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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

真実の愛を見つけたと言う婚約者の浮気相手が人外なんだが色んな意味で大丈夫か

作者: 早島りんご
掲載日:2026/06/20

「カルミア・ラッセル公爵令嬢、君との婚約は解消させてもらう!」


 よく晴れた日の青く澄み渡る空の下、宮殿の庭園では華やかな園遊会が催されていた。

 季節の花たちが風に揺れる花壇の前で、ゼルコヴァ・リード王子は高らかに婚約解消を言い放つ。


「ゼルコヴァ様……本気なのですか」


 私は祈るような気持ちで問いかけた。


「ああ、本気だ! 僕は真実の愛を見つけたのだ。そう、ここにいるリナリアとの間にね」

 

 ゼルコヴァの熱っぽい視線の先では、リナリア・ブロンソン男爵令嬢が勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


 私はカルミア・ラッセル公爵令嬢。その婚約者であるゼルコヴァ・リードは、この国の第二王子だ。そしてその真実の愛の相手——というか浮気相手は、リナリア・ブロンソン男爵令嬢。以前はあざといだけの芋女だったはずが、いつのまにか垢抜け、傾国の美女と言われるほどの美貌を持つようになった。


 王家と我が公爵家との婚約は、当人同士の恋愛ごっこではない。国の安定と将来がかかった大事な契約なのだ。

 それを真実の愛などという一時の気の迷いで解消するとは、ゼルコヴァは正気か。

 このままでは婚約解消にとどまらず、彼の命が危うい。彼はそれに気づいていない。


 私は、この期に及んでなお、ゼルコヴァのことを心配していた。

 将来の伴侶だと思い、何年も過ごしてきたのだ。

 そこには当然、情もある。


「ゼルコヴァ様、今なら間に合います。お考えを改めるのです」


「ええい、僕に指図するんじゃない! 君はもう婚約者ではないんだ! 僕に意見できるのは父上と……リナリアだけさ」


 ここまでか。

 私は自分の無力さを悟った。

 私ではゼルコヴァを助けることはできない——このままだと、彼は殺される。



「カルミア様、リナリア・ブロンソン男爵令嬢についての報告書があがって参りました」


 数日前の事。

 自室で紅茶を飲んでいた私のところへ、父の執事であるアダムが書類の束を持って現れた。

 彼には私の婚約者・ゼルコヴァの浮気相手について調査してくれるように頼んでいた。


 私に報告書の束を差し出したアダムの顔は浮かない。


「やはり、カルミア様の予想通りでした。ブロンソン男爵令嬢は——人間ではありません」


「やっぱりそうなのね」


 私とアダムは同時に深い溜息をついた。

 ゼルコヴァの浮気相手がまだ人間であれば、愛人として放っておくなり、王が許せば側妃として迎えても構わないと思っていた。

 けれど人外となると話は別だ。


 この国の王族の中に、人外が名を連ねることは避けなければならない。

 ここは人間の国なのだ。


「ブロンソン男爵令嬢の雰囲気が、一時期を境に大きく変わったことがあったでしょう?」


 私の問いかけに、アダムがゆっくりと頷く。

 ブロンソン男爵令嬢は元々、あざといが垢ぬけない、どこにでもいるタイプの女だった。それがどういう訳か、数か月前から急に雰囲気が変わったのだ。

 10代の娘とは思えないほどに妖艶で、肌は透き通るように白く、まつげは憂いを帯びたように長く艶めくようになった。

 

 別に、顔立ちが変わった訳ではない。けれど、彼女を構成するひとつひとつの要素がミステリアスな雰囲気をはらむようになった。


「あの時から、もうブロンソン男爵令嬢は——」


「ええ、カルミア様のご想像の通りだと思います。その時期に、ブロンソン男爵令嬢はあの偽物に取って変わられたのです。おそらくご本人は——もう既に亡くなっているでしょう」


「でも、娘の中身が変わったことに、ご家族は気づかなかったのかしら?」


「報告書によれば、ブロンソン男爵とその妻は子供にはあまり関心がなかったようです。彼らの関心は浪費や娯楽の方に向いていたようですな。また、その時期に使用人が多く入れ替わっております。彼らはブロンソン男爵令嬢の異変に気付いて屋敷を去ったか、もしくは——」


「真実に気づいたが故に命を奪われたか」


 アダムは沈痛な顔で頷いた。

 我が公爵家はブロンソン男爵家と関りは薄い。けれど、罪のない人々が多数殺されたかもしれないというだけで、私とアダムの心は痛かった。

 この国はもう100年以上戦争をしていない。平和なのだ。

 私達は罪のない人々が命を奪われることに対して、あまりにも耐性がない。


 けれど、だからこそ、この事態を放っておく訳にはいかない。


「ブロンソン男爵令嬢に成り代わっているのは?」


「正式な名前までは不明ですが、魔族の若い女です。時折、感情が高ぶると瞳のサイズや髪の色が変わることがあると報告されています。その他、ゼルコヴァ様以外の人間に対する異常な残虐性や、食事ではやたらと生肉を好むといったようなことも報告されております。人間ではありえない話ですな」


「なるほど。それが魔術か何かでブロンソン男爵令嬢に化けているのね。はあ、ゼルコヴァ様はどうしてそれに気づかなかったのかしら」


「カルミア様の婚約者にこんなことを申し上げるのは不敬かと存じますが、ゼルコヴァ様はあまりにも浅慮ですな。恋の熱に浮かされた若者であれば仕方ないのでしょうか」


「でも、普通は恋人の瞳のサイズが変わったら気味が悪いと感じるでしょう? ゼルコヴァ様は細かいことを気にしないところが良い所だけれど、あそこまで考えなしの人間が王位継承権を持っているのも考え物ね」


「王位継承権一位の第一王子、ジェイド様がまっとうで、なおかつ末永くご健康であることを祈るばかりですな」


 私とアダムは、再び深い溜息をついた。


「ところで、このことはお父様や陛下はご存じなのかしら」


「ええ、もうそちらへも報告はあがっております」


 果たして、公爵である父や、この国の長である陛下はどうするのか。

 ゼルコヴァをそそのかす魔族を排除するだけで終わるのか、それとも——



 時は園遊会へと戻る。


 私は婚約解消を言い放ったゼルコヴァから、ブロンソン男爵令嬢——に化けた魔族の女へと視線を移した。

 

 私の位置からでは彼女の瞳はよく見えない。

 それとも今は感情が高ぶっておらず、瞳のサイズは変わっていないのだろうか。


 しかし、あの妖艶さ。普通の10代の娘が醸し出す雰囲気ではない。

 人間をたぶらかすことに長けた魔族だと言われればしっくりくる。

 

 ゼルコヴァ様、目を覚まして——。

 私は祈るような気持ちで彼を見つめた。


「なんだ、カルミア。僕たちを黙って見つめて。ああ、婚約解消が不服なのだな? それならば父上にお願いして、君の新しい婚約者を見繕ってもらうようにしよう」


 ゼルコヴァはハハハと白い歯を見せた。

 彼は何も分かっていない。


 私達の婚約解消騒ぎを聞きつけた野次馬たちが、徐々にこちらへと集まってくる。

 私達を丸く囲むようにして、野次馬たちは好奇の視線を送ってくる。

 これからの展開を考えると、野次馬には少し離れてもらいたいところだ。


「ブロンソン男爵令嬢——いえ、魔族の娘よ。ゼルコヴァ様から離れるのです」


 私は声が震えないように、腹に力を込めて言った。

 魔族の娘の方がピクリと動く。しかし彼女は自身の腕をゼルコヴァにぴったりと絡めたまま動こうとしない。


「カルミア、何を言っている」


「ゼルコヴァ様、まだ気づかないのですか? その女はブロンソン男爵令嬢ではありません。彼女のフリをして、ゼルコヴァ様に取り入ろうとする魔族なのです」


「よせ、カルミア。僕の愛を得られなかったからといって、彼女に言いがかりをつけるのは見苦しいぞ」


 ゼルコヴァは哀れむような笑みを浮かべて私を見た。

 まだ気づかないのか。


 父と陛下は、もうゼルコヴァと魔族の女の処遇を決めている。

 それを言い渡すタイミングのみ、私に一任されている。この園遊会が終わるまでにケリをつける、という条件つきで。


 それは婚約者を魔族にそそのかされた私が気持ちに整理をつけるための儀式であると同時に、血を分けた息子に非情な裁きを下すことを放棄した王の尻ぬぐいでもあった。


 私はすっと右手をあげる。


「攻撃せよ」


 すると、野次馬の後ろから武装した騎士たちが素早く駆けよってきた。彼らはただ園遊会の警備にあたっていたのではない。

 この瞬間のために待機していたのだ。


 野次馬の中から悲鳴があがる。

 騎士たちは弓を掲げると、そのうちの一人の掛け声に合わせて魔族の女に向かって一斉に弓矢を放った。


 弓矢が放たれると同時に、私にもはっきりと分かるほどに魔族の女の周りの空気が揺らいだ。

 その空気は半円状の透明な盾のように攻撃を弾き、行き場を失った弓矢が地面の上にボトボトと落ちる。


「お前たち! 僕に向かって矢を放つとはどういうことだ!? カルミア、お前もだ! どういうことか説明しろ!」


 急に矢が飛んできたことで半狂乱になったゼルコヴァが、唾を飛ばしながらわめく。


「これが陛下のご決断です。魔族の女にそそのかされた者に王位継承権を持たせる訳にはいかないと。それは継承権の剥奪を意味するのではなく、王家からの追放を意味するのです」


「なんだと……?」


 ゼルコヴァは事態が理解できないようで、口をパクパクさせた。

 まるで酸素に飢えた魚のようだ。


「わたくしが攻撃を指示するのと同時に、あなたは王家から除名される、と既に陛下より騎士たちには通達がありました。ゼルコヴァ様、普通の人間は弓矢を放たれても、半円状の盾を出現させませんよ。まだ気づかないのですか」


 私に言われてゼルコヴァはハッとブロンソン男爵令嬢を見た。

 彼女の腕は相変わらずゼルコヴァの腕にきっちりと巻き付いている。


「うそだろ、リナリア? 君は美しい人間の娘……そうだよな?」


 ブロンソン男爵令嬢はにっこりと微笑むと絡めていた腕を離し、ゼルコヴァの後ろへと回った。そしてその腕を彼の首にかけ、彼を盾にするようにして立った。

 ゼルコヴァがひっと息を飲む音が聞こえる。


「いつから気づいていた?」


 そう言った魔族の娘の髪の色が、ゆっくりと変わる。金髪から毒々しい紫色へ。

 そして瞳の大きさは、人間ではありえないサイズへ。もう眼のほとんどが紫色の瞳で覆われ、白目はほとんどない。

 おまけに額の皮膚を突き破るようにして太い角も生えてきた。


 妖艶な雰囲気だけはそのままに、ブロンソン男爵令嬢はどう見ても人外の外見へと変貌を遂げた。なるほど、これが元の姿か。


「あなたの名前は」


「私はリナリア。ふふっ、ブロンソン男爵令嬢と同じ名前だったの。奇遇でしょう?」


 そう微笑むリナリアの口は、笑うと耳の近くまで裂けるように広がった。

 先端の尖った歯が綺麗に並んでいる。


「そう。リナリアというのね。それで、あなたの目的は? ゼルコヴァ様を使って何をする気だったの?」


「この男を使い、国宝を頂く予定だったのよ。王と、王位継承権のある男子のみが立ち入りを許可された宝物庫に、我ら魔族が求める魔鏡がある。あれさえ手に入れば、人間族に追いやられる時代は終わり、我が魔族軍は更に大きな力を得られるのよ!」


 リナリアの大きな瞳がグニャリと細められた。


「さあ、ゼルコヴァの命を取られたくはないでしょう? だったら、一秒でも早く魔鏡をここに持ってき——」


「攻撃せよ」


 私は再び右手をあげた。


「撃て!」


 ひとりの騎士の合図で、再びリナリアたちに弓矢の雨が注ぐ。

 弓矢は再びリナリアの透明な盾に弾かれたが、先ほどとは違い、リナリアの顔には少し余裕がない。


「なぜ撃つ⁉ ゼルコヴァが巻き添えになるのが分からないの⁉」


 リナリアはヒステリックな声をあげた。


「さきほどの話を聞いていなかったのかしら? ゼルコヴァ様はさきほど、私が攻撃命令を出した瞬間に王族から追放されているの。もう彼は王位継承権を持った第二王子じゃない。ただ魔族の女にそそのかされただけの、馬鹿な人間の男でしかないのよ」


 リナリアがゼルコヴァの首に回した腕に力をこめた。

 ゼルコヴァの苦しそうな声が聞こえる。


「わ、私を捕らえるためにはゼルコヴァが怪我をしても構わないということね⁉ 魔族を甘くみないで頂戴。早く魔鏡を持ってこないと、ゼルコヴァの命だって奪うわよ?」


「リナリア、まだ理解していないのね? もうゼルコヴァ様は王族じゃない。貴族ですらない。国からも陛下からも見捨てられた存在なのよ。親から見捨てられたという意味では、平民以下よ。もう誰も彼を守る人間はいない」


 私の言葉に、ゼルコヴァの顔がみるみる青ざめていく。彼は「うそだ……うそだ……」と小声で繰り返している。


 その時、弓を構えていた騎士たちが二手に分かれて道をつくった。

 その間から顔をのぞかせたのは現王だ。


「ゼルコヴァよ。お前には失望した。自身の欲望を優先させ、公爵家に迷惑をかけるだけにとどまらず、国宝まで魔族差し出す寸前だったようだな。そんなことをさせる訳にはいかない。あの魔鏡を人間が管理するからこそ、魔族どもが好き勝手に殺戮を繰り返すのを封じれるのだ」


「ち、父上! 違うのです。リナリアが国宝を見てみたいと言ったから、今度見せてあげると約束しただけで、実際に見せてはいないのです!」


 ゼルコヴァは必死に弁明するが、王は首を横に振るばかりだ。


「国宝を魔族に奪われる前に、お前を王家から追放するのが間に合って良かった。我が息子ながら情けない」


 王は、かなり早い段階でゼルコヴァを切り捨てることを決めたと父から聞いている。

 ゼルコヴァの母が王妃ではなく側妃であり、また彼女は子爵家出身で家の後ろ盾が弱いことも影響しているらしい。


「そんな、父上! 僕はこの女に騙されただけなのです! カルミア、すまなかった、僕が愚かだった! 頼む、父上に僕の命を助けるように言って——」


「撃て」


 最後の声をあげたのは、王だった。

 彼が左手を掲げると同時に、今までの3倍ほどの両の矢が、一斉にリナリアとゼルコヴァめがけて降り注いだ。


 そのうち何本かはリナリアによってはじき返されたが、はじき返されよりもはるかに多い本数の弓が攻撃対象へと深く刺さった。


 リナリアとゼルコヴァの断末魔が響き、やがて静寂が訪れた。ゼルコヴァの腕がだらん、と地面に落ちる。

 それを見ていた野次馬の貴族たちは、悲鳴をあげる者、こらえきれずに吐き出す者、噴き出した血を見て卒倒する者など様々だった。


「後処理をせよ」


 王はそう言い残して身を翻す。


 私はリナリアとゼルコヴァの血で赤く染まった花壇を見ながら、こらえきれなかった涙を一筋だけ流した。


「カルミア様……」


 周囲にいた貴族の、私を気遣う声が聞こえる。

 私は指で素早く涙を拭うと、この騒動を見守っていた人々にニッコリと微笑む。


「我々はいま、第二王子を失いました。陛下も苦渋の決断だったことでしょう。けれどここは人間の国。魔族に渡す訳にはまいりません。陛下と私は、それぞれ最愛の息子と婚約者を失いました。しかし、これは魔族との戦いに勝った、ということなのです」


 私がそう言うと、周囲を囲んでいた野次馬たちの目が明確に変わった。

 そう、ものは見方だ。


 王は息子を切り捨てたのではない。

 私は婚約を解消された可哀想な令嬢ではない。


 魔族に屈しない、人間たちを導いていく存在として戦ったまでだ。

 私が堂々と言い切ったことで、私を憐れむ目たちが私を敬う目へと変わっていくのを肌で感じる。


 私はカルミア・ラッセル公爵令嬢。

 今日この園遊会に、婚約解消を言い渡された可哀想な令嬢はいない。


 いるのは、魔族に屈しない気高き令嬢だけ。


 きっと数日後には新たな婚約者候補がリストになってあがってくるだろう。

 ゼルコヴァを失った喪失感は胸に秘め、私は公爵令嬢として国益のために生き、そして次は自身の幸せも追求するのだ。


 ゼルコヴァとの間には見つけられなかった真実の愛を追求することも、次のパートナーとなら可能かもしれない。

 いや、きっとこれからの人生にはもっと愛が満ちていると信じて。

公爵令嬢が魔族だったパターンの小説も書いてます。

お時間があればマイページより「とりかえっこしましょう」もご覧ください。

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