第六十一話
Side:詠
「時間がおしい。くだらない腹の探り合いはなしにしよう。単刀直入に聞く。賈詡、お前は勝てると本気で思っているのか?」
予想外の質問で息をのむ。
それらしいことを聞いてくるとは思っていたけど、ここまではっきりと聞いてくるなんて。
曹進の眼は鋭く、苦し紛れの嘘は通用しないだろう。
「戦況は極めて不利ね。でも明日の決戦で圧倒的な勝利を得ることができれば、一気に勝機は見えるはずよ」
嘘でもはったりでもない。
袁紹の首か有力な君主の首を取れれば連合軍は崩れる。
あいつ等にはそれほど堅い団結力などない。
数が増えれば増えるほど弱者が出てくる。
少しでも不利になればそいつ等は必ず揺らぐ。
そこを一気に叩けば連合軍は存続できなくなるはずだ。
曹進は表情こそ変えてはいないが、眼が‘その程度か’と言っているように感じられた。
分かっているわよ。
これはあくまでこちらが団結出来ていることが前提だ。
十常侍と言う巨大な不安要素を抱えている私達には、その前提が不可能なのだ。
例え曹進達が手を出さなくても他の連中が出す可能性は極めて高い。
「十常侍がいる限り私達の勝機は微々たるものね」
「流石に分かっているか」
「当り前でしょ。でもね、だからって諦めないわよ。このまま月をむざむざ殺させてたまるものですか!少しでも可能性があるのなら足掻き続けてやるわよ!」
「くくくっ。良いな。そういう考え方は大好きだ。この世に絶対なんて存在しない。例え百回やって九十九回惨敗するとしても、最初の一回で勝てばいいんだ」
曹進は本当に機嫌が良いらしく、心底楽しそうに言う。
「賈詡。俺はますますお前が気に入った。是が非でも欲しくなったぞ」
……はっ?
何を急に言い出すのよ、こいつは!?
「そんなお前に提案だ。俺の策に乗れば董卓の命は保証しよう」
「はあ!?月を見逃すっていうの?そんなこと出来るわけがないでしょ!連合軍の目的は月の首なのよ!」
「違うな。連合軍が惜しいのは董卓を討ったという実績だ。そこの少女の首ではない」
何を言っているのよ、こいつは。董卓を討つってことは詠を討つことじゃない。
「落ちつけよ賈詡。冷静に考えればお前には簡単な問題だ。‘そこの’董卓は表舞台には全くと言っていいほど出ていない。殆どの命令は十常侍が‘董卓’の名を使い発していた」
「……つまり、外の連中は‘本当の’董卓の顔どころか一切の情報がないって訳ね」
「御明察。適当な奴を董卓に仕立て上げれば良い」
「確かに不可能じゃないわね。でも月のことを知っている人間がいない訳じゃないわよ。ここにいる皆は信用できるけど他の連中はまずわよ」
「分かっている。十常侍の連中は勿論皆殺しにする」
誰がやるとははっきり言わないが恐らくこいつ等がやるのだろう。
一瞬、背筋が凍りつくほどの殺気をだしていた。
「でも他の奴はどうするのよ?知っている奴全員なんて分からないわよ」
「おいおい、知っている奴を本気で皆殺しにする気だったのかよ。目的の為には手段を選ばない奴だな。さらに高評価だ」
五月蠅いわね。こっちには選べる手段がないのよ。
「その心配は無用だ。偽董卓は袁紹に討たす。袁紹は現段階では抜きんでている。奴の功績を非難できる奴などいない。下手に刺激して、目を付けられればお終いだからな」
「確かにその通りね。でもいいの?董卓討伐なんて名誉を袁紹が手に入れたら更に勢力が増してしまうわよ?そもそもなんであんたが月のためにそこまでするのよ?」
「後で揉めるのもめんどくさいので最初に言っておくが、俺は董卓のことなどどうでもいい。俺が欲しいのは賈詡、お前だ」
「……はい?ボク?」
「そうだ。お前が手に入るのであれば、先程お前が言ったことなどたいしたことはない」
またしてもとんでもないこと言いだしたわね。
でもまあ、そこまで評価されていると思うと悪くはないわね。
むしろ何かとんでもないことさせられそうで怖い気もするわ。
「そこまで私のことを買ってくれるのは嬉しいけど、つまり月は私を縛る為の人質ってこと?」
「まさか。そんなことでお前を縛ったら役に立たないだろうが。心配しなくても董卓には贅沢な暮しはさせられんが人並みの生活は保証する。何もしないのが心苦しいのだったら、お前専属の侍女にでもすると良い」
正直悪くない話だ。言葉を全面的に信用するのも危険かもしれない。
だがわざわざ危険をおかしてまで嘘をつくとも思えない。
ここはこいつに頼るしかないか。
月の方をみるとボクに任せると言っている。
「良いわ。ボクと月はあなたの策に乗ってあげる」