少女
さて……女の子は大丈夫だろうか。
路地の隅で固まっている女の子に近寄り
「大丈夫?」
と声をかけたのだが、女の子は呆気にとられて反応がない。
無理もないか……
危機的状況で怯えていた所に、人がピンボールの様にはじけ飛ぶ姿なんて目にすれば
誰だってこうなるよな……
頭に血が上っていたから気が付かなかったけどかなりの美人だ。
ストレートの髪は腰の辺りまで伸びていて艶やかに黒く輝いている。
整った顔立ちはお姫様…なんて言葉が自然と出てきそうで、
スタイルも…出るところは出て…引っ込むとことは引っ込んで……
うちのアスナにも負けてないなぁ
ってそんな場合じゃないだろ……
男達に連れ去られそうになった時に抵抗したため破れてしまったのだろう……
下着に包まれたふくよかな胸が露わになっている。
すごく……目のやり場に困る……
隼人はワイシャツを脱ぐと女の子に優しくかけてあげた。
「アッ……」
そこで初めて自分の服装に気が付いたのだろう
女の子は恥ずかしさから頬を赤らめると
急いでワイシャツを両手で引き寄せながらしゃがみこんでしまう。
でもすぐに気を取り直すと
「あ……ありがとうございます。おかげで助かりました」
と潤んだ瞳で上目使いにお礼を言ってくれた。
……か……かわいい。
再び見惚れてしまいそうになる自分を何とか理性で押さえていると、
足元に刀があるのが目に入った。
あの男が手にしていた刀も立派だったけどこの刀は更にその上を行く見事さだ……
女の子の持ち物なのだろう、左手薬指の付け根辺りにタコが出来ている。
「さて……どうしたものかな……」
ワザとらしくそうつぶやいた。
本来ならば警察を呼ぶのが筋なんだろうけど、
ここには
ありえないような亀裂の入った壁、
そこらに転がっている銃、そして刀……
女の子も刀持ってるし……
とても普通の状況ではない……
「警察……呼ばれるとこまるのかな?」
女の子にあえて聞いてみる
少し複雑な顔をした後、しばらく間があって
コクリ
と一度だけ頷く。
やっぱりそうだよな……
となると……頼るしかないか
「俺にちょっとツテがあるんだけど任せてもらっていいかな?
悪いようにはしないと思うから」
俺の問いかけに女の子はすぐにハイ!と答えた。
いいのか?ちょっとは疑った方がいいと思うんだけど……
まぁいいと言ってくれてるんだからこちらは話が早くて助かるけど……
そう言えばこの女の子どこかで見たことがある気がするなぁ
そんなことを考えながら俺は携帯端末を取り出し
「コール イリーナさん」
”この回線は秘匿回線にて接続されます”
システム音声からアナウンスが流れ、しばし間があった後
「あら隼人君じゃない! どうしたの?」
親しみを込めたそんな優しそうな声が聞こえてきたのだが、
一緒に送られている映像を見て隼人は絶句した。
金髪の髪は少し湿っていて、綺麗な顔も心なしか赤い。
そして……胸が……ギリギリだ…
頂点はギリギリ見えていなんだけど……裸なのか? あぶない…
「ちょっとイリーナさん!
映像送られてきてますけど!?」
隼人は必死に訴える。
「あ~! ごめんね。ちょうどシャワー浴びてたから。
別に隼人君なら見られても大丈夫よ」
大丈夫の定義を教えてください……
この人はイリーナ・レクリアットさん。
親父の仕事仲間で主に情報収集なんかのバックサポート全般を行っている人だ。
親父に惚れ込んでいるらしくて、よく母さんと熱い女のバトルを繰り広げている……
ちなみに親父を勝ち取った暁には俺を溺愛してくれるそうだ……
「あの実はお願い事が……」
一向に隠そうとしないイリーナさんから必死に視線をそらしながらなんとか切り出す
「ま~隼人君ってばウブで可愛いわね
お願い事って何かしら? もしかして私の養子になりたいとか?」
すごく目がキラキラしている……
結構本気なんだろう……
「いえ……俺は今の家庭に満足してますから……」
「現状に満足する男はつまらないわよ。思い切って環境を変えてみるってのもありだと思うの」
これが大人の色気と言うものなのだろうか……なんか色々とヤバイ。
このままじゃ完全にペースを持っていかれる、無視して切り出そう……
「じつは今、女の子一人を保護しまして……
その際に銃や刀を持った男達を片づけました。
警察を呼ぶにはちょっと難しい状態で……」
この話を聞いたイリーナさんの雰囲気が即座に変わった。
「そう……まず周りの環境を教えて、
誰か人に見られた、もしくは今にも人に見られそうな状況かしら?」
これが仕事をしている時のイリーナさんか…完全に別人だな。
隼人はあたりを見渡す。
人通りの少ない……人から忘れられたような路地裏だ。
男達が仕事をやり易くする為に、ここに追い込んだのだろう。
恐らくだけど人には見られていないし、これから人も来そうにはない。
自分のように知らない道を散策するのが趣味、みたいな変わり者がいなければだけど……
「その心配はないと思います」
「わかったわ。隼人君とその女の子のけがは?」
隼人は女の子の足先から上へと視線を送る。
怪我はしてないかな……
そしてちょうど顔まで到達した時
「ウッ!?」
目が合ってしまった。
ただ目が合うだけなら良いのだが
気のせいだろうか……なんか女の子の視線に熱が帯びているような……
いや……きっと不安で瞳が潤んでるからそう見えるんだ……
自分にそう言い聞かせ
「俺も女の子もケガはしていません」
「そう、よかった。
位置は既に特定したから後10分もすればこちらの人員が到着するわ。
もう心配しなくて大丈夫よ。
その女の子もこちらでいったん預かるから。
隼人君はどうする?そのままうちに帰る?」
正直このまま付き添っても俺にできることはもうないだろう。
「そうですね。俺は家に戻ります。
女の子のことよろしくお願いします」
「じゃあ、後で自宅に顔を出すわね。
相手のことを調べて聞きたいことなんかも出てくるでしょうし、
女の子の後のこともちゃんと知らせるから」
それだけ告げて通信は切れた。
ヤレヤレ……これでとりあえずは一安心だ。
「もうすぐ助けが来るって、
君のことはちゃんと話してあるから、
今からくる人達のことを信じて正直に事情を話してもらえるかな?」
まぁいきなり連れていかれて警戒するなって方が無理だろうな……
さて、どうしたものか…
「はい。私のためにご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。
そちらで事情をお話いたします」
「え?」
思ってもいなかった返事に思わず変な声が出た。
そんな俺ににっこりと笑顔で微笑みかけてくる……
この子は一体?
そんなことを思っていると周囲が騒がしくなってきた。
イリーナさんが手配してくれた人達が来たのだろう。
数台の黒塗りの車が止まり中からこれまた黒服の男達が降りてくる。
その中でもひと際目を引く背筋をピンと張った礼儀正しい一人の男が俺の前にやってきた。
「隼人君だね。イリーナより事情は聴いてるよ。
後の処理は私達に任せなさい」
この人すごく強いな……直感でビリビリと伝わってくる。
「ありがとうございます。女の子をよろしくお願いします」
「うん。確かに承った。
さあ、お嬢さんこちらへ」
紳士的な態度で車へと促された女の子は隼人に向き直ると
「危ないところを本当にありがとうございました。
上着も……必ずお返ししますね」
とても丁寧にお辞儀をしてくれる。
「いや、そんなの気にしなくて大丈夫だよ。
袖の部分なんて破れてるし、そのまま捨ててもらっていいのに……」
「そういうわけには参りません。
もしこれがもう必要ないと仰られるなら新しい物を届けます」
どうやら女の子の決意は固い様だ。
ここで無下に断っても感じが悪い、
それにもう会うこともないだろうし……
感じよくお願いしておこう。
「そうですか?ではお言葉に甘えます」
その言葉を聞くと女の子は嬉しそうに満面の笑みで
「お任せください!」
と胸を張っていた。
……シャツの隙間から……が覗いていたのはナイショだ。
「では隼人様。またお会いいたしましょうね」
そんな言葉を最後に女の子を乗せた車は遠ざかっていってしまった。
「俺名前名乗ったっけ? ……まぁ女の子には名乗ってなかったけど
イリーナさんとか黒服の人が俺の名前呼んでたか……」
もう一度現場を見渡してみると、
残った黒服の人たちが壁を隠したり、
倒れている男を運んでいたりと忙しそうに動き回っている。
ここにいても邪魔になるだけだな……
ありがとうございます。と頭を下げて隼人は帰路につくのだった。