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機内での短いお話

作者: 百眼

 プノンペンからシンガポールに向かう小さなジェット機の中、私の隣に座った青年は、一目でそれと分かるクメール人の雰囲気を持っていた。そして清潔感のある身なりで、ミネラルウォーターのほか、何も口にしていなかった。

 そんな彼の様子から、きっと彼はカンボジアでの成功者なのだろうと思っていた。まだあの国ではほんの一握りしかいないであろうそのうちにいる人間だと。勝手にそんなことを思っていた。

 彼と話し始めたきっかけは何だったんだろう。恐らくは気流の乱れで機体が大きく揺れた時だったんじゃないかと思う。すごい揺れたね、そうですね、みたいな会話からだった。確かそうだ。

 「この国には何しに来たの」そう聞いてきたのは彼のほうだった。

 「観光だよ。興味があってね」

 「そうか。この国は楽しめたかい」

 「うん。とても楽しかった」

 「それはよかった。僕はね、婚約者に会いに来た」

 「会いに来たって、君はカンボジアの人じゃないの」

 「ああそうか、ちょっと説明したほうがいいかな」

 飛行機が着陸態勢に入る旨のアナウンスが入る。

 「僕はカンボジアの人間だよ。でも今はニューヨークに住んでいる」

 そこまでの成功者だったのか、と内心思った。飛行機は着陸に向けて、室内灯が落とされた。彼はそのまま続けた。

 「難民だったんだ。だから、今はアメリカ国民だ」

 室内灯が落ちていてよかった。その時どんな顔をしていいか分らなかった。きっと日本にいる限りでは、こんな話、隣にいる人間からされる事なんてないだろう。新聞やテレビの中での出来事が、突然ぶつけられた気になった。やっと絞り出した言葉はただ一つ。

 「そうだったんだ」

 「まあ、婚約者もきれいな人だったし。僕は幸せだよ」

 軽い振動と共に、飛行機はシンガポールのチャンギ空港に着陸した。シートベルト着用のサインが消えて、皆先を急ごうと棚の荷物を取り出し、出口へと向かい始めていた。少しだけ名残惜しく、彼に話しかけた。

 「これから乗り継ぎだろ。どのくらい待つんだい」

 「時間だと6時間くらいかな。でも」

 「どうしたんだい」

 「一回シンガポールに入国しろって。警備が厳しくてね」

 彼も私もその理由を知っていた。ほんの数か月前の出来事のせいだ。おかげで空港はどこも物々しくなっていた。この空港ですら自動小銃を手にした軍が警戒に当たっていた。それに彼はその出来事があった場所に帰っていくのだ。

 「幸運を」

 「幸運を」

 彼は出国審査へ。私は次の飛行機のゲートへ。逆方向へ歩き出した。

 ただ、それだけのお話。


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