驚き
最先端の科学技術を用いれば、掘り返さなくとも電波や音波で地中の様子がつかめる。
調査が進むほど、水の都の規模は当初の予想より大きくなる。
頭の悪い建築学の教授だとか言う何某かが、この都を造るのにどれだけの日数と人手を使ったかをつらつらと述べている。
馬鹿か、おまえ。
神が魔法を使って一日で造ったと王国史に有るだろう。
五都共に一日にして成り、造りたる神々はこれを祝福す、と。
一日と有るが実際には一瞬のことだと思っているのだが。
水の王宮の中心と、水の神殿の中心を結ぶ線は真北を向いている。
先の建築家は太陽の南中点を測量してどうのこうの……。
実際の地軸の北極点に対してどれだけずれているか、現在の測量技術がどれだけ優れているかを得意げに論じている。
しかし神はやはり居られるのだ。
地学者が建築学者に異論をたたきつけた。
それによると水の都が造られた時には地軸の傾きが変わり、北極点の位置が今とは別の所にあったらしい。
それを考慮して補正をかけると、全く誤差が無く北極点を向いているという事だ。
それで改めて取材に来た記者に言ってやった。
「これは神が造りたもうた町です。彼は遥かかなたに測量の基準点を取って誤差があると言いたかったらしいですが、それよりこれだけ大規模な建築群が誤差なく整然と平行と直角に並んでいることをまず受け入れるべきですな」
そう、東西25km、南北50kmに及ぶ玄武岩で造られた大都市の建築群が、レーザーを当てると整然と寸分の狂い無く一直線に並んでいるのだ。
改めて大出力のレーザーを持ち出して説明してやると建築界から一切のたわごとが出てこなくなった。
建築の専門外の者に指摘されるまで古代建築の価値の分からぬ者が自慢げに己の卑小な技術を語るなと言いたい。
あ奴らは言われるままに建物を傷つけぬことだけを空の頭に入れて掘っていればいいのだ。
水の都の学術的価値が高くなることはいいのだが、その分発掘に時間がかかることに成る。
発掘の実務は建築家どもに任せて発見された文書類を先に解読することにする。
水の神に仕えた巫女たちの日誌が発見されたのだ。
それが民間伝承の正確さを裏付けていく。
しかし巫女たちの日記には民間伝承に伝わっていない部分があった。
それによると神殿の結界の中で一人閉じこもっていたシェリルシア姫が神の眷属と婚姻していたとあるのだ。
そして姫は修行が終わるとき、赤子を抱いていたとある。
神に認められた正しき婚姻の印が有るためにシェリルシア姫の訴えがそのまま認められるとある。
ふむ、神が認めた印……こちら書にあったな、何でも魂に永久に刻印されるために力の有るものならば誰でも簡単に識別できる……簡単に離縁など、まして結婚詐欺など出来ないな、これでは……。
しかし相手は誰なのだろう。
解読できた事柄を順次発表したのだが外野がうるさい。
世の女性方は、姫の相手が警備の隙をついて忍び込んだレオン王子であると確信したらしい。
巫女が水の神の許しを得て婚姻するためには、相手は水の民の中でも特に神に近いもので無ければならないはずだ。
火の国の王子など論外だが、それにしても何者だろう。
当時の記録はない。
このゴシップ記事のようなものに、何か重大な秘密があるような気がする。
妹と言えば良いのか弟と言えば良いのか、俺の半身が乳児にまで退行して眠りについてしまった。
俺はその相方と衝突したときにかなり弱体化してしまったらしい。
思うように動けない。
それで一人で試行錯誤していたある時、やっと狭い穴を通って俺は外に出ることに成功した。
そこは建物の中か地下に造られた公園のような場所だった。
他に全く人の気配が無いそこに少女が一人。
俺は彼女の目前に飛び出してしまった。
俺は無い心臓が止るほど驚いたが彼女は表情一つ変えない。
もしかしておれが見えないのだろうか。
俺の存在は幽霊のようなものだ。
外観も下半身がぼやけてそう見えることだろう。
いや、彼女の視線は明らかに少し移動した俺を追っている。
……そのう、なんだ。
思いっきり気まずい。
俺の今の姿は思いっきり怪しいはずだ。
どう接したらいいのか分からずもじもじする幽霊。
そんな怪しい俺と彼女は表情一つ変えず、先ほどからずっとにらめっこをしている。
何か行動を起こしたいのだが、この精神だけの体に心臓や血液なんか無いはずなのだがそれがどくんどくんと脈打ち俺の次の行動を縛る。
だってこんな美少女と至近距離で見詰め合ったことなんて無いんだもの。
一言で、日本では絶滅した? 清楚な大和撫子。
歳は16才くらいか、濃い茶色の目は無表情な顔に反して驚き、戸惑い、そういった感情を伝えてくるので意識がないはずはないのだが。
悲鳴でも上げてくれれば話しかけられたのだが、こうなってしまうとねぇ……。
「あのう、ごめん」
間に耐えられなくなって思わず謝ってしまった。
ザ、日本人の俺、なさけなし。
しかし謝っても彼女に反応が無い。
ただ俺を見つめるのみ……困った……。
……! 当たり前だ、日本語が通じるわけが無い。
「始めまして」
神に植えつけられた未知の言葉で話しかけてみた。
「始めまして……」
返ってきた言葉に涙が出てきた、イメージだけだけど。
まともに誰かと話をしたのは何年ぶりだろう。
とにかく会話会話。
「そのぅ、自己紹介したいんですけど、自分の名前が分かりません。えっと神様に行ってこいと別の星からぶん投げられてここに落ちたんですけど、ここどこなんでしょうか。」
我ながら情けない話掛け方だが、そこからやっと会話が続くようになった。
俺の話している言葉は、この世界でも古語で神代語と呼ばれ神々の使った言葉だとされている。
なので人と交わりを断つ修行中にあっても逆に神々とは会話をせねばならないということで、この神代語での会話だけは許されるということだった。
ただしこの言葉を使えるものは相当高位の神職や学者に限られるらしい。
とにかく会話が成り立つことに対して、神に感謝した。