24、英雄伝説
黒い海に盛大に太い水柱が立った。
神が自分の世界に帰還したのだ。
神は沖の海面に浮上すると、辺り一帯青く発光し、空がひび割れたような凄まじい雷を放った。
神は雷光と空を切る爆裂音、大気を揺るがす轟を伴って陸へ向かって来た。
神殿である断崖の台地からそれを見た神官たちは神の怒りの凄まじさに恐れおののいた。
神は自分たちの裏切りを決して許さないだろう。
慣れぬ目には岩だらけの荒野のようにしか見えぬ赤い大地には、その実、この世界の人間たちが慎ましやかに暮らす村や、町があるのだ。
いったいどれほどの人間が、怒りに猛る神の犠牲となるだろう。
これも神を異界に追いやった罰か、
異界の人間たちを自分たちの身代わりの生け贄にした罰か。
海の神の怒りに、神官たちははるか天におわすだろう創造の主神に救いを請うた。
「馬鹿! 余計なことをして!」
思惑の狂った貴代美は神官たちを罵倒した。
「さっさとわたしに次元を越える力を寄越しなさい! また新しい生け贄を用意してあげるわよ!」
神官たちは貴代美を見て考えた。
「な、何よ?」
自分を取り囲む彼らの不穏な様子に貴代美は怯えた。
神官たちは両手を上げ、貴代美に向けた。
貴代美は悟った。彼らは貴代美を生け贄として神に捧げ、少しでも怒りを鎮めようと言うつもりなのだ。
「や、やめなさい、そんなことしても今さら……」
極太の雷がドーンと言う爆発音と共に走り、爆風と、濃厚なオゾンの臭いに神の圧倒的なことを知り、貴代美は激しく恐怖した。
神は神殿には向かわず、浜の漁村へ向かった。残忍な性格の神は裏切り者である神官たちは最後にとっておき、自分たちの愚かな所行の結果を見届けさせ、絶望と後悔の果てに血祭りに上げてやろうと言うのだ。
神官たちはせめてものささやかな抵抗に、貴代美を崖の端へ追いやり、そこから突き落とす構えを見せた。異世界の生け贄を殺した後は、自分たちも身を投げて、神の最後の楽しみを台無しにしてやろうと言うのだ。
人民が神に虐殺される様を見たくないと言うのが一番の理由だったが。
神官たちの手が電気ショックを放とうとした。
「やめ・・」
こんなはずではなかったのに。貴代美の脳裏にようやく後悔が生まれた。
天空に流れ星が光った。と、銀の筋はそのまま長く尾を引き、空を切る音を発しながら地表に落下して来た。
星は神殿めがけて落ちて来た。
ヒュン、と、地表を叩く衝撃の代わりに銀の光を放ち、そこに人影が立った。
この世界の人間ではなく、かの世界の人間だった。
貴代美が驚いた声を上げた。
「国生君!」
天から降り立ったのは大翔だった。
神をこの世界へ返す為にこの世界の人間に変身した大翔だったが、今は元の人間の姿に戻っていた。
ほとんど裸で、唯一腰に獣の黒い毛皮を巻いていた。
神官たちの姑息なパフォーマンスを白けた様子で無視していた神だったが、天からやってきた異界の者には興味を向けた。
「ようやく辿り着いたか」
大翔は一仕事終えたように安堵と満足の笑みをこぼした。
「国生君、あなた、どうしてここへ?」
精悍なたたずまいで、明らかにこれまでとは様子の違う大翔に、貴代美はすがるような媚びを含んで訊いた。
大翔はフンとあざ笑ったが、それは貴代美ばかりでなく自分にも向けたものだった。
「俺は2度死んだが、2度とも死んだ感覚がなかった。魂が消し飛んだかと思ったが、どうやら俺は、その程度では現世での罪を神に許してもらえないらしくてな、地獄を巡ってここに舞い戻って来た」
大翔は不敵な笑いと共に神官たちを見渡して言った。
「おい、おまえたち。約束しろ。俺があの化け物を退治したら、その女を元の世界へ送り返すんだ。退治し損なったら、ま、煮るなり焼くなり好きなようにしな」
貴代美は慌てた。
「なに馬鹿言ってんのよ? あんな化け物と戦って、勝てる気でいるの!?」
「そうだな」
大翔は今にも浜に上陸しようとしている怪物を眺めて言った。
「勝つ気はねえが、ぶっ殺す気は満々だぜ」
腰に巻いていた毛皮がもしゃもしゃとうごめき、脚を覆い、腰から背中を這い上がり、肩を覆い、腕を覆っていった。
額から2本の角が伸びて来て、裂けてつり上がった口からは牙が覗いた。
「その姿は……」
貴代美が驚いたように、その姿は、鬼か、悪魔のようだった。
「実は魔導書の知識のお陰でけっこうチートな地獄巡りをさせてもらってな、終点でサタンに会った。異界の神をぶっ殺す力をくれと頼んだら面白がってこの姿をくれた。奴は必ずぶっ殺す。
貴代美。
おまえにも地獄巡りをしてもらうぜ。ただし、元の世界でな。俺の分までたっぷり事件の責めを受けてくれ」
貴代美は取りあえずこの場の危機から逃れる希望を見いだし、小狡く微笑んだ。
「いいわよ。じゃあ、わたしをここで殺させないでね?」
「ああ。行ってくるぜ」
大翔は背中に大きなコウモリの翼を広げて空に飛び上がった。
海の神は自分に楯突く存在に物珍しそうな視線を上げた。ざあっと水しぶきを上げて浅瀬に立ち上がる。
これが容易く倒せる相手でないのは分かっている、しかし命を惜しむことも無く、大翔は貴代美に宣言したように負ける気はさらさらなかった。
「殺って、殺って、殺りまくってやるぜ」
大翔は鬼神のごとく恐ろしく笑って、戦いを挑んでいった。
終




