神は存在するのか?
五行王国史、戦国史は共に国家が編纂した正史である。
しかるにこれを事実無根の創作物だとすることが一般的であった。
計都すなわち彗星の出現や日食などがきわめて正確に記載されているのにもかかわらずだ。
理由として人界に干渉する神々や魔法の存在が有る。
今日、これらが存在するのは小説の虚構の中だけであり、現実に魔法が使えると言う者たちは精々金属のサジを誰にも知れぬように曲げることぐらいである。
ただ本物もいるかもしれない。
この時代に信仰された神々は、普段はそれぞれの星に住むと考えられていた。
この中で五行の神が住む星は今で言う五つの惑星である。
夜空に赤く輝く第4惑星はその色から火星つまり火の神が住む火天とされている。
あの星に神などいないだろうと、自分で得たものでは無い知識で頭を膨らませた愚か者は言うことだろう。
あの星はここより太陽から離れた軌道を回りはるかに寒い星炎の世界ではないのだと。
そして水星、これはもっとも太陽に近い軌道を回る惑星である。
この平均温度が沸点より高く気圧の低い星を水の神が住まう水天とされたことを、科学に囚われし者たちは嗤う。
あの灼熱地獄が水の世界だって? 馬鹿馬鹿しいと。
しかし注視せねばならない。
あの、夜空に輝く点に過ぎない光が、一つの世界であると捉えた当時の人々の感性のすごさと英知を。
実際に木星などは我々の立つこの星より遥かに面積が大きい。
自分の頭から全ての知識を排除してあの星々を眺めて良く考えてみるべきだ。
あれを一つの世界だと感じ取れる感性が自分に有るのかと。
そして惑星探査衛星が天空を翔るとき新しく得られた現実がそれ以前の常識を吹き飛ばす。
クレーターの底では有るが水星に氷が現実に存在したのだ。
ならば水神がそこにおわさないはずは無い。
だから水の神殿の発掘が終わるとき、常識が覆りかつて神と魔法が実在したことが証明されることが有り得ると信じる。
空に馬鹿馬鹿しいほど大きな太陽があり、巨大な炎を吹き上げているのが見える。
見えるというのは正確ではなく、俺は見えるように感じているだけなのだが。
これだけあの太陽に近いと、ここは灼熱の大地のはずだが俺は冷たい氷の中にいる。
夢、と一言で片付けてしまいたいものだがそうもいかない。
俺はまちがいなく死んだはずだ……。
……はずだ。
実はもうよく覚えていない。
ここへ来たとき、というかここにいるのを認識したとき、確かに俺は記憶の全てを保持していた。
それが最近あてにならなくなってきた。
老人が寝たきりになると急速に呆けるというのと同じだ。、
ここでは身動きが取れないどころか、そもそも自分の体自体を認識できない。
自分自身の目を感じられないのにこの環境で周囲の状況を知覚できるようになったのは最近のことだ。
ここに来たときには俺は何も無い無の中にいた。
全く変化の無い退屈な場所な無の中で俺は何とか自我を保つことが出来ていた。
俺には妄想癖があり、それが思考を止めることを許さなかったのだ。
俺は小説を書くのが趣味だった。
まともな作家ではない。
僅かな読者だけが読んでくれるネット小説を書いていただけだ。
時間は無限に有る。
俺様ツエーのお気楽冒険ものでもシリアスな社会風刺物……高度なものは無理だったが、いくつかのストーリーは完成した。
残念ながら記憶させる媒体も発表する場も無かったが。
何作目を書き終えたときだっただろうか、俺は自分の作った偉大な主人公になったつもりで、つまり全知全能の神になったつもりでやってみた。
「光あれ!……うわぁ~~~~~」
世界が明るく照らされ俺は巨大な太陽の真下で、荒れ果てた地面を俯瞰していた。
俺としては地球を人工衛星軌道くらいから見下ろしたかったのだが、ここは地球ではなかった。
そして俺は足元の星に落ちる。
いや、引っ張られたのが正しいようだ。
伸びきったゴムが縮むように俺はクレーターの中に落ち込み、衝撃や反動もなく氷の中で急停止した。
心臓がどきどき……心臓なんて無いよな、俺。
俺の本体、たしかにあると感じられるのだが大きさも形も色も、つまり自分自身を全く知覚できない。
普通目を開ければ自分の顔は見えなくても足ぐらいは見えるだろう。
何とも表現しづらいが俺が存在するらしき空間には何もない。
どちらにせよ俺は人間を辞めてしまったようだ。
幽霊のようなものかもしれない、ふむ。
しかしなぜ俺はこんなところにいるのだろう。
あたりを観察してみたが何もわからない。
有るのは氷と岩と太陽。
基準となる物がないので周りの大きさなどさっぱりわからない。
結局何も見えない時と同じだ。
それで結局またもとの暇つぶしに戻るが、こんどは自分について考察するというネタができた。
脱出せねば、などという緊迫感がないのでネタでしかなかったがその分自由度が増える。
周りの岩や石などを移動させられないか、とかその前に触ることができるかとか……。
第三者がこの星に存在するならば、物理法則に反して動く石や砂、温度変化もないのに溶けたり固まったりする氷を見ることができることだろう。
俺は超自然現象としてこの世界に存在できているようだ。
ふむ、面白い。
どれだけの時間が経ったのだろうか、相変わらず夢中になって遊んでいた時、俺は何かに掴まれた。
不信心な俺でもわかる、これは神だ。
どうしようもなく巨大で勝つ存在しない物に握られた俺は抵抗しなかった。
心の奥底から叫ぶ声がする。
『神にひれ伏せ』と。
だがどうしても俺はへそ曲がりだったようで、ニヤッと笑ってしまう。
実際には顔などないのだが、まあ笑えたようだ。
俺をつかむ神は楽しそうな波動を発し、俺をぶち投げた。
人類初? の宇宙服なし惑星間航行……俺はそれを楽しむことさえできた。
馬鹿は死ななきゃ治らないというが、馬鹿は死んでも治らないというのが正しかったようだ。
俺はそんなバカバカしいことを考えながら、地球儀の地形とまったく異なる大陸がある青く美しい星に落ちていった。