転校生
「ほら皆静かに~!」
担任の中村先生がクラス全体に向けて声を上げる。
アラフォー男性の渋くて低い声は黄色い声の中で異色をはなち響き渡ったのだが、
それでもざわつきは治まらない。
クラス中の視線が転校生に集まっている。
それもそのはずだ……
転校生と言うだけでも注目の的なのに、
2年3組……いや学園のヒロインとも言われるアスナにも優るとも劣らない……
そんな絶世の美女がやってきたのである。
アスナが洋ならこちらは和だ。
「………ええ!?うわぁ~美人……」
「すげぇ……」
男女問わずクラス中からそんな声が聞こえてきた。
皆の視線がその整った顔立ちから全身へと移動していく。
その見事なプロポーションの上に学園の制服を着ているのだが、どこか違和感を感じる。
使われている布の材質が違うのだろうか?
どことなく自分たちの着ているものとは違って艶があるように見える。
そして手には美しい紫色の布で包まれた長い棒のようなものを持っていた。
「芸能関係の人とかかな?」
「でも俺こんな美人な子見たことないぜ!?
こんな子がデビューしてたらマスコミがほっとかないだろ?」
声は治まるどころか時間を追うごとに信じられないという様子で膨らんでいく。
しかし、そのざわつきもしばらくして嘘のように静まった。
女の子の視線である。
普通ならクラス中を見渡したり、恥ずかしそうに下を向いていたりと様々あるとは思う視線が、
入って来た時から動かずにある一点を見つめ微笑んだままなのである。
その視線に気が付いたクラスメートは自然とその行き先を目で追っていく……
「ええ……
またお会いしましょうってこういう事?」
隼人はばっちりとあった視線を今度は外すことができずに思わず見つめ合ってしまった。
「源君の知り合いなのかな?」
「アスナちゃんという絶世の美女を兄妹に持つだけでは飽き足らず……
なぜだ……やはり神は不平等だ……」
すでに知り合い認定されてしまい(まぁ合ってるんだけど……)
興味の矛先が転校生から自分に移動したのをよく鈍感と言われる自分でも痛いほど分かった。
その中でもなんだろう……ひと際……こう、殺気?のようなものを強く感じる方向がある。
転校生から視線をやっとのことで外し、確認してみると……
笑顔だ。こちらも満面の笑顔なんだ……
なのになぜだろう……アスナの後ろに怒りをあらわにした阿修羅が見える……
「やっと静かになったな~。
まぁ色めき立つのはわからないでもないけどな。
よし、じゃあ三千院自己紹介をしてくれ」
そう促され三千院と呼ばれた転校生は隼人への熱視線をいったん止めてクラス全体に向き直り、
そしてとても丁寧に頭を下げた。
「初めまして。
三千院 怜奈と申します。
本日よりここ、桜ケ峰学園にて皆様と共に学ばせていただきます。
勝手が判りませんゆえ、何かとご迷惑などお掛けしてしまうかもしれませんが、
是非よろしくお願いいたしますね」
言葉の終わり際に放った微笑に男女問わず大半の人間がやられた……
恐らくは今日中にファンクラブなんてものが出来てしまうのではないだろうか?
「よし。
まぁ”三千院”なんて珍し名前だ。
皆の頭に一つ思い当たるものが出てくるだろう。
彼女はそこのご息女さんだ。
海外留学していたとのことだが、
家の都合でこちらに戻ることになったらしい。
理事長がご両親と仲良くしていたようで、
今回学園の取り組みなんかにも大変興味を持ってくれたそうだ。
こちらの常識なんかが判らずに苦労する場面もあるかもしれない。
皆、助けてやってくれ」
「ええええ!!!? マジもののお嬢様じゃん!?」
「芸能関係なんて……まだその上を行ってたわ……」
一度治まった騒ぎは”三千院”の名前によって再び最高潮まで盛り上がる。
「では三千院は……
あの空いている席に座ってくれるか?」
「………」
どうしたことだろう先生にうながされても三千院は動こうとしない。
「どうした? 三千院?」
「あちらの席が良いのですが……」
三千院が指さす席は隼人の隣だ……そしてそこにはすでにクラスメートが座っている。
「おいおい……
初日から困らせないでくれ……
三千院の席はあそこだ」
「残念です……」
酷く落ち込んだ様子の三千院はそう告げながらトボトボと歩くのだが
その向かった先は隼人の目の前だった。
「ええ!?」
あまりの出来事に隼人は驚きの声を上げる。
「隼人様。お約束の品お渡しいたしますわね……茜」
茜?
誰??
三千院がそう呟くと教室の自動ドアが開きメイド服に身を包んだ女性がごく自然に教室に入ってくる。
今の声の大きさで聞こえたのだろうか……?
「お嬢様。こちらでございます」
そして、いつから美人は大安売りしているのだろうか……
この空間にはすでに3人の美女が揃っている。
茜と呼ばれた人は綺麗な風呂敷に包まれた何かを三千院に差し出す。
「ありがとう、茜
……では隼人様。
こちらが先日お約束しました、制服です。
私の物と同じ素材でつくっています。
そして隼人様が動きやすいように…
そう言った部分も考慮に入れて作ってあります」
この美しい笑顔を前に断るという選択肢が浮かび上がってこない……
それに別れ際にお願いしたのは……俺だ……
「あ、……ありがとうございます……」
「まぁ、お礼など……私と隼人様の間にそのようなものは必要ありません」
いつからそんな間柄になったんだろう……
思い返してみても心当たりがない……
周りからはうわー!!! だの、いやーーー!! だのそんな悲鳴? が聞こえてくる。
「お取り込みのところ悪いんだけどな……
部外者の学園への立ち入りはご遠慮願いたいんだが……」
先生の訴えは茜と呼ばれた女性に向けられているようだ。
「これは先生紹介が遅れ申し訳ありません。
茜、皆様にご挨拶を」
「皆様。お初に御目にかかります。
茜と申します。
怜奈様の身の回りの御世話をさせて頂いております。
皆様は怜奈様のご学友の方々、何か困ったことがありましたらお気軽にお声掛けください」
その素晴らしい立居振舞いに思わず見とれてしまった。
爺ちゃんが見たらえらく感動することだろう…。
「身の回りの世話……と言われてもな……生徒ではないことは確かだし……」
紹介されても…といった様子で先生が困っていると
「御心配には及びません。理事長の許可は取ってありますので。
何分私がまだまだ未熟な身ですので……茜には側にいてもらわなければ困ります……」
「そうなのか?……そういうことならまぁ俺から言うことはないな……」
”理事長の許可はとってある”この絶大な言葉を前に先生はおとなしく引き下がった。
「それでは隼人様……せっかく御側に控えられると思ったのですが、
何やら私の席はあちらとのこと……
また後程……」
今度こそ自分の席に向けて判りやすいくらいに両肩を落としトボトボと歩いて行った……
三千院のお嬢様でもあんな素振りを見せるんだなぁ……
その素振りは何処かうちのアスナを連想させて思わず笑いがこみ上げてくる。
そして茜と呼ばれたメイド服の女性はごく自然に教室から出て行った。
……三千院に呼ばれたらすぐに来るんだろうか?
だとしたらいったいどこで待機しているんだろう……
!?
身体が無意識に動き窓の外を見る。
………
なんだろう…誰かに見られていたようなそんな感じがしたんだけど、
俺の目視が届く範囲にその主はいない……
今ではその気配も消えてしまっている。
「……気のせい……かな……?」
隼人が腑に落ちない……そんな表情をしていると
「よ~し、もう時間も無いし各連絡事項は各々の端末に届いているはずだ、
目を通しておくように。
これで今日のHRは終わりだ。
皆三千院のことをよろしく頼むぞ!」
その言葉を残し、先生は教室を後にした。
そこからはクラス中が正にお祭り騒ぎだ。
三千院の周りには人だかりができていて
当たり障りのない質問から
このどさくさに紛れて
「その素晴らしいスタイルのスリーサイズを教えてください!」などと言った物まで
飛び交っている。
1時限目が始まるまでそう時間は無いはずなのに他のクラスや学年が違うものまで
噂を聞きつけて2年3組の外の廊下にあふれている。
「……これは誰かが端末で外に情報漏らしたね」
その騒ぎからは遠い位置になる隼人のもとに和輝がやってきた。
「そうだろうね……隣のクラスくらいならまぁわかるけど
この時間で3年生なんかが来てるのは不自然だね」
「まぁ先生も言ってたけどみんなが色めき立つのはよくわかるよ。
ところで隼人の知り合いだったみたいだけど剛久さんの関係かな?
……それに制服ってなに?」
「そうだね……大本をたどるとそこになるんだろうけど、
つい最近もちょっと色々あってね……制服もその辺りのことでね……」
「なるほど……ちょっと複雑そうだね。
問題なければ昼前の自習時間にでも聞かせてよ。
でもとりあえず隼人が早急にやるべきはアスナちゃんの機嫌取りだと僕は思うな」
「え?」
和輝に促されアスナに視線を送る。
そこにはアスナ後ろに見えていた阿修羅が綺麗さっぱり消えていた……
その代わりさっきまでのアスナの笑顔は
言い表すなら”無”そんな表情に変わってしまっていた。
怖い……
今までアスナのこんな表情は見たことがない……
後ろに見えていた阿修羅を取り込んだ……とでも言うのだろうか……?
「隼人……健闘を祈るよ。
僕は巻き込まれたくないから退散させてもらう」
「え!? 和輝待って!!」
俺の呼びかけは届かず和輝はそそくさと自分の席に戻っていった。
ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……
アスナの”無”の視線が怖い。
ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……
誰か助けてください……
辺りに1時限目始業のチャイムが響き渡る。
「ああ……!!隼人様とお話ができませんでした…」
それと同時に聞こえる三千院の声……
ジーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……!!!!!
アスナの視線がさらに恐ろしくなった気がする……
どうすればいいんだよ……
この視線は隼人が4時限目の選択授業で教室を離れるまで続くのだった……