管理室にて
「主任……またですね」
そう話しかけた部下の女性に、禿頭の大男がモニタを見つめたまま答えた。
「またって、何がだね」
「また、ヤマモトケンジくんじゃないですか。被害者」
「誰だそれは」
「覚えてないならいいですけど……。それより、原因はなんだったんですか?」
「位置情報と言語情報の変数を取り違えるエラーだ。バグか……作為的なものかは調査中だが」
「位置情報と? どういうことですか」
「被害者の二人だがな、互いの言葉がな、文字がずれて聞こえるんだよ」
「文字がずれて……?」
「ああ、例えば、そのケンジくんか、彼が話す「あ」は、もう片方の……」
「エミちゃんです」
「エミちゃんには、「い」に聞こえる。「い」は「う」に聞こえる……。「お」は「か」に、「ん」は一回りして「あ」に聞こえる」
「互いの五十音がシフトして認識されるということですか。あいうえおの次はかきくけこ、さしすせそ……。」
「そうだ。濁点と半濁点は別扱いで、がぎぐげごの次はざじずぜぞ、だぢづでど、と来て、ばびぶべぼ、ぱぴぷぺぽ、で一周する。拗音も、小さいやゆよの後に小さいつだ。この四文字で一回りになる」
「そうすると、ほぼ自然な言語には聞こえませんね」
「だな。……互いの書いた文字も同様に間違って読まれてしまうからな」
「なるほど。ところで、位置情報と取り違えるってどういう意味ですか?」
「ああ、つまりな、この文字のずれ方が、二人の距離に比例するんだよ」
「距離に……? 物理的な距離ですか?」
「ああそうだ。大体5メートルくらいで一文字ずれる計算だ。5メートルまでは一文字、10メートルまでは二文字、15メートルまでは三文字シフトする、ということだ」
「三文字ずれるってのは、例えばケンジくんの「あ」がエミちゃんには「え」に聞こえるってことですか?」
「そうだ。逆にエミちゃんの「あ」は三文字戻って、「ん」、「を」の前で、「わ」に聞こえる」
「ああ、それでか……」
「なんだ? 何が、それでなんだ?」
「いえ、ケンジくん、どうもこのカラクリに気付いたみたいなんですよ」
主任と呼ばれる男は血相を変えた。
「なっ。だ、誰が教えたんだ」
「いや、誰も。自力で気付いたんです、彼。エミちゃんがですね、彼の名前を繰り返し呼んでいました。その間、ケンジくんはだんだんエミちゃんからの距離を伸ばしていく……。意図的にそうしたのかはわかりませんが、結果的にそうすることによって、同じケンジという言葉が一文字ずつシフトしていきますよね。ケンジくん、どうもそのことに気付いたみたいなんです」
「なんと……。それは凄いな」
「ええ、彼は凄いです。素敵な少年です」
そう言って、にんまりと笑う部下を見て、主任は訝しんだ。
「なんだ君、何を見たんだ? にやにやして気持ちが悪いぞ」
「いえ、大したことじゃありませんよ。ケンジくんは、言葉がずれないようにする方法に気付いて、それを実行したみたいなんです」
「……ずれないようにする方法だと?」
「二人の距離をゼロにすればいいってことですよ」
主任は、口元を曲げた。
「エラーが修正されるまで二時間もかかってしまった……。悪いことをしたかな?」
「そう悪い時間でもなかったと思います。二人にとっては」
言って、二人は笑いあった。