023 名付け
ガハクの口調を少し修正しました(18/1/22)
天狗たちは見るからに満身創痍だった。ある者は腕から血を流し、ある者は身体中に裂傷を負っている。天狗は五人いたが、全員が全員、何処かしら怪我を負っていた。
しかし、そんな中にあっても戦意は下がらず、襲ってくる魔物を確実に一体一体葬っていた。流石はレアハが一目置いている魔物だ。しかし、手負いの上に多勢に無勢。奮戦虚しく近いうちにやられてしまうだろうことは容易に予想ができた。だがそれにしても……
「あの魔物は何じゃ? アレは生きていないじゃろう?」
そうなのだ。天狗たちを襲う魔物は生きていない。死霊魔法で操られているのだ。つまりは、死霊魔法の使用者は何か目的があって天狗たちを襲っているということ。
「アレはおそらく死霊魔法で操られている魔物だ。だが何故天狗たちを襲わせているのか……」
「まあ、それは後で考えればよかろう。とりあえずは助けるぞ」
「うむ、そうだな」
我は元の人型に戻り、血剣を両手に展開する。レアハもまた天狗を襲う魔物と勘違いされないため、人型になった後、風魔法を発動した。
レアハが発動した風魔法は天狗を囲む50にも及ぶ魔物に向かっていく。そして、当たった魔物を一瞬にして斬り裂いていく。
我はレアハが撃ち漏らした魔物を血剣で斬って倒していく。
相手の魔物は、通常ならその数や質は非常に優れている。操っている者は相当な手練れなのだろうと予測できる。しかし、ここにいるのは特Sランクの魔族で、吸血鬼公である我と魔狼であるレアハ。ハッキリ言って相手にならない。
相手の殲滅は攻撃を開始してから一分も経たずに終了した。
天狗たちは突然現れた我たちに警戒していた様子だが、我たちが魔物を攻撃し、倒してしまったことから助けてもらったと理解したらしい。天狗の一人が礼を言ってきた。
「助けていただき感謝します」
「うむ。……それで? 何故襲われていたのだ?」
「それは……」
「若。この方々は命の恩人じゃ。聞かれたならば全てを語るのが義理というもの。なんなら儂が説明するかのう?」
「そう……だな。では、爺頼む」
「承知。……では御二方。まずは助太刀感謝致す。それで襲われた訳じゃが……過去から順繰りに説明する方が分かりやすいかのう。……あれは二日前のことじゃ」
♦︎♦︎♦︎
天狗の里。【バルムンクの森】にあるこの里は千年という長い年月に亘り、天狗たちの住処となっていた。
天狗という種族は魔法に物理に万能な種族であったため、時には魔王の勧誘を受け、配下に降り武勇を轟かせることも多々あったという。
しかし、ここ数百年ほどは何処の勢力にも属すことはなくただただ平和に過ごしていた。無論、日々の鍛錬は欠かすことなく行ってはいたが……。
そんなある日だ。天狗たちの日常に変革が訪れたのは。
「配下に降れ……だと?」
里の中で一番大きな家——族長の家には里長とローブを着た魔法使い然とした男が向かい合って座っていた。
「そうだ! 栄えある魔王様方の一人! ゼノフィリウス・アークロード様の思し召しだ! ……まさか断るとは言うまいな?」
「悪いが今は誰の配下であろうとも降る気はない。お引き取りいただこう」
「貴様。我が主の申し出を断るとそう言うのか?」
「そうだ」
「そうかそうか。それは非常に残念だ。貴様のその決断が私にこうさせるのだ。恨むのなら自らの決断を恨むのだな」
「? 何を言って……」
ローブを着た男は懐から魔道具を取り出して魔力を込めながら一言命じた。
「やれ」
その直後、里の中から悲鳴が上がった。
——キャァァァァァァー!!!
——ウワァァァァァァー!!!
——な、何だこいつらはッ!
——やめろぉぉぉぉぉぉー!!!
「何だ?! ……貴様! 何をした?!」
「ククク。我が主の種族は混沌の大賢人だ。この意味が分かるか?」
「……ッ! ま、まさか貴様ら! 我らを殺して死霊魔法で操るつもりか?!」
「気づいたようだな。まあもう遅い。これは貴様の決断が招いたことだ。悪く思うなよ?」
♦︎♦︎♦︎
「——ということがあったのじゃ。儂たちは何とか若様だけは逃がそうと少数精鋭で逃亡しておったのだが先ほど捕捉されてしまってのう。それで戦っておったところにお主たちが現れたということじゃ」
「なるほど」
「それは災難であったのう」
そして、場を沈黙が支配した。我は何と言って良いのか、と悩んでいたが直球に言ってみることにする。なるようになれ、だ。
「……お前たち。敵討ちをするなら手助けをするぞ」
「「「「「えッ?!」」」」」
「お前たちの表情を見ていて思ったのだが、仲間の仇を討ちたいのだろう?」
「「「「「……」」」」」
天狗たちが沈黙した。これは“是”ということだろう。
「だが、ハッキリ言うようで悪いが、お前たちでは混沌の大賢人は倒せんだろう。五人で挑んでも無駄死にになることは目に見えている。ならば、我と手を組む方が建設的だと思うが。どうだ?」
「そうかもしれません。ですが……」
先ほど“若”と呼ばれた黒髪の天狗が答えた。何かがネックになっているようだ。……ひょっとして魔王と事を構えることを心配しているのか? ならば一応問題ないということを伝えておこう。
「なんだ? 魔王と事を構えることになるから遠慮しているのか? ならば、問題はない。遅かれ早かれ魔王とは一戦構えることになっただろうからな」
魔王を目指している以上、何処かで魔王と衝突する可能性は十分に考えていた。それが早いか遅いかの違いでしかない。無論、戦わないという可能性もあるが……。
「いえ」
違うのか……ならば何がネックなのだ? 我が内心疑問に思っていると、黒髪の天狗が告げた。
「何故協力をしてくれるのですか? こう言ってはなんですが、貴方には全くメリットがないでしょう? そりゃ俺たちは助かりますが……」
なんだそんなことか。そんなのは決まっているだろう。
「そんなものは魔王と戦ってみたいからに決まっているだろう? まあ、もうひとつの本心を言えば配下になってほしいというのもあるがな。それは追々、考えてくれればいい」
我はニヤリと笑って告げる。我自身、かなり強くなったと自負している。それに迷宮にいた時は分からなかったが、実は我、どうも戦闘が好きらしいのだ。これは毎日毎日何十何百の魔物と戦わなくなった今気づいたことだ。魔王という強そうな相手と戦えるなんぞ、またとない機会。逃す手はない。
《マスターは戦闘狂だったのですねー》
失礼な。全く違うぞ。我は戦闘が好きなだけであって、誰彼構わず戦いを吹っかける戦闘狂などでは断じてない!
《そうですか? まあ、そういうことにしておきましょう》
なんか納得いかないのだが……。まあいい。
「そ、そうなんですか。えーっと、よろしくお願いします」
「うむ! ……で、話は変わるが、お前たちはまだ名を持っておらんよな?」
「はい。誰も持っていませんが……」
「ならまずは名を与えようと思う。名がないと呼びにくいからな」
「えっ?! あっ、ではお願いします?」
「? 分かった」
この反応はどういうことだ?
《国に所属している者を除き、魔族には名前を付ける習慣がない種族が多いんです》
そうなのか?
《はい。国に所属していれば名前がないと不便ですが、小さな集落などでは不自由なく生活できますからね。呼ぶときには大体、身体的な特徴や役職などで呼び合うようですね》
なるほど。そんなことが……。まぁ、我はこれから国を作るわけであるし、名前を付けておいた方が良いだろう。何より、その方が呼ぶときに簡単だからな。
では、早速名付けをしてみるか。
まずは“若”と呼ばれた若い天狗からだな。……“コウガ”なんてどうだろうか?
《“コウガ”ですか?よろしいのではないでしょうか?》
そうか! よし! こんな感じで後四人分考えてしまおう!
十分後。
「決めたぞ。黒い髪のお前は“コウガ”。赤い髪のお前が“シュリ”。白い髪のお前が“ガハク”。茶色い髪のお前は“キサキ”。銀の髪のお前が“ギンガ”だ」
そして、名付け終わるや否や天狗五人は一様に少し驚いた顔をした。




