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017 眷族

 


 少女が街道に倒れていた。



 うむ。倒れていたのだ。街道のど真ん中に。倒れていたのは馬車と人族ヒューマンたちの残骸を見てから【ルベータ王国】方面に十分ほど歩いたところにある場所だ。



 何故? とは思ったが、考えても仕方がない。【知恵神ソピアー】の言うままに手首の脈を確認し、眼を開けて瞳孔を見てみれば、その少女はまだ生きていたので、なんとなく助けることにした。まぁ、ただの気まぐれというヤツだ。



 《この少女はおそらく捨てられたのでしょう。この世界で赤眼というのは“魔”の象徴ですから。予測するに捨てたのは先ほどの馬車に乗っていた連中。大方、この少女を囮に逃げおおせようとしたのでしょう。全く冷酷なことを……》



 ……怒っているな。初めて見た【知恵神ソピアー】が怒るところ。底冷えするよう《聞こえていますからね?》な声……。



 ……まぁ、とにかく今は少女のことだ。



 よく見れば、かなり酷い怪我をしている。それに加え、古傷も多いようだ。これを治すには我が持つ回復魔法では無理だな。手段があるとすれば【エリクサー】か、スキルの【眷属化】だな。【眷属化】には直接的な治癒効果はないが、【眷属化】によって吸血鬼ヴァンパイアになれば、スキルの【再生】で傷を回復できるのだ。



 だが【エリクサー】は使いたくない。見知らぬ少女に使うほど、あの妙薬は安くはない。今後、手に入る確率もかなり低いだろうしな。



 というわけで【眷属化】を、と思うのだが【眷属化】は両者の同意がないと効果を及ぼさない。そのため、まずは回復魔法で治せるところまで治す。その後、少女を覚醒させようとしたのだが、ここで問題が一つ。



 ——どう起こせばよいのだ?



 これである。とりあえず頰をペチペチと叩いてみることにした。



 《マスター……》



 我のスキルがなんか呆れたかのような声を出すが、我は断じて知らん。どないせい言うんじゃ、全く。



 そのまま、一分くらいペチペチ叩き続けていると、やがて少女が徐々に覚醒してきた。



「うっ……うぅ……あ、れ?」



 そして、少女は完全に眼を覚ました。我を見て、少し驚いたかのような顔をしている。



「あ、あなたは?」



「我か? 我はリヒトという。まぁ、成り行きでお前を見つけてな。少し治療させてもらった」



「それは……ありがとうございます……」



 少女はあまり浮かない表情でボソボソと答えた。少なくとも、命を救われてする表情ではない。



「……あまり嬉しそうではないな」



「ッ! ご、ごめんなさい。わ、私は……私は死にたいと思っています……」



「そうか……。ならお前の人生もらっても良いか?」



 我は一体何を口走っているのであろうか? 何故かつい口をついて出てしまった。「死にたい」と言われて少しイラッときてしまったからだろうか? ……まぁだが、悪い気はしない。これが最良だと我の勘が告げている気がするのだ。



「えっ?」



「お前には人間を捨ててもらおう」



「え、えと……それはどういう」



 ……この少女。我が魔族イビルだと——吸血鬼ヴァンパイアだと気づいていないような気がする。



「我を見て分からんか?」



「……ッ! い、魔族イビル?!」



「ハハハ。まぁそうだ。我は魔族イビルだ。お前ら人族ヒューマンが恐れる、な」



 少女は我を見て固まってしまった。



 以前、【知恵神ソピアー】がまだ【大図書館ダンタリオン】だった頃、魔族イビルについて聞いたことがあったが、人間種からの印象は散々なものだったからな。故に目の前の少女の反応は当然と言えば当然かもしれない。



「だが、それがどうした? お前にとっては勝手知らぬ魔族イビルのことよりも、悪意をぶつけてくる人族ヒューマンの方が恐ろしいものではないのか?」



「……」



 少女には思い当たることが多々あったのだろう。我の質問に対し、答えることなく俯いてしまった。その態度から察するに彼女自身、そう感じていたのだろう。



「まぁ、そういうことだ。お前には我と同じ魔族イビルに——吸血鬼ヴァンパイアになってもらう。同意は……してくれるな?」



「……分かりました。もう捨てた命です。如何様にもお使いください……」



 これで許可は得た。我は指先を切り、血を出す。そして、出した血を少女に飲ませた。



 すると、少女の薄い赤の眼が更に赤く染まり、存在感も桁違いに増していった。魔力が大幅に増えたらしい。【眷属化】は滞りなく成功したようだ。



「これで我と同じ吸血鬼ヴァンパイアだ。……さて、お前について知りたい。話してくれないか?」



「……はい」



 そして、少女は語り出した。自らの過去——これまでの人生を。



 ♦︎♦︎♦︎



 少女——フィリアは【ルベータ王国】の片田舎にある、とある村で生を受けた。今から約十五年前の話だ。



 小さな村とあって、彼女の誕生には村人全員が喜び、お祭り騒ぎとなった。しかし、数日経ち、眼が開くようになると状況は一変した。



「ひ、ひぃぃぃ! ま、“魔物憑き”じゃ!」



 そう。彼女の眼の色が赤だったのだ。



 この世界で赤い眼というのは人間種では基本的にいない。いるとすれば、彼女のような例外だけだろう。しかし、人間種を除けば赤眼という存在は多く存在する。



 赤眼を持つ種族。それは——



 ——魔物と魔族イビルだ。



 そのことから人間種、とりわけ人族ヒューマンの間で、赤眼は“魔”の象徴であり、赤眼を持つ者がいると“魔物憑き”として迫害されるのだ。



 このことは少女にとっても例外ではなく、彼女の誕生を喜んだ村人たちは手のひらを返すように彼女を疎むようになり、侮蔑や軽蔑の篭った眼を向けるようになった。



 しかし、彼女が殺されるといったことはなかった。その理由は「呪われたくない」、「関わりたくない」という酷い理由ではあったが……。



 彼女はスクスクと成長し、年を増すごとに美しくなっていった。しかし、彼女を取り巻く環境が変わることはない。



 村人たちはあからさまに彼女を避けているし、村の子供は仲間外れにするばかりではなく、時には石や泥団子を投げてきた。



 彼女はずっと耐えていた。



 しかし、ある時、彼女にとって耐えきれない事件が発生する。



「ごめんね。今日はこれしかないの」



 少女は村の隅で犬を飼っていた。飼っていたとは言っても餌をあげるだけではあるが……。しかし、自分を避けず慕ってくれる犬の存在は彼女には新鮮で、いつしか心の拠り所になっていた。



 そんなある日のことだ。



 彼女はいつものように自分に与えられていたご飯の一部を犬にあげようと、村の隅に来ていた。しかし、犬が見当たらない。不審に思った彼女が周囲を探すと、村の子供たちの声が聞こえてきた。



「死ねぇ!」



「“魔物憑き”に飼われている犬なんざ怖くて置いておけるかってんだよ!」



「「ははは!」」



 その犬は村の子供たちに殺されていた。



 それから、その日の間の彼女の記憶はない。ただ、いつの間にかに翌日の朝になったのだけは覚えている。



 彼女は分からなかった。何故、赤目というだけで自分は迫害されるのか?



 この少女は今まで自分を否定され続けて生きてきた。「気持ち悪い」、「死んで」、「近寄らないで」、「穢らわしい」。そんな罵詈雑言を浴びせられて……。



 そして昨日の事件。少女は母親に尋ねた。母親とて彼女に強く当たってはいたが、少なくとも暴力は振るわれたことはなかったし、毎日ご飯も食べさせてもらっていたので、村の中では一番信頼していた。



「お母さん。私、何かしたのかな? 何で私は嫌われているのかな? 何で……」



 彼女は言葉に詰まった。話すうちに色々なことを、特に昨日の事件のことを思い出したからだ。



 そんな少女に彼女の母親は言った。



「……あなたは生まれてきたことが間違いだったのよ。だから嫌われて当然でしょ?」



 それからのことを少女はあまり覚えていない。ただ、断片的に残っている記憶を辿れば村を飛び出した後、各地を転々と彷徨っていたのだけは覚えている。



 そして、ある街で違法な奴隷狩に遭って奴隷になり冒険者に買われた。そして、その日のうちに冒険者がとある護衛依頼を受け、馬車に乗っていた時に魔物に——ライオネルに襲われた。



 そして彼女は囮にされた。



 彼女は遠ざかっていく馬車と魔物を見て思う。私は何のために生きていたのだろう、と。そして思う。「ここで死んでしまった方が楽なのではないのか」と。



 そんな時だった。一人の吸血鬼公ヴァンパイアロードと出会ったのは。



 ♦︎♦︎♦︎



 過去を話し終えた少女は俯いてしまった。



 彼女の話した過去。我はそれを聞いて、どうしようもなく苛立ってしまった。そして、それは【知恵神ソピアー】とて同じようで先ほどから《人族ヒューマン滅ぼす》だの《人族ヒューマン死に絶えればいいのに》などど物騒なことを言っている。



 というか、お前は自ら行動できんだろう。人族ヒューマンを滅ぼすとしたら、それは我がしなくてならなくなるだろうに……。



「私は……私は生きていちゃいけない存在なのかな」



 少女は嗚咽を漏らしながら、そんな言葉を漏らす。我とて年端もいかぬ少女にここまで言わせる人族ヒューマンの悪しき風習はなんぞや! とは思う。だが、まずは風習どうこうの前に、目の前にいる少女を救わねばなるまい。少女一人救えずして何が魔王か!



「そんなわけがなかろう」



「えっ?」



「この世に生を受けた以上、それは何らかの役目が与えられているのだ。誰かとめぐり合うこともそうであるし、何かを成すこともそうだ。お前はまだ、そうした役目を見つけていないか、巡り合っていないだけに過ぎない。故に、生きていちゃいけないなんてことはない。まだ、役目を果たしてはおらんだろう?」



 我は一度言葉を切る。そして、ひとつの提案をすることにした。



「だが……そうだな。今すぐ役目が欲しいと思うなら我の手を取るがいい。少なくとも我はお前に死んでほしいなどとは思ってはおらんし、お前に会えたことは嬉しく思っておるし、幸運だとも思っておる。……どうだ?我の仲間にならんか?」



 少女はポロポロと大粒の涙を流し始めた。



 ♦︎♦︎♦︎



 彼女は言われたことがなかった。自分に会えたことが嬉しいと、幸運だと、そう言われたことが。ましてや仲間にならないか? などとは……。



 少女は否定され続けた自らの人生を振り返る。そして思う。今までツライ人生はこの人——リヒト様と出会うためのものだったのだと。



 彼女は涙を拭い、精一杯声を張り上げる。そして言うのだ。「仲間にしてください」と。



 ♦︎♦︎♦︎



 少女は突如、涙を拭い決意に満ちた顔をした。



「はい……はい! 仲間に、仲間にしてください!」



「うむ。よかろう。我の仲間になるがいい」



 こうして、我は初めての眷属にして、初めての仲間を手に入れたのだった。



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