15、計画進行
月曜。
昼食タイムの放送部の番組に案内を頼むと、さっそくその昼休みから問い合わせをしてくる生徒が数人あった。若者の読書離れが言われて久しいが、出版界で盛況なのは若者向けのラノベ関係ばかりのような有様だ。結局のところ出版界も経営の存続を若者たちに頼っているようなものかもしれない。かえって若者たちの方が本を読んでいるのだ。
問い合わせに訪れた生徒の中には、
「これ、もういいんだけど?」
と、学校に持ってきて読んでいた本を、読み立てほやほやで、さっそく寄付してくれようという男子生徒もいた。
「ありがとうございます。よかったらお勧めポイントを書いていただけませんか?」
今週1週間、大翔は図書館当番だ。カウンターで返却の受付をしながら、本の寄付を募る運動のリーダーは言い出しっぺの大翔が任され、問い合わせに答えている。
「えー、お薦めポイントねえ」
別のクラスで話したことのない2年男子が、大翔からクリーム色のメモ紙とカラーペンを受け取り、照れくさそうな笑みを浮かべて机に向かって考え始めた。さすがに初日から寄付者が現れるとは予想しておらず、帰りに100円ショップでも寄ってメモ用にちょうどいいシールでもないか探してみるかと思った。メモはカバーを本体に貼り付けるのに利用しようと思っている。ラノベと言えばノベルスか文庫で、カバーのイラストが命と言うところがある。ちなみに寄付第1号の文庫は童顔で巨乳の女の子のアニメ風イラストの表紙だ。寄付を募るのはラノベに限らないが、父親が趣味で買った文学全集なんて持ってきてもらっても困る。目的は多くの生徒に手に取って、読んでもらうことなのだから。
そう、出来るだけ多くの生徒たちに。
お薦めメモを書いてもらうと、カバーの裏のそで(折り返し)の端と本体の重なる上に糊で貼り、その上からセロテープで上から下まで貼り付けた。シールを買ってくれば先にセロテープを貼って、その上からメモを貼り付けることが出来て、よりきれいな仕上がりに出来るだろう。
貸し出しには管理用のバーコードも作って貼らなければならない。それはある程度寄付がたまって、整理してからということで、今週来週いっぱいくらいまで貸し出しは行わず、図書館内だけで読んでもらうことにする。図書館の外に持ち出して吸血が可能か不明なので好都合だ。取りあえず今は閲覧机の周りの背の低い本棚の上に平置きするが、枝文司書がいい顔をしないので、臨時の本箱用にどこかから段ボールでももらってこようと思う。
カバーを本体に止めてしまうのは絶対必要だ。表向きは紛失を防ぐ為だが、本当の理由は、マークを隠す為だ。
大翔が右人差し指を本に押し付けると、赤いマークが出来てしまうのだ。スタンプのインクは大翔の血液というわけだ。幸い指紋まではつかずただの楕円になるが、どの本にもみんなこれがあったらさすがに不審に思われるだろう。裏表紙の見返しにマークをつけたら、カバーで隠して、テープでとめてしまうのだ。
このマークは黒い本と同じように自分にだけ見えているものだろうかと思い、試しに図書館の本にマークを押し、学習室へ持ち出してみた。赤いマークはそのまま見えて、やはりこれは普通の人間にも見えるらしい。
カウンター内に座って様子を見ていると、パッと目につくカラフルなイラストに、1年生の女子2人が物珍しそうに寄っていった。寄付した2年男子はまだ図書館にいて一緒に来た友人と雑談していたが、下級生の女の子が手に取ったのを見て嬉し恥ずかしの照れ笑いに顔を赤くした。
手にした女の子が一瞬ぼうっとした顔になった。すぐに元に戻って友人とおしゃべりし、本を借り受けるとその友人も同じくぼうっとし、はっと気付いて目をパチパチさせると、軽い貧血程度に考えてか、二人とも何事もなかったようにキャッキャとラノベ談義を始めた。
大翔はゾクリと快感を覚えた。
黒い本がマークを押したラノベを通じて女子たちの血を吸ったのをはっきり感じた。
ラノベもじっくり読まれれば、もっともっと血を吸うだろう。
生徒たちの反応は上々だ。放送の案内だけで興味を示し、多くの生徒が様子を見に訪れ、まるで以前のおしゃべりクラブの再来だ。
本が集まれば、それは明日からじゃんじゃん集まりそうで、黒い本はどんどん血を吸うだろう。
黒い本が目的を達成するまでそう時間はかからないだろうと、大翔は予感した。
思惑通り多くの生徒が寄付してくれた。どうやらラノベというのはマンガのようにスラスラ読めてしまって、巻数の多いシリーズ物が多く、いったん読み出すと中毒性があって次々続きや新しい物が読みたくなってしまうものらしい。10冊以上まとめて持ってくる者もいて、火曜だけで30冊近く集まった。
図書館を利用する生徒も増えた。女子が多いが、意外に思ったのがこの学校には少ないだろうと思われたオタク系男子がけっこういたことだ。伝統的に質実剛健のイメージの強い藤堂高校において、彼らも落ちこぼれだった大翔同様肩身の狭い思いをしていたのではないだろうか? 女子たちに冷たい目を向けられながらも仲間同士楽しそうにオタクな話題で盛り上がっている。微笑ましいと言えば微笑ましく、キモイと言えばキモイが、同類の女子たちが話しかけて、合コンの様相も見せている。
まあ好きにやってくれと大翔は内心せせら笑ったが、大翔自身も女の子たちから親しく話しかけられてまいった。この運動のリーダーが大翔だというのが知れ渡って、そういう趣味の仲間だと思われてか、それとも、それを口実に大翔と話したいらしい。
リーダーシップがあって自信に溢れ、余裕があって優しい。女子たちの目に今の大翔はかなり魅力的な男子に映るようだ。まあ、それも図書館を訪れる女子限定だが。
大翔はカバーを本体に貼り付ける直前にこっそり指先に力を込めて「スタンプ」を押す。文房具店で幅広の頑丈なセロハンテープと、メモ用のパステル調のシールを買い込んできた。面倒なので領収書はもらわず自腹で、寄付だ。大翔は他の委員からさぞかしこの運動に熱心に思われているだろうが、その通り、すごく熱心なのだ。
仕上がったばかりの本をシンパの女子たちが喜んで受け取って、空いている席を見つけて読み出す。
大翔はドクドクと流れ込んでくる若く暖かい血に目を細めて身震いした。思わず口元が緩んでよだれが垂れそうだ。
書架で黒い本が赤い光を放っているのが目に浮かぶ。
奴も鼓動している。
この世で心臓を得て、こっちの世界に転生してこようとしているみたいだ。
大翔はそいつを操って世界を支配することだって出来そうな気がした。
木曜放課後のことだった。
大翔は三たび幻を見た。
黒い影たちが現れたのだ。
寄付がいったん落ち着いて、100冊近くにもなったラノベは段ボールの本箱に入れられ、愛好者たちがおのおの好きな本を選んで席に着き、読みふけっていた。
おしゃべりは少なく、落ち着いた、実に図書館らしい雰囲気だった。
ドクドクと、ラノベたちは読者の血を吸い、せっせと黒い本に送り、それを大翔も感じて快感を得ていた。
閲覧机は椅子を増やして、40人近くが読書していた。
皆本に集中するあまりか一様にぼうっとした表情をして、重いまぶたをしながらページをめくっていた。
空気が徐々に赤くなってきた。図書館内部が半分実体を失った影のようになって、重なり合った世界から、奴らが入ってきた。戸を開けることはしなかったが、入り口から列になって、6つの黒いフードの連中が入ってきて、読書に耽っている生徒たち一人一人を調べていった。
後ろに立ち、マントの中から3本指の両手を出し、両側から広げた指で頭を包み込むように押さえる。頭を押さえられた者は更にうつろな顔になり、両目がグリグリ別々に回転した。調査が済んで手を離されると、ふうっと、うっかり居眠りしそうになったのから覚醒したように目をしばたたかせ、また読書に没頭した。
黒い奴らが何をしているのか、大翔にも分からなかった。何か目的があってというより、ただ単に物珍しい動物を調べているだけのようにも思える。奴らと自分たちとは互いに全く別の世界の異物同士なのだから。
連中はカウンターの大翔のところにはやってこずに、奥に向かい、黒い本の状態を調べているようだった。どうだ? なかなか満足しただろう?、と大翔はテレパシーを飛ばしてやった。しかし連中はそれに答えず、こちらに戻ってこずに、赤い空気が徐々に薄れ、そのまま元の図書館に戻った。
元の図書館に戻っても机の生徒たちは変わらず本を読み続けている。大変結構なことだ。ラノベは血を吸い続けている。黒い本は順調に成長している。
下校時刻のアナウンスがあり、図書館を閉めると、大翔は貴代美と一緒に玄関に向かった。
「もう、国生君のせいで人が増えて、それも気持ち悪いオタク連中ばっかり、ウザイったらないわ」
つんけんして文句を言う貴代美を、大翔は面白そうに眺めた。
「なんだよ、文句言う為にいっしょに来たのか? だったら図書館なんか来なければいいじゃないか? どうせ図書館の本読んでるわけじゃないんだしさ」
ふん、と貴代美は高い鼻をますます高く反らした。
「何よ、わたしが目障りだとでも言うの?」
「まさか。掃き溜めに鶴、もしくは、月とスッポン、泥に蓮、ア・ジュエル・イン・ア・ダングヒル、えーと、他に褒め言葉ってなんかあったかな?」
「あーら、いつの間にそんな勉強家になったの? もっと普通の言い方したら?」
「君が最高の美人だってことさ」
貴代美は丸い目で大翔を見て、慌てて顔を逸らした。白い頬が夕日のように赤く染まって、高慢ちきなお嬢様がかわいいったらない。
「国生君がこんなキザだったなんて驚きだわ」
「おまえが言わせてるんだよ。こうして二人で並んで歩いているなんて、まるで雲の上を歩いてるみたいに実感がないよ」
「大げさねえ」
貴代美はクスッと笑った。大翔はもう一押ししてみようかと思ったが、明日、金曜の帰りに取っておこうと思った。土曜は休みだから、上手くやればデートに持ち込めるかもしれない。
「じゃあ、わたしはここで」
靴を履き替えると貴代美が先に歩き出した。
「なんだ、やっぱりテニスコートに寄って行くのか?」
嫉妬まじりに訊くと、
「まさか」
と貴代美は嫌な顔をした。
「もうテニス部とも、大畑君とも関係ないわよ。ちょっとね、今日は都合が悪いの」
「都合って?」
「馬鹿ねえ。女の子の都合なんて詮索するもんじゃないわよ」
貴代美は恥ずかしさを誤摩化すように怒った顔をして、大翔にはよく分からなかったが、まあ、女の都合というものなのだろうと納得した。
「じゃあ、明日の都合は?」
「明日なら……、別に、いいわよ……」
貴代美はますます恥ずかしそうに鞄の取っ手に重ねた両手をもじもじさせて、
「じゃあね! また明日!」
と怒ったみたいに言うと、早足で玄関を出て行った。
「マジ、かわいいじゃねえか」
大翔は口の片端で笑った。
自分は自転車置き場に向かい、自転車を引き出した。
広いところへ引いて行き、またがって走り去るその後ろ姿を、グラウンド側の通路から見ている女子がいた。
坂本珠緒だった。ジャージを着て、彼女は陸上部に入ったのだった。
練習を抜け出してわざわざ大翔の帰りを見送った彼女が何を思っているのか、その表情はひどく深刻だった。
珠桜ははっとすると、慌ててグラウンドに駆け戻って行った。
彼女を驚かせたのは、梅貝だった。
じっと大翔を見送っていた珠桜に気付いて自転車の列の陰からじっと彼女の様子を伺っていた彼もまた、何やらドロドロした思いを胸に抱えて黒い表情をしていた。




