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10、神話


 まともに全部読むのは不可能と判断し、まずはネット辞典で「神曲」の概要を調べた。



 「神曲」はイタリアの詩人、政治家のダンテ・アリギエーリによって1304年から1321年にかけて書かれた。

 「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の3部よりなる。


 ダンテ自身が主人公となり、人生に悩む中、暗い森に迷い込み、いつの間にか異世界にさまよい出る。

 そこで尊敬する古代ローマの偉大な詩人ウェルギリウスに助けられ、彼の案内で地獄と煉獄を遍歴する。(大翔は、ああこれか、と、郷古貴代美が「ウェルギリウスってあるじゃない」と大翔が読んでいるのが「神曲」であることを言い当てたのを思い出した。この知識がどの程度高校生たちの間で共有されているのか、貴代美のインテリぶりを苦々しく思った。)


 地獄とは

 現世で重罪を犯した魂が、決して許されることなく苦しみ続ける世界で、


 煉獄とは

 現世で重い罪を犯してしまったが、救われる余地があり、天国に行く為に煉獄山を登ることで罪をあがなう世界で、


 天国とは

 神の御下の永遠の平穏の世界である。(天国にも階層がある)


 大畑が「西洋版の地獄極楽巡りの話だっけ?」と言ったように、ダンテが地獄を下り、煉獄山を登り、天国を上り、ついに神に出会う、という物語だ。

 地獄では罪人が炎や氷に苦しめられ、悪鬼に依って腹を割かれ、内蔵を露出させ、首をねじ曲げられ、と、本当に日本の地獄とそっくりな様相だ。地獄の入り口では閻魔大王に相当する死者をどの地獄に送るか審判する冥府の裁判官ミーノスなる物が登場する。

 日本における地獄という思想はいつ頃成立した物なのだろう? 1300年代はじめというと鎌倉時代の終わり頃、1274年1281年と2度の蒙古襲来を経て、幕府の力が衰え、次第に各地で豪族の乱が増え、世が乱れていった頃か。1331年後醍醐天皇が挙兵し、室町時代、南北朝時代が平行することになる。


 ダンテの3つの世界の旅を案内するのは、前半が父とも尊敬する古代の詩人ウェルギリウス。彼は到達した天国の入り口である煉獄山の頂上で姿を消し、代わりに天国の案内人として登場するのが永遠の淑女であるベアトリーチェだ。ベアトリーチェはダンテが幼少の頃心引かれた少女の名前で、彼女は24歳の若さで亡くなり、それを知ったダンテは嘆き悲しみ、彼女のことをうたった詩文「新生」をまとめたそうだ。


 「神曲」は西洋文学の歴史において多くの文化人から賞賛される特別な地位にある傑作である。

 全編を三行韻詩の形式で書かれ、3部をそれぞれ34歌、33歌、33歌、計100歌で構成し、聖なる数字「3」と完全体である「10」を強調した構成になっている。


 「3」が聖なる数字というのは「三位一体」のことで、ダンテは熱心なキリスト教信者であり、「神曲」には神=キリストを讃える思想が濃厚に現れている。

 例えば前半の案内人ウェルギリウスが天国の入り口で突如姿を消すが、その理由は彼がキリスト誕生以前の人間であり、キリストの贖罪の恩恵を得られていないからだ。いかなる崇高な賢人であってもイエス・キリスト誕生前の人間は天国に入ることを許されないのだ。

 「地獄篇」では救われない魂が責めさいなまれるまさに地獄の様相が描かれるが、「煉獄篇」「天国篇」と、次第に神学論の問答の色合いが濃くなっていき、最後は「神の愛」の偉大さに感動して終わる。


 「神曲」が文学的な評価とは別に広く一般的に成功したのは、当時文学と言えば教養の高い上流階級の人々に向けた物であったところ、(高尚なラテン語ではなく)誰もが読めるトスカーナ語、いわば口語で書かれたことに依る。

 更に作中には実在の人物たちが地獄、煉獄、天国に住まう者として登場し、親しみのあるリアリティーを構築している。

 また、地獄は地球内部にあり、深く深く漏斗状に階層を下っていくと地球の反対側(エルサレムの正反対)の煉獄山に至る、そして当時の常識である天動説ながら天国の各界が地球を取り巻く天体として描かれ、地球の中心を通って宇宙に至る、SF冒険物の要素もある。


 ちなみに「デビルマン」などの作品でおなじみの漫画家永井豪は幼少の頃絵物語の「神曲」を見て衝撃を受け、大いに影響されたという。(永井豪は「神曲」3篇を漫画化している)



 大翔はここまで知識を収集してお腹いっぱいになってしまった。

 なるほど、古典文学としてはかなり過激で劇的でビジュアル的で面白そうだ。

 しかし借りた文庫本を読み始めてみると、詩的な表現故か、具体的な例えが当時の教養を反映している故か、文章は読めるとして、内容的には何を言ってるのかさっぱり分からない。

 これでは目には見えても文字として書き写すことの出来ない赤い文字といっしょだ。

 更に改めて思い返して青くなったのが、この文庫本はここ数年の新訳の口語版で、しかし図書館の全集版の「神曲」は、何十年も前に出版された本で、当然この読みやすい新訳ではなく、昔の文語調の訳文だろう。内容が理解できない以前にまったく読めないかもしれない。

 とてつもなく恥ずかしくなってしまった。


 時間はまだまだある。

 気分転換に


「ネクロノミコン」


 すなわち


「クトゥルー神話」


 について調べることにした。こっちの方が面白いだろう。




 クトゥルフ神話


 アメリカの作家H・P・ラヴクラフト(1890~1937)によって書かれた一連のコズミック・ホラー(宇宙的恐怖)小説を素に、仲間の作家グループや後継の作家たちに依って展開された一大暗黒神話群。


 主人公がたまたま触れてしまった謎の断片に興味を持ち、その正体を見極めようと探索を続けていくうち、太古にこの世界を支配していた強大な異形の魔の存在を引き寄せてしまい、それを目の当たりにしたとき、悲惨な死を遂げる。(その経過を記した手記として作品が書かれている)

 というのが大方のパターン。


 ラヴクラフトは一連の中短編をパルプ・マガジン(安手の娯楽雑誌)に発表するにあたり、同じ雑誌のSF、ファンタジーの作家たちと連携して同じキャラクター(邪神)や地名、小道具を用い、同じ世界観を共有した。

 世界観の共有はラヴクラフトの熱心なファン、オーガスト・ダーレスによって推進され、邪神や彼らに依る世界の支配の歴史等の設定がより具体的に体系化されていき、後継の多くの作家たちが同じ設定で作品を書き続けることに依ってクトゥルフ神話はもはや一つのジャンルとして大きな展開をしつつ現代に至る。


 「クトゥルフ神話」という名称は、ラヴクラフトの作品「クトゥルフの呼び声」に由来し、「クトゥルフ(Cthulhu)」は邪神の名前で、「人間には発音不可能」な音を可能な限り再現した、と設定されている。クトゥルー、とも、クルウルウ、とも呼ばれる。


 邪神クトゥルフはコウモリの翼を持った蛸の化け物のような姿をしており、ラヴクラフトは海産物が大嫌いだった。

 ラヴクラフトという人は好き嫌いが激しく、先鋭的な物事に影響されやすい、現代のサブカル青年のような人物のようだ。

 今でこそ恐怖小説の一つのジャンルを創設した始祖として評価されるラヴクラフトだが、生前は大きな評価を得ることはなく、わずか1冊の単行本「インスマウスの影」が出版されただけで、46歳で亡くなっている。


 後継者たちによって具体的な体系化が行われ、SF、ファンタジー的な要素が加味され、善対悪の戦いといった二元論に収束していった嫌いがあるが、ラヴクラフト自身が書いたコズミック・ホラーは、人間の理解を超えた圧倒的な物に対峙した時の絶望的な恐怖感を描いた物で、幽霊や吸血鬼、狼男といった物に含まれる人間的情念をいっさい排した無機質な恐怖を目指した物であった。




 なんだかガイドラインを調べるだけで現物を読むのが面倒になってきたが、気になるのが、邪神の名前が

「人間には発音不可能」

 という点だ。

 目には見えても表記できない文字と共通していないだろうか?

 そしてクトゥルフ神話のお約束として、ちょっとした謎を発見して興味を持った主人公が、その謎にのめり込んでいった末に、魔物を呼び出してしまい、破滅する、というパターンだ。

 今現在自分がたどっている道筋そのものではないだろうか?


 しかしクトゥルフ神話はあくまでラヴクラフトとその一派が作り出したフィクションのはずだ。

 そのはずなのだが。


 では、より直接的な手がかり、

 音玄能身久遠 こと


 ネクロノミコン


 について調べてみる。



 ネクロノミコン(Necronomicon)は、怪奇作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの一連の作品に登場する架空の書物である。


 730年ダマスカスにおいてアラブ人の狂える詩人アブドル・アルハズラットに依って書かれた「アル・アジフ」が原典とされる。

 アブドル・アルハズラットはその執筆後、白昼の路上で目に見えない怪物に生きたままむさぼり食われたという。

 950年コンスタンティノーブルの学者に依ってギリシャ語に翻訳されるにあたって(Nekros 死体)(nomos 掟)(eikon 表象)を合成して「ネクロノミコン」とタイトルを付けられる。

 その後数度に渡ってキリスト教主に依って禁書処分にされるも、密かに発行が繰り返され、ラテン語、英語、スペイン語にも翻訳される。

 現在、ハーバード大学、パリ国立図書館などに所蔵が確認されているが、完全な物は世界に5部しか存在しないという。


 すると音玄能身久遠はネクロノミコンがいつの頃か中国に渡って翻訳された物か?



 その内容は複雑多岐にわたる魔道の奥義が記されているとされ、それ故か魔道書そのものに邪悪な生命が宿ることもあるという。(wiki)



 ネクロノミコンはクトゥルフ神話群において共通のアイテムとして多くの作家たちに作中に用いられ、今やいわゆる魔導書の代名詞として一般名詞化している感さえある。

 そもそも魔導書とは何か?

 ネットで「魔導書」を検索すると「グリモワール」という言葉が出てくる。フランス語で魔術の書を意味し、特にヨーロッパで流布した魔術書をさし、「ソロモンの鍵」「ソロモンの小さな鍵」「大奥義書」などが有名、とある。魔術の内容は霊的存在の力を利用する「神霊魔術」(demonic magic)や降霊術」(necromancy)などで、儀式、呪文、護符、呪具の作成法、儀式魔術に関連する鬼神学などが書かれている、そうだ。

 ネクロノミコンもそうした内容なのだろうか?

 本家ラヴクラフトの長編「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」では魔導士が現代に甦り、禁断の秘儀に依って歴代の偉人、賢者を甦らせ、彼らの知恵で世界を征服する野望を企てる。

 この話では魔導書ネクロノミコン(「イスラムの琴」の偽題で魔導士が所持)が事件を引き起こすが、正義の人間を手助けする時空を超えた存在(外宇宙の神)が登場する。

 古代の神々の世界は複雑なのだ。



 全ては創作の世界の話だ。

 しかし、ネクロノミコンなる書は現実に実在する。

 1946年にニューヨークの古書店が目録にラテン語版のネクロノミコンを載せたのは完全なジョークだが、1973年には原典であるアル・アジフが(贋作と断った上で)出版され、これはでたらめなアラビア風文字を羅列した単なるコレクターズアイテムだったが、1978年、16世紀イギリスの錬金術師ジョン・ディーが英訳した物を現代語訳した本格的なネクロノミコンが出版された。ネクロノミコンを翻訳したというのはフィクションだがジョン・ディーは実在の人物で、出版されたこの書にはジョン・ディーの遺した実在の暗号文のコンピューター解析という物が付され、その内容はなんと400年後にラヴクラフトに書かれたクトゥルフ神話とそっくりの内容である、という凝りようだ。

 画像検索してみると、いかにもという表面がはげてぼろぼろになった物や、怪物のような顔が浮き上がった赤い物や、どくろの紋章?が打たれ鍵のついた物や、頑丈な革ベルトで閉じられた物など、凝った「ネクロノミコンの本物」が出てくる。


 全て熱心なファンたちの手になる作り物、のはずだ。


 しかし、ジョン・ディーの暗号文の解析のように、創作物であるはずのクトゥルフ神話が、実は本当に実在する世界で、作者であるラヴクラフトはテレパシーに依ってその暗黒の神々の歴史を知り、小説として発表したのだ、という説がある。

 これまた凝りに凝った、いかにも、らしい、設定の話だが、まさかなと薄ら寒くなる思いがしないでもない。

 それも創始者の没後70年を経ても広がり続ける暗黒神話の圧倒的な存在感故だろう。


 ネクロノミコンがフィクションであるとしても、またジョン・ディーの話に戻るが、彼はかのエリザベス1世の寵愛を受けた本物の錬金術師であり、彼が天使との霊感交流に依って得たエノク語は後世解析されて、それによって得られた天使の知恵は「エノクの魔術」として広まった。

 他にも、それが本物の魔術であるかどうかはともかく、魔導書=グリモワールという物は確かに実在するようだ。

 まして、音玄能身久遠は、血を吸って文字を浮き上がらせるという現象に依って、本物の魔力を秘めた書であることは確実なのだ。


 大翔は改めてとんでもない物に関わってしまったと思った。

 しかしそれは後悔ではなく、この先にどんなことが待ち受けているのか、わくわく心が浮き立つのだった。

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