門下生
「霖雨蒼生流だと!?」
男は耳を疑った。
霖雨蒼生流と言えば俺も耳に挟んだことがある。
なんでも一人の男が素手のみで武装したテロリスト集団から
亡国の大統領を守り抜いたとか
2km先からスナイパーが狙撃した際に
それに勘付いて要人を床に伏せさせて回避したなど……
そんなおとぎ話のようなことをやってのける男が
霖雨蒼生流という武術を使うという。
聞いた時は酒のつまみにもならない馬鹿げた話だと思ったのだが……
倒れている男達の有様に目を向ける。
あながち間違いではないのかもしれない……
いや……確かその男は見た目は若いが40歳ほどだと聞いた。
流石にいくら見た目が若いとはいえこの少年ほどではないだろう。
それに霖雨蒼生流という武術を使う人間は一人とのこと……
ハッタリだ!
この少年が只者ではないとは認めるが、語るに落ちたな。
これほどの実力者だ。俺と同じようにどこかで耳に挟んだのだろう。
その名を騙れば箔がつくと思ったんだろうが、
逆にお前のメッキを剝してくれたよ。
先ほどまであった僅かな震えはいつのまにか治まっている。
大丈夫だ。俺は実力でここまで伸し上がってきた。
今までもヤバい場面は何度となくあった!
それもすべてこの刀で切り裂いてきたではないか。
柄を握る手に力を籠める。
相手は恐ろしく速い、そしてその打撃は恐ろしい威力。
「一撃もらえばアウトか……」
しかし、それは相手とて同じ。
そう思えば自然と呼吸は落ち着く
静かに息を吐き……吸う
深い呼吸に切り替え集中力を高めながら
少年を見据えた。
こちらの様子をうかがっていた少年の身体がゆらりと揺らめく
来る!
まさに一瞬だった。
10m以上はあったであろう距離は
少年の一回の跳躍で縮められ
そのままの勢いで男を打ち抜こうと、拳はうなりを上げている。
思った通り直線的な攻撃だ!
先ほどよりも更に速いが、二回も見せてもらえれば対処できる。
男もやはり実力者なのだろう、その異常な速度にすでに対応していた。
本来、少女には常に数人のSPが付いている。
そのため容易には手を出すことが出来ないのだが、
男はこれでも裏の世界で最近名が知れてきている実力の持ち主であり
今回の仕事もその力を見込まれ雇われた。
少女に配属されていたSPはすべてこの男に倒されてしまった。
そんな勢いで突っ込んできてはもう向きは変えられまい!
ここだ!!
ここしかないというタイミングで男の全身全霊の一振りが少年に襲い掛かる。
空間をも切り裂いてしまうのではないか……
そう思えるほどの一振りである。
しかし、少年は顔色一つ変えずに突っ込んでいく。
凄まじい速度で飛び込んでくる少年の頭部と男の切先が振れようとした正にその時、
ガキィィィィィィィィィ!!!!
金属と金属が衝突した音が周囲に響き渡る
見れば先ほどの男の一振りは少年の左腕によって阻まれ、
切り裂かれた制服の隙間から金属の籠手のようなものが見え隠れしている。
「チィッ!何か仕込んでやがったか!?
しかし、俺の刀は大業物だぞ…そこに俺の技…
これを防げるなんていったいどんな……ッ!?」
次の瞬間、男の手の中から刀が遥か上方へ弾き飛ばされてしまった。
少年が男の刀を受け止めるだけで終わらず、腕力で弾き飛ばしたためだ。
あまりにも予想していなかった事態に男は一瞬状況が呑み込めなかった。
振るった刀が全力で振るわれた巨大なハンマーとぶつかって弾き飛ばされたのなら
理解もできるのだろうが……
しかし、すぐに現実に引き戻される……自身に迫る殺気によって。
ヤバイ!
刀を弾き飛ばされた衝撃で、両手をバンザイしているような状態になってしまった
まったくの無防備だ。
少年も止めを刺しに来ているのがわかる。
しかし、まだ終わらない!
両腕をそのまま逆らわずに背中にまわし
隠してあった小太刀を掴むと
首めがけて横一文字に薙ぎ払う!
これには少年も予測してなかったようで眼を見開いて驚いている。
獲った!!!!!!
この刹那の戦いに勝利した……
そう確信した…
ピタッ
首を切り裂き、派手な血しぶきをあげるはずの小太刀は
そんな音が聞こえてきそうなほど、
少年の右手のみによって白刃取りの状態で停止していた。
「なぁツ!?」
再び起きたありえない出来事に男は思わず驚きの声を上げる。
そしてその側には先ほどよりも更に深く蒼くなった瞳が怪しく光り輝き
ビシッ!!
と言う音共に少年が握っていた部分から小太刀に亀裂が入った……
あまりの出来事に男が再び恐怖を抱きだした瞬間
凄まじい衝撃を腹部に受け、壁に激突してピクリとも動けなくなってしまった。
「う……ぐ……ガハァ!」
身体のあちこちに激痛が走りまともにしゃべるのも難しい。
「へぇ…まだ意識があるんだ。すごいね」
少年は素直に感心しているようだ。
スーツの下には様々な衝撃などを吸収してくれる特殊なプロテクターを着こんである
どうやらそれが役に立ってくれたようだ……
しかし、それもズタボロだ……ただ即死を免れた……それだけだ。
「一つ……だけ……教えてくれ……ないか……」
息も絶え絶えにかすれた声で少年に問いかける
「俺が聞き及んだ霖雨蒼生流を使う男は
40歳ほどの男だ……しかもその武術を使うやつは一人だけだと……
俺の聞き間違えなのか?」
その問いに近寄ってきた少年は
「それは俺の親父だね」
キッパリと言い切る。
「親父……だと?
ということは霖雨蒼生流というのは?」
「俺は 霖雨蒼生流 門下生 源 隼人だ」
門下生?
この強さで門下生だと!?
「ハハハハハ!!ゴホッ!……グ……ハッ」
笑ったせいでさらに彼方此方が痛む
しかし、これが笑わずしていられようか…
自分の人生をかけて習得してきたことが門下生に打ち砕かれたのだ。
恐らくこれが門下生なら聞き及んだ話も恐らく嘘ではないのだろう……
これを最後に何とか踏みとどまっていた男の意識は完全に途絶えた。