酷い話
ある男に、父を殺され、母を殺された。大好きだったお兄ちゃんも殺された。私が10歳の時だ。
その仇を討つ為に、私は剣の修業を積んだ。それまで剣など握った事もなかったが、朝から晩まで剣を振り続けた。
小さくて可愛い手。兄からそう言われた手で、血豆が出来ても剣を離さず、それでも剣を振り続けた。皮膚は分厚くなり、うまく拳を握る事すら出来なくなった。でも、構わない、剣を握るには不便はなかったから。
漆黒の美しい長い髪。母からそう言われた腰まであった髪は、邪魔だから切った。ろくに手入れもせず、縮れ波打った。でも、構わない、剣を握るには不便はなかったから。
美しい顔立ち。父からそう言われた瞳は暗い影を落とし、顎は力いっぱい剣を振る時に食いしばっていたので、四角く逞しくなった。白い肌は日に焼けて、黒くざらついた。でも、構わない剣を握るには、不便はなかったから。
20歳になった時、村で私にかなう男は居なくなっていた。そして私は村を出た。
村を出たのは、村で一番強くなったからでも、成人と呼ばれる年齢になったからでもなかった。10歳の時に家族を殺された。その年齢と同じだけの期間、剣の修業を積んだ。だから仇を討ちに出たのだ。
仇を探すのには骨を折った。何せ10歳の時の記憶だ。方々で聞き込みを続けたが、まるで蜘蛛の糸を手繰るかの様な作業。
慎重に糸を手繰っても、いとも簡単にぷつりと切れた。
それでも、あきらめずに糸を手繰り続けた。そしてついにその仇を見つけたのだ。私は25歳になっていた。男はもう知っていた。仇を探す途中、そいつの行方を知りたかったら、体を差し出せという奴が居たのだ。
その言葉に私はびっくりした。そう言えば自分は女だったんだ。自分でも忘れていたのだ。そして、こんな小汚い女を抱きたいだなんて、物好きな奴だと思った。
だけど、その男は殺した。代償に体を求めたからではない。仇の行方を知っていると言うのが嘘だったからだ。だがこの男には少し感謝した。自分の様な者の体でも、交渉の材料になると教えてくれたからだ。
そして私は、金や体を差し出して情報を集め、遂に仇の元まで辿り着いたのだった。
小さな村の外れに、その孤児院はあった。
親を失った子供、親から捨てられた子供が沢山引き取られていた。
孤児院は一人の男が支えていた。朝から晩まで働き、子供達の食い扶ちを稼いでいる。だがそれは、ただの仮面。その善人面した裏ではどす黒い物が詰まっているのだ。
その男こそが、私の仇なのだから。
今でこそ無害そうにしているが、中々の手だれのはずだ。私でも勝てるか分からない。それに他の人間がいるところでは、さすがに襲撃出来ない。私は男の生活を観察し、隙を待った。
だが、男はいつ寝ているのかと思えるほど、ずっと働き、孤児院に戻ると子供達と遊んだ。常に誰かと一緒にいるのだ。
そうしている間に、男の噂を聞いた。
昔は悪人だったが、改心して善人になり、今までの罪滅ぼしに子供達を養っているのだという。村の人々や子供達は、男が悪人だった事を知っていて、慕っているのだという。
私は以前にもまして、男を観察した。そして、確かに私から見ても、男が本心から改心し、善人になっているとしか思えなかった。
ある日、孤児院で男が子供達と遊んでいた。
私は男に近づく。男は私の顔を見て、悲しそうな顔をした。どうやら私の事を覚えていた様だ。
お父さんとお母さん、お兄ちゃんを返して! そういえば、そう言ってこの男に殴りかかった気がする。男はその時の事を覚えていたみたいだ。
もしかすると、それで子供達を引き取っているのだろうか? 自分の所為で家族を失った、私への贖罪の積りで。
剣を抜き放つと、男を真っ二つに切った。手だれのはずの男は避け様ともせず、その剣を受けたのだ。男は避けないだろうと思っていた。なにせこいつは善人なのだ。
お父さんを返せ! 子供達は口々にそう言って、私に飛びかかってきた。そのすべてを殴り倒して、高笑いした。
さあ、大きくなったら、仇を討ちに来なさい。私は、悪人のままで待っていてあげる。善人になっているなんて、そんなひどい事はしないから。