016 出会い
此処が外の世界……か。
迷宮【亡者の峡谷】を攻略し、元神の少女と出会い、転移魔法で送られた我は、初めての外の世界に感慨深いものを感じていた。思えば、此処までくるのには苦労の連続であったとしみじみ思う。
そして、我は外の世界への第一歩を踏み出した。
ちなみに現在我がいるこの場所は【嘆きの森】と呼ばれる深い森に囲まれた峡谷地帯らしい。どうやら、我が攻略した【亡者の峡谷】は森に囲まれた峡谷地帯に存在していたようだ。
つまり、まず差し当たって行うべきことは、目の前に広がる【嘆きの森】を抜けることだ。スキルの【飛翔】を使用して森の上を飛び越えていくのも一つの手だが、それでは味気がないし、何よりつまらない。別に急ぐ必要もないのだからな。
というわけで、我は歩いて森を抜けることにした。
そして、この判断が後に我にとっては最良の結果をもたらすことになるのだが、そのことを我はまだ知らない。
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世界屈指の規模を誇る大森林。通称【嘆きの森】。その森には接するようにして走る一本の街道がある。
その街道は【嘆きの森】西部を支配領域とする【アルファス帝国】から、同じく東部を支配領域とする【ルベータ王国】に抜けるには一番の近道となる。しかし、そんな利便性に富んだ街道ながら、使う者はあまり多くはない。使う者は、精々高位の冒険者や、腕が立つ者を雇える貴族もしくは大商人くらいなものだろう。
何故、この街道は実力者にしか利用されないのか?
それは、この街道が世界で一番危険な街道として巷で有名だからだ。
通行すれば必ず魔物に襲撃され、運が悪ければAランク以上の魔物に出会うこともある。かつて、この街道を抜けて王国を攻めようとした帝国軍が、竜種に遭遇して壊滅した話は有名だ。
そして現在。そんな危険な街道を帝国方面へと向かう一台の馬車があった。その馬車は通常ではありえないほどの速度で街道を爆走していた。御者台に乗る人間は必死な表情で馬を操り、馬車を引く馬もまた必死な表情で走っている。馬車の中に乗る冒険者たちは青ざめた顔で馬車の後方を見ていた。
彼らがそんな表情をしている理由。
その答えは馬車の後方約80mにある。
「くそッ! 何であんなのが出てくるんだッ!」
御者台の男が悪態を吐く。そんな男に馬車の中にいた商人風の男から指示が飛ぶ。
「文句を言っていないで早く振り切るのだッ!」
「今やってますよッ!」
商人風の男の名はアルマイン・サテライト。帝国屈指の商会“ゴーズ商会”の副会頭だ。彼は王国での商談の帰りに際し、運良く高位の冒険者を雇えたため、これ幸いと時間を削減するためにこの街道を利用した。それが運の尽きだとも知らずに……。
「くッ。お主らもだッ! 冒険者なら“アレ”を何とかせんかッ!」
「あん?! 巫山戯んな! あんなバケモノ相手出来るか!」
「「そう(だ)(よ)!」」
「くそッ! どいつもこいつも! 全く役に立たん!」
彼らを馬車の後方から猛追する存在。その名をライオネルという。
ライオネルはライオンのような魔物で、鋭利な爪と強靭な肉体を持ち、火魔法をも扱うAランク上位の魔物だ。気性は大変荒く、縄張りに少しでも入り込めばどこまででも追いかけてくる。そのため、冒険者ギルドでは危険な魔物として認知されている。
「火魔法を使ってきたぞッ! サラッ! 結界を張れッ!」
「分かったわ!」
サラと呼ばれた魔法使いは結界魔法を使う。そして、張られた結界はライオネルの数十にも及ぶ【ファイアーボール】を防いだ。流石は高位冒険者と言える腕前だ。
「ナイスだ! サラ! だが、このままではジリ貧だな。くそッ。どうすれば……。そうだ。おいッ! お前! こっちに来い!」
冒険者が馬車の隅にいた少女を呼んだ。
冒険者に呼ばれたその少女は、白髪赤眼で美しい容姿をしていた。しかし、そんな少女に向けられている冒険者やアルマインの視線は、美しい存在に向けられる視線とは、およそかけ離れていた。むしろ、侮蔑や軽蔑の色が濃く表れている。
「……」
少女は無言で冒険者に近寄っていく。
「テメェは見た目だけはいいから買ってやったが、もういらん! だから俺たちが助かるための贄になれ! 奴の——ライオネルの気を引け! いいな!」
「……」
少女は無表情で冒険者の話を聞いていた。
「ちッ! 薄気味悪い奴め! まあいい。じゃあな」
冒険者は少女を馬車から突き落とす。少女は馬車から投げ出され、地面を転がった。ライオネルは馬車から落ちてきた少女を一瞥するが止まることなく、走り去っていった。
馬車の方面からは冒険者たちの少女に対する罵詈雑言が飛ぶが、遠さ故それが少女の耳に入ることはなかった。
馬車から投げ出された少女はヨロヨロと体を起こすと地面に座り込む。そして、ポロポロと涙を流し始めた。
果たして、その涙は馬車から落とされたことによってできた傷の痛みのためか? それとも、また別の感情によるものなのか? それは少女自身にも分からなかった。
♦︎♦︎♦︎
それにしてもこの森は深いな。もうかなりの距離を歩いていると思うのだが……。
——ザシュッ!
峡谷地帯を出発してから大体半日ほどが経過しているだろう。
——スパッ!
——ズバンッ!
しかし、周りの景色は相変わらず緑色と茶色、そして赤色だけだ。ちなみに赤色というのは魔物の血だ。何故だか知らんが、我が現在いる森——【嘆きの森】はとにかく魔物が多い。十歩歩けば、必ず魔物に遭遇すると言えば分かりやすいだろうか?まぁ、かといって雑魚がいくら湧いたところで我の敵ではないので何の問題もないのだが。
《……いえ、マスター。お言葉ですが先ほどから片手間で倒しているその魔物たちは、大抵がBランク以上です。中にはAランク上位の魔物もいましたので、決して雑魚ではありませんよ?》
我のスキル——【知恵神】が何か言っているがそんなものは知らん。だって、我にとってはAランクもEランクも弱いのには変わらんしな。
《……》
ふはははは! 論破してやったのだ!(注:全くもって論破できていません!)
コホン。さて、気を取り直して進むとしよう。……うん? あれは街道か?
《アレは街道ですね。【アルファス帝国】と【ルベータ王国】を繋いでいる街道です。世界屈指の危険な街道として知られています》
やはり街道か。ということは街道を進めば街があるということか……。う〜む、街か。行くべきか? 行かざるべきか?
《マスターは魔族ですので、行かないほうがよろしいかと。魔族は恐れられていますから》
そうなのか? そうなら、まあ行かなくて良いか。別に行きたいわけではないからな。
だが、とりあえず街道には出ることにした。森の中よりは歩きやすいからだ。
街道はカーブなどは一切ない一本道だった。そのおかげで遠くの道までよく見渡すことができる。
《街道が一本道なのは魔物や盗賊を発見しやすいようにするためですね。カーブが多いと急な襲撃に遭ったりしますから。そういったことを減らそうという試みでしょう》
なるほど。ちゃんと理由があるのだな。
さて。どっちに向かおうか?
《【ルベータ王国】方面は強い魔物が多く生息しているそうですので、仲間を集めるのでしたらオススメです》
そうか。なら【ルベータ王国】方面に決定だな。強い配下は欲しいからな!
《マスターは孤独者ですからねー。早く仲間を集めませんとね♪》
……此奴、言いやがりよった。我がひっそりと気にしていたことを……。
《さっきの仕返しです♪》
ふん。まぁ良い。遅かれ早かれ仲間は集めるのだしな!
我は【ルベータ王国】方面へと歩を進めた。
♦︎♦︎♦︎
何かあるな。アレは……馬車か?
我が【ルベータ王国】方面へと歩を進めて十分。前方に馬車? が見えてきた。地面や馬車についている爪痕から、おそらく魔物に襲われたのだろうと思うが……。
馬車らしきものはすでに大破し、あまり原型は留めてはいなかった。
周囲には血の跡があり、肉片も散らばっている。おそらくは五人分の人族だろう。
《間違いなく魔物に襲われたのでしょう。服装から判断するに冒険者が三人、御者が一人、商人が一人です。商人はおそらく【アルファス帝国】の者です。馬車に残るロゴが正しいなら“ゴーズ商会”の者ですね》
ふむ。“ゴーズ商会”か……。
って全く知らん。どこの商会だそれは? ああ、帝国のだったな。まぁ、どうでも良いな。
我は一切を放置して先に進むことにした。態々、見知らぬ者を葬ってやるほどお人良しではないのでな。
そして、再び歩くこと約十分。
我はとある出会いをした。“運命”とも言えるかもしれない。
例えば、もし【嘆きの森】を抜ける際に反対側に進んでいたら、もし我が【アルファス帝国】を目指すことを決断していたら、もし、我が徒歩ではなく【飛翔】を使っていたなら……。
この時、我が出会った人物。それは——
一人の人族の少女である。




