表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

22、世界を結ぶもの


「何故『神曲』が魔術の本として選ばれたか、分かる?

 現実の世界から地獄、煉獄、天国と言う異世界へ旅するファンタジーだったからよ。

 高校が狩り場として選ばれたのは、若くて元気があって、それなりに知性の高い生け贄がまとまって確保できるからだけど。

 図書館がゲートとして選ばれたのは、あっちの世界を見て分かったと思うけど、図書館があっちの世界の神殿に相当しているのよ。日本の神社で言えば、拝殿に当たるかな?入り口でパンパンって手を叩いてお祈りする。奥に祭壇があって、その向こうが神様のいる本殿になっている。学習室が鳥居から拝殿までの広場ってところかな。学校の敷地全体が、あっちの世界の崖の上の土地全体に相当して、神様が生け贄を追いかけ回して楽しむ狩り場になるわけね。

 神官たちが図書館を神殿に設定したのはその必要があったの。

 彼らの世界と私たちの世界は別々で、元々なんの結びつきもなかった。

 彼らは生け贄を確保できる別世界を求めていたけれど、そんなのはこっちの知ったことではない。

 彼らは別世界を探索するのに、自分たちの世界に通じる電波、テレパシーのような物を探していた。

 それは案外あっさり見つかったみたい。私たちの世界には別世界、異世界を描いた物語、小説や映画やアニメやゲームなんかが、たくさんあるものね。

 クトゥルフ神話、ネクロノミコンなんていうそのものズバリの物もあるし。

 そうした思念はテレビやネットに溢れていたけれど、範囲が広すぎて、物理的に場所をしぼりづらかったのね。

 そこで図書館。

 今時の映画やアニメに比べるとインパクトに欠けるけれど、何十年と積み重なった読書家たちの思念や、本自体の言霊が限られた範囲に収まっているわ。

 地域の図書館でなく学校、高校の図書館を選んだのは、手頃な生け贄が学校施設の中に集団でいるから。

 かくして我が藤堂高校が栄えある異界の神様の生け贄の場に選ばれたってわけ」

「なるほどな。まったく、はた迷惑な話だ。くそお……、今頃みんな…………。俺は、永遠に許されない罪を犯してしまった…………」

「まだ、間に合うかもしれないよ?」

「え?」

「予定変更があったみたい。本来、神様に満足行くまで狩りを楽しんでもらって、神様が寝所にお帰りになってから異次元を結ぶゲートを閉じるはずだったんだけれど、あなたが神官長を殺しちゃったでしょう? 他の神官たちが協議して、厄介者の神様をこのまま追放することにして、向こうに置いたまま、ゲートを閉じちゃったの」

「なんだって!? あの化け物が俺たちの世界に普通に現れたってことか? そんなことになったら学校以外にもどれだけの犠牲が出るか……。いや、かえって警察や……、自衛隊が出動してやっつけてくれるか……」

「それはどうかしら? あの怪物は見た目よりずっと強力なはずよ。無力な生け贄で遊ぶのと、本気で自分に敵対する者を相手にするのとでは全く様子が異なるはずよ。もし退治できたにしても、それまでにどれだけの被害が出るか、まるっきり怪獣映画の世界よ」

「じゃあどうするんだ!? ……今更俺たちに、何が出来るって言うんだ?」

「本はわたしの味方よ」

 万里はキラキラした子供の顔に戻って笑った。

「神官たちは図書館のイマジネーションの磁気を利用して異次元通路を作った。本に関してはわたしも負けていないわ。だからこうして、トンネルの中にこっそり隠し部屋を作ることが出来た。わたしを殺しちゃったのが彼らには裏目に出たわね。海に落下したあなたを救い出すことが出来たのも中間的な異次元トンネルにいたおかげ。あなたを元の世界に送り届けてあげることが出来るわ」

「だったら早く……」

「慌てないで。ただ向こうに帰って、どうするの? またあっさり返り討ちにあうだけよ?

 二つの世界は本来別々の空間で、流れる時間も別々なの。だから、過去には帰れないけれど、あなたがあっちの世界に最後に関わっていた時間、海に落とされてわたしが救い出した時、より後なら、いつの時間にでも送ってあげられるわ。

 あ…、わたしが関わっちゃったから…、様子を覗き見していたから、ゲートが閉じられてから後の時間になっちゃうわね。

 おそらくゲートが閉じたことに依って、それ自体大きな災害をもたらしていると思うわ。

 でも、それでも、神を彼らの世界に送り返すには、そのタイミングしかないわ。

 彼らの世界と私たちの世界では環境がまるで異なる。私たちの世界の大気は神にはすごく不快なはずよ。ゲートが閉じられ、別世界に放り出されたことを知れば、神は怒り狂い、同時に、自分の世界に帰還する方法を探るはず。もし自分の世界に通じる道を示してやれば、それが再び閉じてしまわない内に大急ぎで自ら穴をこじ開け、帰還を果たすはずよ。

 あなたがするべきことは、神の前に現れ、この異次元トンネルの入り口を開いてみせること。

 それは、向こうの世界に戻ったあなた自身がやらなくてはならないわ。わたしはあなたを送り届けることしか出来ない」

「分かった。でも、俺に出来るかな?異次元のドアを開くなんて。図書館では『開け、地獄の門』で簡単に開いたけど、あれは俺の力じゃないもんな?」

「わたしが教えてあげる。わたし、ネクロノミコン、マスターしちゃったから」

「本物のネクロノミコン?」

「まさか。彼らの魔術書よ。あっちの世界のオリジナルと『神曲』を結ぶラインからこっそりラインを引いてね。実際読んだからって、ちんぷんかんぷんで、ほとんどの魔法はどう使ったらいいのか分からないけれど、次元を越える術はね、大丈夫」

「よし。教えてくれ」

「不測の事態に備えて一応みんな知っておいた方がいいよね? そうするとかなり長いんだけど……」

「いや、それは俺には無理だ。簡易版で頼む」

「えーとね、裏技があるんだけどなあー……」

 万里は頬を染めてニッと笑った。

「国生君の頭に一瞬でダウンロードできちゃうんだけど……」

「あ、『マトリックス』だ。超便利だな。よし、やってくれ」

「そのインターフェイスなんだけど………………」

「え? 何?」

 万里はうつむいてごにょごにょ言って聞き取れない。

「なんだよ、時間……はあるんだろうけどさあ。さっさと…」

「口移し……は、嫌かな?」

 大翔はかあっと赤くなった。

 ずうっとあぐらをかいて話を聞いていたが、机から降りると、万里の隣の席に座った。

「これでムードが出るかな?」

「わたしなんかと、嫌じゃない?」

「俺さあ」

 大翔は窓に目を向け、遠くを見るようにした。少女のメルヘンの世界では、日差しはあくまで穏やかに、景色を緑とオレンジの2色で描いていた。入り口の向こうの学習室はクレパスの書き割りだ。

「すっげえ馬鹿でさ。死んじゃってからおまえのことがすっげえ好きになっちゃった。生きてるうちに好きになればよかったのにな」

「思い出は美しくってことかな? 生きてたら、多分わたしなんか好きになんてならなかったよ」

 万里はかえって安心したように笑った。

 大翔もそうなのかもなと思った。

「教えてくれるか?」

「うん」

 万里が目を閉じて軽くあごを上向かせ、大翔は顔を寄せて、唇を重ねた。

 女の子の熱い思いを唇に感じ、最高のキスだと思った。

 大翔ははっとして、思わず強く息を吸い込んだ。

 万里が魔術をどう使うのか、分かってしまったのだ。

 唇が離れると、大翔の驚きを、万里はいつも通りの困った笑顔で見つめた。

「そういう顔してくれるんだ? ちょっと嬉しいかな」

「何言ってんだよ」

 大翔の方が泣きたくなって、怒って言った。

「俺を元の世界に送ったら、おまえ、消えちゃうのか?」

「仕方ないよ。次元の壁を越えるのはやっぱりたいへんだから。人一人送るには、人一人分のエネルギーがいるんだもん」

「だったらいい。元の世界なんてもうどうでもいい。ここはおまえの理想の天国なんだろう? だったら俺も、ずうっとここに居候させてもらう!」

「駄目だよ。無理なんだ。神官たちはあっちの世界でもゲートを閉じちゃった。残りのエネルギーで今はこの状態を保っていられるけど、じきに崩壊が始まるわ。そうなってしまったら、国生君を送り出すことも出来なくなっちゃう」

「嘘つけ。ここはもうおまえの世界だ。おまえが望めば、ずうっとこのままでいられるはずだ!」

「それは、駄目だよ……」

 万里は悲しそうに、嬉しそうに、笑った。

「学校のみんなを助けなくちゃ。もう何人も死んじゃった。これ以上の犠牲は、出せないわ」

「なんだよ、ひでえじゃねえか。なんでおまえばっかり」

「いいんだ。わたしはもう。えーと、その、もうたっぷり本を読めたから」

 大翔は強く万里を見つめ、彼女も本心を見せて泣きそうになった。じっと見つめ、大翔はおもむろに言った。

「小学校の頃、俺のこと好きだった?」

「国生君、かっこよかったものね。女子はみんな憧れていたよ?」

「おまえはどうなんだ? 俺のこと、好きだった?」

「好きだったよ」

 大翔は万里を力一杯抱きしめた。

「苦しい」

「少し我慢しろ」

 万里もじっと力強い男の腕に抱きしめられる喜びをかみしめた。

 大翔は、俺は永遠にこの感触を忘れないぞ、と強く思った。

「小学生の俺は、かっこよかったか」

「うん。すごくかっこよかったよ」

「そうか」

 大翔は力を緩め、万里を放した。

「希未子。もう一回、いいか」

「うん。……大翔君」

 二人はもう一度、そうしたいという純粋な気持ちで唇を重ねた。

「じゃあ、送ってくれ。……もう、いいんだな?」

「いいよ。なんかわたし、死んで、よかったかな」

「ばーか」

 図書館が、形を崩し、光の粒になっていった。万里も。

 光の粒が、更に細かく、滑らかな光そのものとなって混じり合い、万里もその中に消えていった。万里の光は、涙の色をしていた。けれどそれは、とても温かな色をしていた。

 万里と、万里の意思が作り出していた世界は、一つにまとまり、何もない真っ黒な世界に、銀色のオーロラの揺らめく、楕円になった。

 大翔は万里の魂を通り、次元の通路を飛んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ