浮遊するリアルタイム
「浮遊するリアルタイム」
たとえば、喫茶店で紅茶を飲んでいるとき、突然自分が動物園のおりの中にいると気付くことになる。
猫足のいすのクッションにお尻をうずめて、片手にティーカップをもったまま、しげしげとこちらを見つめるお客の顔を、しばらく、それともずっと観察するハメにおちいる。
クスクスが私のほうを向き、
「不法侵入者は逮捕する」
と、生意気なことを言うのだ。
そのことすべて間違いなく、浮遊するリアルタイムのせいだ。
リアルタイムは常に移動している。
とても気まぐれに私たちのところを訪れる。
某氏は恋人と楽しいひとときを過ごしている最中、一呼吸おいた瞬間、自分が月にいることに気付いた。
なぜだか、首の長いキリンがいて、某氏に言ったそうだ。
「今日で99人目」
迷惑そうに彼を見るので、某氏は丸くなって、月の海に沈んでいった。
旅がしたいなら、リアルタイムを追いかけることをお勧めしよう。
リアルタイムは時と場所を選ばない。とても都合のいい旅の連れ合いだ。
ただ、恋人やお母さんにいだかれてリアルタイムの存在に気付くときは、そこから離れがたい。
リアルタイムが私たちを引き裂こうものなら、思わずなきじゃくってしまうだろう。
そういう不幸をさけるために、リアルタイムの嫌いな臭いを思い出や過去、ときには未来のそこここにふりまいておくべきである。
そうすればリアルタイムはそこをさけて、私たちは無意味な涙を流すことはなくなる。
ロイヤルミルクティーの表面に張る薄いミルクの被膜をスプーンですくって味わっていると、リアルタイムが私のとなりに座ってアールグレイを注文した。
アールグレイの香ばしすぎる薫りが私の大好きなロイヤルダージリンの薫りを台なしにしたので私がリアルタイムをにらむと、
「たまには休みを取ることにするよ」
と、リアルタイムはつぶやいた。
「有給休暇にしてみれば?」
リアルタイムの趣味は放浪することだ。
仕事と趣味が兼ね合っていることはよいことだ、そう言うと、
「ありがとう」
機嫌をよくしたリアルタイムは、自分の休暇に私まで連れていくことにしたようだ。
感謝もたまには迷惑なことがある。