイクの拘束を! 最後に第三班! あなたたちは私と攻撃を仕掛けます! では行動を開始してください!」
『はい!!!』
そんな妖精たちを尻目にファイアドレイクはブレスを放つ。
第一班は急いで結界の維持に心血を注ぎ始めた。先ほどまでは爆炎龍とファイアドレイク三体による同時攻撃だったため、妖精全員で結界を張って防いでいたが、今回相手取るのはファイアドレイクが一体のみ。故に第一班のみで完全に防ぐことができた。
そして、第二班がそれを見て空かさず葉妖精の固有スキル【草木操作】で結界内に残っていた木々を操り、ファイアドレイクの手足を拘束する。
ファイアドレイクは手足に巻きつく草木を振りほどこうとするが、暴れれば暴れるだけ更に深く手足に絡みついていった。やがて業を煮やしたのか、手足に巻きつく草木をブレスで焼きはらおうと、口の周りに魔力を収束させ始めた。
しかし、それを許す妖精たちではない。各班が行動を開始し始めた瞬間から、第三班の面々は、己が持ちうる中で最高の魔法を準備していたのだ。
そして——
「【ハイドロキャノン】!」
『【ウォーターレーザー】!』
『【アイシクルペイン】!』
『【アイシクルキャノン 】!』
数十にも及ぶ魔法が放たれた。
放たれた魔法は拘束されたことによって避けられないファイアドレイクに直撃する。
——Gugaaaaaaー!!!
「留めです! 【ハイドロレーザー】!」
魔法の総攻撃をくらい、弱々しく、そして辛うじて宙を飛んでいたファイアドレイクに妖精女王が【ハイドロキャノン】に続く二度目の魔法を放った。
放たれた魔法は傷ついていた竜鱗を貫通し、体内を食い破り、反対側から空へと飛び出して夜の森へと消えていった。
——ドズゥゥゥーン!!!
ファイアドレイクはその魔法を受けたのを最後に地面へと墜落していった。
「名も知らぬお方。あとはお頼み申し上げます」
妖精女王は地面へと墜落していったファイアドレイクを一瞥すると、100mほど先で激戦を繰り広げている名も知らない人物に里の命運を託すのだった。




