029 ダーインスレイヴ大森林4
葉妖精の案内で【ダーインスレイヴ大森林】を進むこと五時間。我たちは“弐の森”を越え、“参の森”へと進入していた。
現在の時間はすでに夜。太陽は疾うに西の地平線に沈み、夜の帳が下りている。普通の生物なら、夜の森を灯りを持たずして進むのは不可能だろうが、我にはスキルの【暗視】があるため、夜間でも昼間のように見ることができる故に問題はない。
それに加え、吸血鬼という種族柄、夜の方が調子が良い。吸血鬼公になったことで昼間でも問題なく動けるが、やはり夜間の方が調子が良いのだ。おそらく戦闘を行ったならば、夜の方がいくらか強いだろう。だが、それにしてもーー
「魔物が少ないな」
そう。出てくる魔物が少なすぎるのだ。彼此五時間は歩いているにもかかわらず、遭遇した魔物は移動ができない一部の植物型魔物のみ。魔物が多く住まう森内部において、このような自体は通常あり得ない。……やはり、爆炎龍とやらが暴れているせいだろうか?
「多分爆炎龍がブレスを放って森を焼いているから、その余波を受けないように逃げたんだと思う。この参の森はAランク上位の魔物がほとんどで、強くてもSランクの魔物しかいないから」
爆炎龍、というか龍種は確か特Sランクだったな。基本的には特Sランクに対抗できるのは特Sランクだけだから当然の話と言えば当然の話か。魔物とて馬鹿ではないからな。目に見える脅威から逃げることくらいはするか。
「妖精の里まではあとどれくらいだ?」
「もうそろそろだよ」
意外と距離があるのだな。妖精たちが無事だと良いが……。
我が妖精たちの心配をしつつ歩き続けること更に十分。やがて、周囲に熱気を感じるようになり、焦げ臭い匂いが感じられるようになってきた。そしてーー
「……見えてきたよ」
我の目にブレスを吐く三体の竜と一体の龍、そしてそのブレスを結界で防いでいる妖精たちが映った。妖精たちが張っている結界はまだまだ耐えられそうだが、いつか魔力が尽きてしまうだろう。おそらく、爆炎龍らのブレスよりも先に。早く助けねば。
「お前は一応我の肩にでもしっかり掴まっていろ」
「分かった」
我はとあるスキルを発動させる。その名も【天候操作】。範囲はかなり限定的で発動するまでが長いため一対一の戦闘では使えないが、今回のように奇襲として使うなら十分だろう。
この【天候操作】というスキルはありとあらゆる天候を操ることができるスキルだ。無論、その範囲は雨や晴れ、曇りといった通常の天候に限らず、雷や竜巻などの事象も操作することができる。ただ、あの爆炎龍にはあまり効果を及ぼさんだろう。……挨拶代わりの一発としてはちょうど良いだろうか? 相手の意識をこちらに向けるという意味でもな。
我がスキルを発動した瞬間、爆炎龍たちの上空に黒雲が渦巻き始め、連続した雷光が輝いた。そして、複数本にも及ぶ連続した落雷が降り注ぐ。
ーーピシャッ!ドォォォォォォーン!!!
「ウワァッ?!」
落雷は爆炎龍らを直撃し、周囲に衝撃波をまき散らした。葉妖精はその衝撃波に飛ばされないよう我の肩にしがみつき、声を出しながらも耐えている。
その落雷によって爆炎龍は怯み、ブレスを止めた。しかし、やはりと言うか、ダメージはあまり大きくはないようだ。見た感じだと、多少身を焦がした程度だろうか? しかし、配下のファイアドレイク三体のうち、二体はそのまま地に落ちた。一体は少し離れていたためか、直撃を免れたようで、まだ翼をはためかせて飛んでいる。
スキル【天候操作】による落雷は特Sランク上位の爆炎龍にはあまり効かないようだが、Sランクのファイアドレイクになら十分効くようだ。
「グゥッ。誰だ!!! 我輩に攻撃を仕掛けた愚か者は!!!」
「ほう。アレを受けてあまりダメージがないとは中々に耐久力があるではないか。流石は特Sランクの魔族であるな」
「なんだ貴様は!!! 我輩に敵対するのか!!! ならば我がブレスで消し炭にしてくれる!!!」
爆炎龍の口の周囲に魔力が渦巻き始めた。
「おい、葉妖精」
「ふぇ?」
「残りのファイアドレイクは妖精たちでなんとかするのだ。爆炎龍は引き受けるが、彼奴は強い。故に手が回らん。頼んだぞ」
「分かった! 任せてちょうだい! ファイアドレイク一体だけなら私たちだけでなんとかできる思う……いや、してみせるんだから!!!」
葉妖精は我の肩を降り、仲間の元へと飛んでいき、結界内に入っていった。
これで我は爆炎龍に集中できる。肩に葉妖精がいたままだと上手く戦えん、というか、はっきり言えば邪魔だからな。
それにしてもこの爆炎龍は想像以上の強さだな。感じる覇気が今までの魔物とは比べ物にならん。流石は魔族に至るだけの長い年月を生きてきただけはあるということか。おそらくレベルだけなら我よりも上だろう。これは久方ぶりに本気を出せそうだ。
我は【飛翔】のスキルを発動させる。そして、宙へと舞い上がり高速で移動する。時を同じくして地面に向かって放たれた爆炎龍のブレスは我を捉えることなく、地面に当たり地を焦がして消えた。地面はガラス化し、マグマのように真っ赤になっている。アレをまともに喰らえばかなりのダメージを受けることになるだろう。今後、気をつけなければなるまい。
我が爆炎龍に目を向けると、彼? 彼女? は目を見開いて驚いていた。大方、我が飛ぶとは思ってもいなかったのだろう。
「貴様……まさか吸血鬼か? なぜ我輩の邪魔をする? 貴様には関係なかろう?」
「いかにも我は吸血鬼だ。何故邪魔するのかと聞いたな? よかろう。冥土の土産に教えてやる。あの妖精たちは、我が配下にと考えている連中なのだ! 故に手出しはさせん!」
「ククク。フハハ。グワァァァーハッハッハッ!!! ならば! ならば守ってみるがよい!!!」
「ふっ、望むところだ。お前は我が倒してくれる! 精々この里に手を出したことを後悔することだ!」
そして、我と爆炎龍との戦いが始まった。




