始まりの日
きれいごとのみでは進みません。
ご了承お願いします。
歴史家視点と個人視点、同期しますが別に進むことになります。
地球ではない科学の代わりに魔法が発達した世界、そこでも天帝を中心に神々を表す全ての星は規則正しく円を描く。
しかし力ある七つの星、つまり七曜はこれに従わず独自の道を行き、時に逆行したりもする。
その世界は五つの大国がそれぞれ七曜神のうち五行の一柱を祀り永き平和を謳歌していた。
すなわち火の国、水の国、木の国、金の国、土の国である。
日と月はすべての国であがめられており、それだけを祀る国はない。
昨日と同じ平和な今日があり明日に続くはずのある夜、天空の端に小さく計都星が現れた。
凶星と呼ばれる計都星はこの日はまだ暗く小さな星であったがやがて大きく尾を引き天空を二分するようになる。
そしてその禍つ星がもっとも長く尾を引いた日、真昼だというのに太陽がもう一つの凶星、羅ゴウ星によって隠された。
後の世で、暦を司るものはこの凶日をもって戦国の始まりの日とする。
その日は水の都に火の国の朝貢団の歓迎式典が予定されていたが中止になった。
団長は火の国の第二王子レオンである。
五行の相克のうち水剋火、つまり水は火を消しその魔術的な力関係によって火の国は絶対に勝てない水の国に服従を強いられ、朝貢と称して貢物を納めている。
実際のところは王家同士が行う貿易が起源で、朝貢団は持ってきた貢物以上の返礼を受け取り帰るのだ。
それが固定された力関係の結果、いつしか朝貢などという題目がついて一方に対して屈辱的なものになってしまっていた。
もちろん水の国は優位にある土の国に朝貢し、火の国も金の国に貢がせているのでお互い様では有るのだ。
歴史に記されたその凶星が二つも現われた日は迷信深い水の国の人々は王族から一般市民まで皆、物忌みと称して家に閉じこもり表を歩かなかったという。
火の国の使節団も宿舎に閉じこもっていたことになっている。
そしてこの日は歴史家がいくら探してもなにごともなかったと両国王家の公式記録はじめ全ての記録にある。
水の国で式典を司る式部官の日記によれば、この日から数日後に改めて催された歓迎式典では水の国では世俗から隔離されて神に仕える第三王女シェリルシア以外の王族全てが火の国の使節団を歓迎したとある。
第三王女は結界に守られた神殿で神にささげる荒行を行っていたためだ。
この荒行は、半年も前から始められており、後二年半は誰も出入りできぬ結界の中で行われているのだと火の国の使節団は説明され、これを了承したとあることが歴史家たちに疑問を投げつける。
シェリルシア姫とレオン王子、氷の姫と炎の王子、今に伝わる悲恋物語の主人公の二人に接点が無いのだ。
水の国の都、いつもはにぎやかな王都の町並は真昼だというのに静まり返っていた。
数日前に現われた彗星が、真昼だというのに天空を二分するほどの尾をひいたためだ。
迷信深い人々は恐れおののいて家々の門を閉ざす。
彗星の影響は迷信だけでなく、実際に人々の使う魔力も乱した。
そのため王城で予定されていた火の国の使節団の歓迎式典を始め、すべての行事が公私にかかわらず彗星の現れた日から延期、もしくは中止されて今日に至る。
それでも仕事でやむ終えず外出していたものもいたのだが、さらに太陽までが少しずつ欠けて行くにあたり、各地を守備する警備の兵までが待機所に隠れてしまっていた。
日食が終わり、光が戻ってもまだ誰もいない道を数人の青年が血相を変えて走り回っていた。
全員が髪の色は水の民を表す黒、北にあるこの地方の厚い民族衣装を身に着けているのだが何となくしっくりと決まっていない。
護身のために腰に下げている短剣が、火の国で使われている物のように曲線を描いているからだからだろうか。
話は日食の始まる少し前にさかのぼる。
整然と町割された王都の城下を彼らはこれと言った当ても無くまとまって歩いていた。
「せっかく目立たないように髪の色まで染めて来たのに若い女どころか犬っころ一匹いやしねえ。う~つまらん」
「殿下ここは水の国ですぞ」
「おい、若旦那だ。箒星の出す魔力で魔法の聞き耳たててるやつらにゃ何も聞こえんとは思うが、誰かに聞かれた日にゃめんどくせぇことになるんだぜ。しかし女がいねぇ~」
「若旦那、お願いですから見つけ次第無理やりなんて事しないでくださいよ。ここは火の国の威信なんて通用しないのですから」
「うっせぇ、どの女も俺のもんになって喜んでいただろうが。金の国に行った時もそうだったぞ。いろいろ言われているが俺は力ずくで押し倒したことは一度もないぜ。うん、両国の親睦のためにぜひともだなこの国でも……」
青年たちはそんなことを話しながら歩いていたのだが、そのうち若旦那と呼ばれていた一人がいつの間にかはぐれてしまった。
残りの青年たちはそれで必死に探しているのだ。
道はまっすぐで見通しも良く、あまりにも整然とした町並みは土地勘の無い彼らでも探しやすいはずだったのだが、どうしても若旦那が見つからない。
疲れ果てた青年たちが助けを呼ぼうかと思案し始めた時、誰もいなかったはずの路地から若旦那がふらりと姿を現した。
妙に力の抜けた様子に供の者が心配する。
「若旦那、ずいぶん探しましたよ、どちらにおられたのですか?」
「それがなぁ、神殿らしきところの奥にとびきりいい女がいてだな」
「まさか、また無理やり!」
「いや、逆らわなかったぞ? 無表情で人形みたいな女だったけどな。子でも出来たら火の国に来いと短剣をわたしておいたからそれでいいだろう」
「相手が嫌がらなかったのでしたら強くは言いませんが、若旦那の後始末をするのはいつも俺たちなんですよ。ちょっとは考えてくださいよ」
「わかったよ……帰るぞ」
「はいっ」
数日で大きかった彗星も小さくなり延期されていた火の国の使節の歓迎式典が開かれ、続いての舞踏会でも火の国の王子たちは水の国の王家から歓待を受けていた。
「殿下、お楽しみいただいてますかな?」
「これは内務卿殿、わが国の情熱的な音楽や踊りとは違い、いささか戸惑いましたがこれはこれで良いものですな」
王子は女性と密着して踊ることが気に入ったのだが、さすがにそんな下心は隠して応じる。
ついでに、今もっとも気になっていた質問をさりげなくする。
「ところで、お美しいと評判の三の姫さまはおいでにならないのですか?」
「三の姫さまは神殿におこもリ中でしてね。三年の間一言も発さず、感情も表してはならない。そして何事も黙って受け入れていかなる苦難もただ耐えしのぶ、という荒行を行っておられるのです」
「何事も黙って受け入れて、いかなる苦難も耐え忍ぶのですか……」
「厳重に結界が張り巡らされて警備されておりまして、姫様には危険など万が一にも起こることははございませんが、三年ものあいだ外界から隔離されて誰とも会わず会話できないということは最大級の苦難といえますでしょうな。結界は太陽と月の力を使っておりますので外からは誰にも破ぬもっとも強いものでございますから」
「太陽と月の結界の中で修行ですか……」
「食事も結界の中に有る木の実だけで済ませる文字どおりの荒行です。もっとも万一のことが起きても中からは抵抗無く出れるので危険もありません。それより殿下あちらに……」
欲望のままに抱き寄せても一切の抵抗をせず黙って受け入れたあの少女……。
好色で聞こえた火の国の第二王子は以後ぴたりと女遊びをやめてしまった。
人の物語は主人公の両親です。
王子はそのぅ、犯罪行為に及んだのです。
それぐらいは分かりますよね。