番外編19:『因果のロスカット・パレード』〜結婚直前の土壇場でハシゴを外され、自らの傲慢と優しさの檻に自滅していく女子たちと、名前に人生をハックされた男の過酷な運命ログ〜6
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の人物、地名、特定の結婚相談所、および動画・書籍・マッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての痛烈な風刺・創作であり、特定の生き方や価値観、性別、信仰を誹謗中傷・否定する意図は一切ございません。あらかじめご了承の上、純粋なビター・ドラマとしてお楽しみください。
第6話:46歳恋愛未経験の「蕎麦屋の電柱」が、遅れてきた純愛の長文LINEの果てに、生きるエネルギーをすべて喪失してストリートに墜落するログ(アルバイト・恵子の場合)
恵子(46歳)の人生のインフラは、100%「自己犠牲」と「他者への譲渡」で構成されていた。
下町の古びたお蕎麦屋で長年アルバイトとして働く彼女は、店主の家族に何かあれば「私が代わりに残りますから」と笑顔でシフトを引き受け、休みなしで働き続ける生けるインフラだった。
若い頃から自分の外見や価値に一切の自信を持てず、恋愛という名の市場にエントリーすることすら恐怖して避けてきた結果、46歳にして「恋愛経験ゼロ」という猛烈な純愛コンプレックスを内包していた。
「恵子さんは本当にいい人だね。君がいないと店が回らないよ」
その安価な言葉の報酬だけで人生の体温を維持していた彼女の前に現れたのが、地元の不動産オーナーを名乗る、実年齢相応の渋い風格を持った男、山口(36歳)であった。
山口が恵子の強固な「未経験の防衛線」をハックした手口は、これまでのハイスペ女子たちへのアプローチとは一線を画す、卑劣極まる「純朴さのハック」だった。
山口は毎日店の遅い時間、暖簾を下ろす間際に現れ、恵子が差し出す1杯の天ぷら蕎麦を、ただ愛おしそうに啜った。
そして、恵子の「誰も気づかない労働」を過剰なまでの優しさで肯定したのだ。
「恵子さん、今日も遅くまでお疲れ様。君の打つ蕎麦も、このお店の空気も、本当に温かくて落ち着くんだよね。お皿を運ぶ君の手を見てると分かるよ。誰かのために一生懸命生きてきた、本当に綺麗で誠実な手だ。俺、仕事柄いろんな派手な女を見てきたけど、もうそういうの疲れてさ。君みたいな誠実な人と、残りの人生を静かに歩みたいんだよね」
46年間、男から「女性」として値踏みされたことすらなかった恵子の脳細胞に、天変地異のような衝撃が走った。
自己肯定感の低さと、NOと言えない素真さ、そして「本当の私を無条件で愛してほしい」という純愛への飢餓感が奇跡の合体を果たし、彼女の認知システムは完全にバグを起こした。
「この人は、神様が私に最後に遣わしてくれた運命の人だ」と、盲目的な信仰モードへと叩き落とされたのだ。
ベタ惚れした恵子の脳は、遅れてきた思春期の暴走を始めた。お店に来た時の山口への過剰な給仕はもちろん、個別に繋いだLINEのメッセージは、毎日ギガ単位の処理能力を要求するような「異軌なまでの長文」へと化していった。
『山口さん、今日も遅くまでお疲れ様です。今日はお店に常連の頑固なおじいさんが来て、主人が少し腰を痛めていたので、私が代わりに力仕事を全部やったんです。
山口さんに「綺麗な手だ」って言ってもらえてから、どんなに仕事が大変でも、手が荒れても、なんだか誇らしい気持ちになれるから不思議ですね。
それからね、山口さん、すごく恥ずかしいお話をしてもいいですか?
私、今まで46年間、自分の体型にコンプレックスがあって、スカートを一度も履いたことがなかったんです。
でも、今度の日曜日、山口さんとお出かけできるかもしれないと思ったら、どうしても山口さんに「女の子」として見てもらいたくて、昨日、仕事の帰りに思い切って駅前の駅ビルで、淡いベージュのロングスカートを買ってしまいました。
お店の鏡の前で何度も合わせて、自分がなんだか自分じゃないみたいで、心臓がバクバクしてしまいました。山口さんは、どんなお洋服がお好きですか?
もし私の格好が変だったら、嫌いになったりしないで、優しく教えてくれたら嬉しいです。
私、本当に不器用で、山口さんに釣り合う人間じゃないって分かっているから、毎日嫌われないか不安で、自分を責めてばかりいます。
でも、山口さんのあの優しい笑顔を思い出すだけで、私の46年の退屈だった人生が、全部キラキラした金色に変わっていくみたいなんです。
本当に、私を見つけてくれてありがとう。
長くなってしまってごめんなさい。明日も山口さんにとって良い一日になりますように。』
山口はこのスクロールしても終わらない長文ログ(恵子の命の叫び)を、冷徹なサイボーグの目で一瞥し、『健気だね。俺も楽しみ。仕事戻るね』という1行の定型文だけでいなした。
その冷淡さに触れるたび、恵子は「私の文章が長すぎて迷惑だったのかな」
「やっぱり私なんかじゃダメなんだ」と過剰に自分を責め、ますます山口の「不機嫌のインフラ」に依存していった。
山口は恵子の貯蓄額や、彼女が店主家族からどれだけ信頼されているかという周辺インフラを完全にスクリーニング(分析)し、最終ロスカットのフェーズへと移行する。
「恵子さんとの将来のために、二人で小さなお店を持たないか? 君の蕎麦なら絶対に成功する。俺も資金を出すから、君のこれまでの貯金も全額、この口座に預けてほしい」
嫌われるのが怖い恵子は、その提案に1ミリもNOと言えなかった。
自分の全財産である数百万円の貯金をすべて解約し、店主家族に「私、結婚して自分のお店を持つことになりました」と涙ながらに告げ、長年勤めた蕎麦屋を退職する手続きを終えた。
人生の全資産と唯一の居場所をロスカットし、山口にすべてをアウトソーシングした土壇場。
山口が用意した地方の古びた格安ビジネスホテルの夜、恵子が「山口さん、私、あなたのために最高の人生を作りますね」と、人生で初めて男の身体に触れようとしたその瞬間、山口の損失回避システムが冷酷に牙を剥いた。
「ごめん、恵子さん。やっぱりこの話、全部ナシで。本日終了でお願いします」
恵子の脳内システムが、一瞬で大破した。「え……? 山口さん……? お店は……? 私、仕事も辞めて、お金も……」
「いやさ、恵子さんのその『私にはあなたしかいない』っていう重い空気と、あの毎日の呪いみたいな長文LINE、ぶっちゃけ見ててシンドイんだよね。
恐怖すら感じるわ。俺、もっと軽やかに恋愛を楽しみたいわけ。46歳まで恋愛経験がない理由、なんとなく分かったわ。その過剰な依存心、一種のモラハラだし、俺をコントロールしようとしてるよね。お金? あれは君が『お店のために使ってほしい』って自主的に俺の口座に振り込んだ贈与でしょ? 契約書もないし、返す義務はないよ。一人で強く生きてね」
あまりにも無慈悲な責任のすり替えと、全財産の強奪。恵子の46年間の人生のプライドと、初めて信じた純愛のインフラが、音を立てて完跡に粉砕(大破)した。
彼女は山口の足元に崩れ落ち、声にならない叫びをあげて服の裾に縋り付いた。
「嘘……嘘よ山口さん……! 私からすべてを奪わないで! お金も、仕事も、私の人生も全部あなたにあげたのよ!? お願いだから捨てないで……私、あなたがいなくなったら、もう生きていけないの……!」
しかし、山口の冷酷なサイボーグの笑みは崩れない。
「縋り付くのやめてくれない? 警察呼ぶよ? 君が勝手に期待して、勝手に自滅しただけだから。お疲れ様」
山口は恵子の細い腕を無慈悲にいなし、泣き叫ぶ彼女を格安ホテルの床に放置したまま、コンドームを破り捨てるように無言で退場した。
残された恵子の精神は、二度と再生できない完全な更地へと化していた。
今まで恋愛経験ゼロだった彼女は、その生涯で初めて燃え上がらせた生きるエネルギーのすべてを、あの長文LINEと共に山口というモンスターに注ぎ込み、そして根こそぎ奪い去られたのだ。
彼女の中には、もう自分を駆動させる燃料(魂)が1ミリも残っていなかった。
翌朝、下町のストリートに、鈍い衝撃音が響き渡った。
恵子は、山口のために初めて買った、あの淡いベージュのロングスカートを身に纏ったまま、自宅アパートの屋上からアスファルトへと身を投げた。
自分が信じた純愛という名の監獄に囚われ、生きるエネルギーを完跡に喪失した末の、最悪のチェックメイト。
飛び降り自殺という凄惨な末路。更地になった彼女の脳と、ストリートに散らばった彼女の肉体が、山口の本当の苗字が「槍」、名前が「珍太」という、自らの呪われた名前への復讐のために女の人生を突き刺し続ける化け物であることなど、知る由もなかった。
第7話へと続く




