019 魔狼
森に進入した我たちは今、数多くの魔物に襲われていた。どうやら縄張りに入っていたらしい。
出てきた魔物はオーク。
猪が二本足で立った姿をしている魔物だ。簡単な衣服と武器、防具を身につけている。数などから察するに最上位種のオークキングが発生していると考えられる。まあ、我からすればオークの最上位種だろうがなんだろうが敵ではない。
我はフィリアを背に乗せたままの状態で風魔法を発動する。
我は放出系の魔法は苦手だが、アレから時間も経ち、それなりに魔法を使ってきている。魔法剣ばかりで放出系の魔法は使ってはいないのだがな。まぁそれでも大丈夫だろうと思うのだ。
そう思って、我は【ウィンドカッター】を発動したのだが——
一一招いたのは大惨事であった。やはり、まだうまく魔力の調節が上手くできないようだ。無論、発動者の外に向かって放たれるという【ウィンドカッター】の性質上、我たちにダメージはないし目的であるオークの殲滅は上位種もろとも完了しているのだが……。
状況を詳しく語ると、我が【ウィンドカッター】を発動すると展開された魔法はおよそ100だった。そして、その魔法は数瞬の時も待たず放たれオークなどを襲った。
攻撃を受けたオークは縦に横に真っ二つになって絶命。数百体の死体の山を築いた。そして、オークを斬り裂いて尚止まらない【ウィンドカッター】は木々を斬り裂き、そしてなぎ倒していった。……かなりの範囲を。おかげで視界は超良好である。
「……」
「リヒト様……」
《マスター……》
う、うむ。フィリアと【知恵神】からの視線が痛い。だが、仕方がないのだ。放出系の魔法を使うと勝手に魔力が込められてしまうのだから。故にこれはただの事故である。そう、ただの悲しい事故なのだ。我は全く悪くない。悪いのはむしろ我の前に現れたオークたちなのだ。
《……》
我が【知恵神】の冷たい視線? を感じながら、そんな風に自己弁護と責任転嫁を内心でしていると、遠くから狼? の遠吠えが聞こえてきた。
——アヴォォォーン!!!!!!
声の感じから察するにかなり強そうだ。もし、戦いになったら全力で戦える人型の方が良いな。とりあえず姿を戻しておこう。
我はフィリアを背から下ろし背に匿った後、姿を元に戻した。そうこうしていると、やがて大きくそして迫力のある遠吠えをあげた存在は森の奥地から現れた。その存在は白銀の毛色を持った狼であった。とりあえず“魔物鑑定”をしてみよう。
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種族:魔狼
ランク:特S
▷白銀色の毛色と琥珀色の目を持った狼種の頂点。強靭な肉体と身体能力が特徴。卓越した風魔法を操る他、強力な物理攻撃力も有する。
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魔狼か。かっこいい毛色であるな。だが、何故かその身が切り傷によって少し赤に染まっているが……。
ふむ。それが理由だろうか? その顔は心なしか、かなり怒っているような……。そんな印象を受けるのは我の勘違いだろうか?
《いえ、マスター。確実に怒っていると思われます》
我がスキルのお墨付きをもらってしまった。なら、やはり怒っているのだろう。だが何故だ? 我は何か怒りの矛先を向けられるようなことをしたのだろうか? ……あっ! ひょっとして縄張りに入ってしまった、ということだろうか? ……いや、違うな。本当は分かっている。まず間違いなく、我が放った【ウィンドカッター】の所為だと。だが、アレは事故なのだ。故に我は悪くない。……しらを切るか?
「何か用か?」
「何か用か? じゃと……これはこれは異な事をいう。お主には全く心当たりがないと?」
「うむ。生憎と全く心当たりはない」
「ククク。クワァーハッハッハッハ! そうかそうか。あくまで知らない、何もやっていないと、そうしらを切るのだな。では、聞く。これは一体なんじゃ? お主を中心として起きているこの惨状は?」
あっ気づいていらっしゃるようだ。我が起こしたことだと……。ならば、最早正直に言うしかあるまい。
「確かにこの惨状を起こしたのは我だ。だが、これは事故なのだ」
「ほう? 事故か。故にお主は悪くないと、そう言うのだな?」
「うむ」
「そうかそうか、それは致し方ない……ってな訳があるかッ! どう考えてもお主のせいじゃろうがッ! 見よ! この我の体を! お主の魔法でこうなったのじゃぞ! 無駄に魔力を込めおって!」
「ふんッ! どうせ大したダメージもなかろう」
「そういう問題じゃないのじゃ! と・に・か・く! お主のせいで怪我をしたのじゃから一言謝ってしかるべきじゃろうがッ! ……妾は謙虚で寛大じゃ。素直に謝るのなら許してやらんこともない」
「確かに一理ある」
「一理どころか正論じゃと思うが。まあいい。謝る気に「だが断る!」……なんじゃと?」
「そもそもこの惨状を引き起こす結果となったのはオークどもが攻撃してきたからだ。故に、我は全くもって小指の爪の先ほども悪くない。悪いのは攻撃してきたオークたちだ。……恨むのならオークたちを恨むのだな。まあ、もういないが」
「……」
魔狼は黙りこくってしまった。ようやく我の言ったことが理解できたと見える。
《……単に呆れているだけだと思います》
なんか言ったか?
《いえ何も……》
「はあ〜。もう良い。確かに妾はほとんど怪我しておらんし、わずかに傷ついた体もすでに癒えておる。……それで一つ聞きたいことがある。此処へは何をしにきたのじゃ?」
「拠点を見つけるためだな」
「拠点?」
「うむ。我は最近外界に出てきた故に、拠点を作ろうと思ってな」
「……此処に住むのか?」
「うむ。そのつもりだ。ちょうど開けた場所も目の前にあるしな」
「……そうか」
魔狼は再び黙りこくってしまった。やはり、余所者の我が縄張りに住むのが嫌なのだろうか? まあ、だからどうしたと言う話ではあるが……。我はもう決めたのだ。この場所に拠点を作ると。なれば、魔狼には納得してもらうほかあるまい。そう思い、我が魔狼に話しかけようとした瞬間、先に魔狼の方が口を開いた。
「此処に住むのは良いが一つ条件がある」
「何だ?」
何だ? ひょっとして「縄張りよりもう少し離れろ」とでもいうつもりか? それとも他の要求か?
我が魔狼の言う条件について色々なことを考えていると、やがて魔狼が口を開いた。
「妾も同じ場所に住まわせてもらおう。お主は何を仕出かすか分からんからな。それにお主といると退屈しなさそうじゃ」
目の前の魔狼は、我が思いもしなかった条件を言ってきた。