出発
プシュー
怜奈に手を引かれながら俺達がバスに乗り込むのを確認すると、扉は音を立てながら閉ざされた。
階段を上がると目の前に広がっていたのはとてもバスの中とは思えないほど豪華で、
一つ一つの座席のスペースもかなりゆとりをもって配置されていた。
天井は前面ガラス張りで嘘みたいな解放感だ……
しかし、両側部にはレールのようなものがうっすらと見えるので、
恐らくだが、カーテンのようなもので開閉することが出来る構造なのだろう。
先に乗り込んでいたクラスメイト達はこの現実離れしたバスにもっと盛り上がっているのかと思ったが、
度肝を抜かれすぎて縮こまってしまっている生徒達の方が多い様だ。
「これ……本当にバスの中?」
俺の口からそんな言葉が自然に漏れる。
「納品したサッカーチームの会長も隼人様と同じことを呟かれたと聞いております。
飛行機のファーストクラスをコンセプトに設計されています。
如何ですか? どの航空会社に引けはとっていないと思うのですが……」
どうやら怜奈は俺の意見を聞きたいようだが……
「ごめん……ファーストクラスなんて乗ったことないから比較できないや……」
「そうなのですか? でしたらパリに旅行する機会がありましたら、
私おすすめの航空会社があります。
是非そちらのファーストクラスを試してみてください。
この車内にも匹敵する快適さですから。
あ! 今度隼人様さえよろしかったら奏多御兄様と旅行に行くんですが、
是非隼人様とアスナちゃんもご一緒に! スイートクラスをとりますから!
こうしてはいら……」
何やら怜奈が盛り上がっている。
ファーストクラスの料金なんて目が飛び出るほどだろ? 確か……
何処にそんなお金が……
と返そうとしてその言葉を飲み込んだ。
いや……あった……
怜奈と啓一さんから受け取ったお金はそれこそ途方もなかった……
確かにファーストクラスなんてその金額からすれば……
だけど今一俺がそんな大金を持っているという実感がない。
武道一筋で爺ちゃんに育てられたと言っても過言ではないような俺なので、
正直物欲がある方ではない。
先日も爺ちゃんがテレビを見て取り寄せた”煎餅”を
俺、アスナ、母さん、爺ちゃんの4人で、
縁側で熱い日本茶をすすりながら食べて幸せを感じていたような俺だ……
ファーストクラスで旅行を楽しむ俺。
ダメだ……想像すらできない。
「か……考えとくよ」
怜奈の提案を無下にしない精一杯の俺の答え。
「はい。 是非ご検討ください!」
怜奈はそんな俺に、にこやかに返事をしてくれた。
「お嬢様、隼人様……バスが動きますのでどうぞ席に」
階段の途中で止まってしまっていた俺達に茜さんが声をかける。
「あ……ああ、ごめん、思わず」
そう言いながらクラスメイト達の方に歩いていくと、
「あ! お兄ちゃん! レナちゃん!! こっちこっち」
後部座席にある応接間の様な場所を陣取っていたアスナ達に呼ばれ、
そっちに向かって歩いていく。
俺達が椅子に腰かけるのを確認し、バスは動き出した。
「レナちゃん! すっごいね!!」
「お嬢! なんだこりゃ?」
「フッ……僕はもう驚かないぞ……」
怜奈を待っていたんだろう、3人が一斉に怜奈に向かって話し始める。
「皆さん喜んでくださっているようでうれしいです」
そう言いながら、怜奈は骨革に話した内容を皆に話し始めるのだった。
バスが走り出して10分ほど経っただろうか?
俺達やクラスメイト達も少しはこの環境に慣れ、外の景色を眺めたり、
椅子に内蔵された機能を試してみたりと、各々がこのバスを楽しんでいた。
そんな俺も、窓の外を眺めている。
街の中を通り過ぎたのだが、通行人や、すれ違う車の中からこの現実離れしたバスに、
誰もが目を奪われていた。
そして……気になるのがさっきから後ろをついてきている3台のバイクだ。
「やっぱり追ってきたな」
そんな俺の視線を読み取った和輝が隣に来て俺と同じくバイクを見つめる。
「そうだね」
「流石にフルフェイスを被ってるから、どのクラスの生徒かは分からないな……」
このバイク達は俺達が学校を出発して、最初の曲がり角から現れた。
十中八九うちのクラスの練習先を偵察に来ている他クラスの生徒だ。
こんな大きなバスで更には目立つ……バイク相手に巻くことは無理だろう。
バスは大通りを右に曲がり、海岸沿いを走り出した。
あれ……この先って何もないよな?
あるのは……
俺がそう思った時、
「なんだ? ウチに用があんのか??」
案の定晃が反応した。
そう、この海岸沿いにある建物と言えばこのまま走った先にある
晃の家くらいで、他に目ぼしいものはない……
「御安心ください」
怜奈はそう言うだけでニコニコと笑っている。
後ろをついてきているバイク達もこれには半信半疑の用でお互いに顔を見合わせ首を傾げていた。
そんな時、どこからか
ババババババババババ!!!
大きな音が聞こえだし、バスの中のクラスメイト達も何事かと騒ぎだした。
そしてその中の1人が異変に気が付き
「上!!」
そんな言葉を叫ぶ。
つられて上を見てみると、そこにあったのは大型のヘリだった……
そこからアームの様な物が降ろされるのと同時に、
バスの側部の一部が開かれ、
ガチャン!!
降りてきたアームがガッチリとその開いた側部にはめ込まれる。
「オイオイ……冗談だよな?」
晃がそんな声を上げる。
アスナは怖くなったのだろう、俺に抱き着いて不安そうに上の窓からヘリを見つめている。
「アスナちゃん心配いりませんよ。
お互いが座標を送信し合いながらオートで連結する仕組みですから」
なんだろう……アスナを心配させまいと怜奈は言っているんだろうけど、
何かがズレている気がしてならない。
「皆様浮上しますので席についてベルトをお締め下さい」
マイクを通した茜さんの声に、視線を前方に向けると、
いつの間にかちゃっかりとバスガイドの服装に着替えた茜さんが無表情でアナウンスをしていた。
「浮上しますって……やっぱりか」
「お兄ちゃん……」
見ればアスナはちょっと涙目だ。
「大丈夫……怖いなら目をつぶっとけ」
「うん」
アスナはそう言うと固く目を閉ざした。
いや……抱きしめる腕も固く閉ざさなくてもいいんだけどな……
そして次の瞬間、バスはヘリに釣り上げられ、下部にへばり付く形で空へと舞い上がった。
これにはバイクの生徒達も路肩にバイクを止め、ヘルメットを脱ぎ、
このありえない光景を目を白黒させながら見送るのだった……
「3-1、3-4、2-5の生徒か……」
流石和輝……ヘルメットを脱いだ相手を見逃してはいなかった。
ヘリが高度をとり、飛行が安定した所で怜奈が口を開く。
「このバスが流線形なのは、勿論地上走行時の空力を考えることで燃費向上や、
高速走行時の安定性向上と言う部分もあるのですが、
一番の目的はこのヘリにつられて移動する際の空力を考えての物なんです。
納品先であるサッカーチームは移動が多いですから、
途中の道路状況などに左右されて試合に間に合わない。
そんなことになってはいけません。
そこで、最終手段としてこのヘリとの連結機能を有しております」
怜奈はサラリとそんなことを言う。
「もう発想がすごすぎて……なんというか」
「和輝、空って勝手に飛んでいいんだっけ?」
「いいや……でも勿論許可は降りる前提だから、その辺りも規格外ってことだ」
一体、この”三千院”っていう家は何処まで影響力があるのか……
俺がそう思い怜奈を見ると、小首を傾げ、にこやかな笑顔を返してくれた。
「で? お嬢、こんな空まで飛んでよ……どこ行くんだよ??」
晃が怜奈に誰もが思っている疑問を直接ぶつける。
「そうですね、もうネタばらしをしてもいいでしょう」
怜奈はコホンと一つ咳ばらいをすると、
「我が三千院本家に向かっております」
クラス全員に聞こえる声でそう告げた。
「本家って……なに? 怜奈の家の敷地に野球できる場所があるの?」
「はい、隼人様。 2面ではありますが、ナイター設備を持った野球場があります」
「うそだろ……」
和輝がたまらず頭を抱えている。
「ヘリでしたら30分ほどで到着できると思います。しばし空の旅をお楽しみくださいね」
そう言いながら怜奈は、席に着いた時から用意されていた紅茶を美味しそうに飲み始めた。
「お……お兄ちゃん……もう下に降りた??」
飛び上がる直前から目をつぶったままのアスナは、
恐らく今までの会話は全て聞こえていないのだろう……
高いとこ苦手だったっけ? そういや家に来てから飛行機系なんて乗ったのこれが初めてか?
「後30分は空の上だ」
「えぇぇぇ…………」
アスナが恐る恐る目を開け、俺に向けると先ほどよりも更に涙を浮かべているのだった。




