5 私たちは姉弟ですから
野上とショッピングモールを巡った次の日の日曜日、俺は閑静な住宅街を歩いていた。頭上には晴々とした空が広がっているが、冷たい風が吹きさす。
車で送っていくという母さんの提案を蹴ったことを今更ながら大いに後悔していた。
前方に一軒の家が見えた。その玄関に1人の女子がポツンと立っていた。彼女は俺の方へ笑顔を向けていた。
「時間ぴったりね」
そう言った野上は楽しそうに笑っていた。
「準備はいい?」
「いつでも大丈夫だ」
「分かったわ」
俺と野上は家の敷地へと入った。目の前の家は周りの家々と比べて真新しく、輝いているように見えた。
野上が玄関のチャイムを押す。すると玄関のドアが開き、男性が顔を出した。
「おっ、来たね。ようこそいらっしゃい」
小太りでメガネを掛けた男性は俺たちに向かって優しい笑みを向けていた。この人が俺の親戚の英作さんである。
日曜日の今日、俺と野上は昨日買った新築祝いを渡すため英作さんたちの新居を訪れていた。
***
「いやー、2人して来るなんて仲が良いんだね」
ニコニコと楽しそうに笑う英作さんに案内されて、俺と野上は新居のリビングへと入った。
リビングにはテレビやソファが置かれて、床にはラグが敷かれている。奥にはテーブルが設置されて、さらに奥にはキッチンが見えた。
「いえ、別に仲は」
「ええ、そうなんです。昨日も和哉君と一緒に買い物に行きました」
俺の言葉を遮り、何故か野上が自信満々に答えていた。
「へえ、2人で買い物にね。和哉君も隅に置けないね」
英作さんは面白がっている顔を俺に向けた。彼はどうやら俺と野上との仲を勘違いしているらしい。
英作さんの誤解を解こうとしたところ、リビングに女性が入ってきた。
「2人ともいらっしゃい」
黒髪を肩まで真っ直ぐに伸ばした女性は優しい笑顔を浮かべていた。
「静香姉さん、お邪魔しています」
野上がそう呼びかけたことから分かる通り、彼女が野上の親戚の静香さんだ。こうして、野上と並んで見ると、どことなく血の繋がりを感じさせるような顔立ちだ。
「こちらはお二人への新築祝いです」
そう言って、野上は紙袋を静香さんに渡した。袋の中身は昨日買ったバスボムである。
「まあ、結梨ちゃん。ありがとう」
「若いのにしっかりしているね。開けてもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
静香さんは紙袋から包装紙に包まれた箱を取り出した。静香さんは包装紙を丁寧に外し、英作さんが箱を開けた。
箱を開けると色とりどりの玉が10個整然と並べられていた。
「これは何だい?」
「もしかしてバスボムだったかしら?」
英作さんが首を傾げる一方で、静香さんは顔を輝かせていた。
「そうです。和哉君と一緒に選びました」
野上は嬉しそうに答えた。正確にいうと、選んだのは彼女なのだが、まあそれは言わなくていいだろう。
野上と静香さんはバスボムを知らないであろう英作さんに説明していた。俺はそこまで詳しくないので、ただ相槌を打っていた。
「なるほど。これをお風呂に入れるのか。今はこういうのがあるんだね」
「見た目も可愛らしいし、嬉しいわ。ありがとうね、結梨ちゃん、和哉君」
英作さんと静香さんは俺と野上に笑顔を向けた。無事に喜んでくれたようで俺はホッとした。あといつの間にか静香さんから名前で呼ばれていた。
「これにして良かったわね、和哉君」
「ああ、そうだな」
野上もまた俺に向けて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「それにしても2人で買い物に行くなんて結梨ちゃんと和哉君は仲が良いんだね」
「当然です。私たちは姉弟ですから」
英作さんの感想に答えた野上は得意げだった。というか、他の人には隠すはずの俺たちの関係性をサラッと言ってしまっている。
「ねえ、姉弟ってどういうことなの?」
案の定野上の言葉に静香さんは引っかかったようだ。言わんこっちゃない。
「お二人の結婚で私と和哉君は親戚になりました。それで、私の方が誕生日が先なので、私がお姉さんなんです」
「なるほど。僕たちの結婚がきっかけなんだね」
「ふふふ。昔から結梨ちゃんは弟が欲しいって言っていたものね」
静香さんと英作さんは野上の言ったことをすんなりと受け入れた。なんだか困惑していた俺が仲間外れの気分だ。
「俺としては急に姉ができたから戸惑いしかないですよ」
「まあまあ、和哉君。現にこうして2人で我が家に遊びに来てくれたんだから、君たちは仲良しの姉弟だよ」
英作さんがそう言った瞬間、野上の顔がパァと明るくなった。そして、今日がクリスマスだと知った子供みたいに嬉しそうな顔を俺に向けた。
「ねえ! 聞いたかしら? 私たちはとても仲良し姉弟だそうよ!」
「勝手に副詞を付け足すなよ」
「もうそんなことを言って。弟としての自覚が足りないわよ」
「そんな自覚は今のところ芽生えてねえよ」
そんなやりとりをしていると、英作さん夫婦から温かい視線を感じる。2人は微笑ましいものを見ているかのような表情を浮かべていた。
「やっぱり仲良し姉弟ね」
どうやら2人の中で俺と野上は姉弟だと認識されてしまったようだ。
***
「ねえ、和哉君、ちょっといいかしら?」
新婚夫婦の家に長居するのもお邪魔になってしまうので、そろそろ帰ろうとした時だった。俺は静香さんに呼び止められた。
「どうしました?」
「あの子のことなんだけどね」
静香さんはチラリとどこかに視線を向ける。その視線の先を追うと、英作さんと話をしている野上がいた。
「結梨ちゃんと仲良くしてあげてね」
静香さんは俺に向かって微笑んだ。その顔は楽しそうに笑う時の野上とよく似ていた。
「外から見ると結梨ちゃんは大人びているけれど、本当は子供っぽいのよ」
「それはまあ、知っています」
野上と姉弟になってしまった時から十分身に染みていた。正直学校での姿を見慣れていると、戸惑いを覚える。薄々感じていたことだが、静香さんが言うように野上の素はやはりこちらのようだ。
「あの子は一旦何かにハマるとずっとそれを続けるの。外へ遊びに出かければ暗くなるまで帰ってこないし、本を読み出すと最後まで止まらないのよ」
静香さんの語る野上との思い出に俺は彼女の新たな一面を知った。と同時にある危惧が俺の中に生まれた。
「その野上の今ハマっているものが俺との姉弟ってことですか?」
「ええ、そうよ」
「勘弁してください」
俺は思わず肩を落とした。どうやら野上が飽きるまで俺との関係は継続するようだ。
「まあまあ。和哉君が本当に嫌になったら私に言ってね。その時は私から結梨ちゃんに言ってみるわ。だから」
静香さんは俺の肩に手を置いた。その仕草も以前野上と同じことをされた覚えがある。
「どうかあの子と仲良くしてあげてね。和哉君といる時の結梨ちゃんは本当に楽しそうだから」
そう言って、静香さんは野上とよく似た笑顔を浮かべた。




