15 お姉ちゃんに勝つにはまだ早いわよ
「さあ、やるわよ。準備はいいかしら?」
「ちょっと待ってくれ。えーと、ここをこうして、よし、できたぞ」
準備を終えた俺は後ろを振り返った。野上はコントローラーを持ち、真剣な眼差しでテレビを見つめていた。
「お疲れ様。さあ、始めましょうか」
「ああ、いつでもいいぞ」
俺もコントローラーを手に持ち、ソファに座る。
ゲームを起動すると、テレビ画面に集中する。この勝負に気合を入れる理由が俺にもあった。
「和哉君、手加減なしよ」
「当たり前だ。容赦しないからな」
「ふふっ、お姉ちゃんに勝つにはまだ早いわよ」
野上は得意気な顔を見せた。その顔を見て、俺も気を引き締める。と同時にどうしてこうなったと自問する。
日曜日の今日、俺の家のリビングで野上とゲームを対決をしていた。
***
遡ること昨日の夜のことだ。趣味の手芸を堪能していたところ、野上から連絡が来た。その内容は簡潔だが、見過ごせないことだった。
『明日、和哉君の家でゲームをするわ』
翌日、野上は本当に俺の家に来た。楽しみで仕方がないといった様子だ。
「お邪魔します。和哉君のご両親はいらっしゃるかしら?」
「二人とも出かけているぞ」
「……そう、分かったわ」
「露骨に残念そうな顔をするな」
未だ俺の親に挨拶することを諦めていなかった野上にツッコミを入れる。少しの間肩を落としていた彼女だったが、俺の家に来た目的を思い出したのか背筋をピンと伸ばした。
俺は野上をリビングに案内する。リビングのソファに座ってもらい、その間俺はゲームの準備を始める。
「それにしても、どうしてゲームなんだ?」
昨晩からずっと頭にこびりついている疑問を口にする。これまで野上と話してきた中で、彼女がゲーム好きなんて聞いたことがなかったからだ。
「沙優に教えてもらったのよ」
「西村に?」
意外な名前が飛び出してきたため、思わず聞き返してしまった。
「沙優は言っていたわ。『姉と弟はゲーム対決をするものだ』と」
物凄くキリッとした顔で野上はそう言った。顔と言った内容の落差が激しすぎる。野上と西村が初めて会った日の時に感じた嫌な予感が早くも的中してしまった。
「だから、私も和哉君とゲームで対決してみたかったの」
「……野上はゲームをよくするのか?」
「いえ、全くやったことがないわ」
野上は何故か誇らしそうにしていた。どうしてそんなに自信満々なのかよく分からない。
「それなのに俺とゲームをするつもりか」
「ええ、そうよ。でも、ゲームをやってみたかったのは本当よ」
「それでも、初心者がゲーム対決をするのはどうかと思うぞ。ほら、コントローラーだ」
「ありがとうね」
野上はコントローラーを受け取って美術品のごとく眺めていた。そして、コントローラーを構えた。
「その位置は逆だぞ」
「そうなの?」
俺に言われて野上はコントローラーを持ち直した。どうやらゲームをやったことがないのは本当のようだ。
俺は床に座ろうとしたところ、自称姉がソファを手でポンポン叩いていた。俺は野上の隣に腰掛けた。
「さて、何のゲームをする?」
野上にそう尋ねながら、俺はどう立ち回っていくか考える。ゲーム初心者の彼女のことを考えると手加減するべきだろう。
しかし、負けず嫌いの野上のことだ。下手に手加減すればプライドを刺激してしまうだろう。そうなると外が真っ暗になるまでゲームをする羽目になりそうだ。
「手加減しようとしてないかしら?」
不意に野上の顔が目の前にあった。思考に気を取られて、彼女の接近に気が付かなかった。
「そ、そんなこと考えてないぞ」
考えが読まれたのと女優に勝るとも劣らない整った顔立ちが至近距離にあったことが重なったため、俺は顔を逸らした。
「手加減はなしよ。全力でやってちょうだい」
案の定野上の負けず嫌いが発動していた。これは手加減してしまったら、面倒くさいことになるだろう。
「本当に全力でいいのか?」
「だって、そうしないと和哉君も楽しめないでしょう?」
野上は至極当然のような顔をしていた。どうやら彼女は自分のことばかりではなく、俺のことも考えてくれているようだ。
「そう言われても初心者に全力出すのはやっぱりやりにくいぞ」
「それもそうね。それだったら……」
野上は顎に手を当てていた。やがて目を輝かせて俺の方を向いた。
「それだったら、勝った方が負けた方に1つだけお願いするのはどうかしら?」
「お願い?」
「そうよ。何でもいいわよ。それだったら和哉君もやる気が出るでしょう?」
野上は誇らし気に胸を張った。その様子に俺は冷や汗をかいた。もし、野上が勝った場合、俺に何をさせようとするのか分からない。だからこそ、この姉を名乗る同級生を勝たせるわけにはいかない。
「よし、分かった。それだったら全力でいかせてもらうぞ」
「ふふ、やる気になってくれたようで嬉しいわ」
俺の様子を見て野上は楽しそうに微笑んだ。彼女には悪いがこの勝負は勝つしかない。そうしないと俺の日常に平穏が訪れないからだ。
こうして俺と野上のゲーム対決が始まった。
***
対決するゲームは某配管工が仲間たちとパーティでミニゲームを繰り広げるゲームだ。俺は子供の頃から何度もプレイしたことがある。俺は世界的に有名な配管工(兄)を選択した。
「私はこの子にしようかしら」
野上は緑色の恐竜を選んだ。その様子を見ると本当に今までゲームに触れたことがないようだ。
「キャラクターも選んだことだし、始めるぞ」
「分かったわ」
序盤は予想通り俺の優勢だった。ゲームに不慣れな野上は操作方法に苦戦しているようだった。俺どころかNPCのキャラクターにも負けている。もちろん順位は最下位だった。
初めの方は楽しそうな顔をしていた野上だが、次第にその顔に険しさが増してゆく。
「えっと、本番の前に練習でもするか」
俺がそう提案すると、野上は俺をキッと睨みつけた。
「問題ないわ。必ず慣れてみせるから」
野上の顔は真剣そのものだった。まるで試合に臨むアスリートのようである。そのモチベーションはどこから湧いてくるものだろうか。
「和哉君に『お姉ちゃん、すごい!』って絶対に言わせてみせるわ」
「そんなこと言うか!」
野上はいつも通りだった。
しかし、中盤にさしかかり、野上の言葉は現実のものになっていった。いや、俺はまだ何も言っていない。
宣言通り彼女はゲームの操作に慣れていった。NPCに負けないどころか勝てるようになり、順位をどんどん追い上げていった。
「ふふ、ようやくここまで来たわ」
嬉しそうな顔を浮かべる野上の視線の先には緑色の恐竜がこれまた楽しそうに飛び跳ねていた。今回のミニゲームでとうとう野上が勝ったのだ。
「まだ1回だけだ」
「このまま次も勝ってみせるわ」
「俺だって簡単に負けないぞ」
そう野上に言い返しながらも内心俺は焦っていた。この自称姉の成長具合は異常だ。ゲームが進むにつれて腕が上がっていく。これが戦いの最中で成長しているということか。
俺は気を引き締めた。野上の勢いに呑まれてはいけない。
ゲームは終盤に突入する。順位は依然変わらない。けれど、徐々にその差が縮まっていくのを感じる。
「ゲームってこんなに楽しかったのね」
ミニゲームが終わり、野上はそう呟いた。俺が隣に目を向けると満足そうな顔の自称姉がいた。
「本当に野上はゲームをやったことがなかったんだな」
「ええ、そうなの」
「どうしてだ?」
頭の中で浮かんだ疑問が反射的に俺の口から出てきてしまった。口にした瞬間、しまったと思った。
「家が厳しくてね」
野上がどこか力ない笑顔を浮かべていたからだ。その笑顔を見るだけで、こちらの胸が締め付けられる思いがする。
「変なことを聞いて悪かった」
「気にしなくていいわ。今は和哉君とゲームができて楽しいから」
そう言って、野上はこちらに向かって笑いかけた。その顔はいつも通りのものだった。
「それにしても和哉君がこんなにやる気だなんて意外だわ」
「それはまあな」
野上が勝ってしまったら何をお願いされるのか分からないからだ。俺の言葉を聞いて、彼女は笑みを深めた。
「よっぽどお姉ちゃんにお願いしたいことがあるのね」
「え?」
「だって、そのために頑張っているんでしょう?」
俺の反応を野上は不思議そうに見ていた。今更ながら俺は理解した。自分のしていたことの意味を。
俺は野上が勝った時のことばかりを考えていたが、彼女が出した条件は勝者が敗者にお願いをするというものだ。つまり、俺が勝てば野上に1つお願いすることになる。
野上からすれば俺がやる気になっているのはそういう理由だと判断するのは当然だった。そう考えた途端顔が熱く感じる。
「そ、それはいいから続きをやろうぜ」
「ラストスパートね。お互い頑張りましょう」
俺と野上は再びテレビの画面を視線に向けた。しかし、俺の心はゲームに全く集中できなかった。俺が勝った時野上に何をお願いするのか全く考えていなかったからだ。
***
「やったわ!」
リビングに野上の歓喜の声が響いた。彼女は思わずガッツポーズをしていた。全国大会出場を決めたスポーツ選手のようである。
「一時は勝てるか不安だったけど、頑張った甲斐があったわ」
テレビの画面には緑色の恐竜が野上と同じく喜んでいた。俺の操作した某配管工は勝者を称える拍手をしていた。
「……良かったな、おめでとう」
俺はソファに体を沈ませた。敗因はもちろん俺がゲームに集中できなかったからである。
「和哉君、大丈夫かしら?」
野上は俺の顔を心配そうに覗き込んだ。整った顔立ちが俺の目の前にあった。
「だ、大丈夫だ。何ともない」
俺が顔を逸らしてそう答えると、柔らかい感触が額に触れた。視線を戻すと野上の手が俺のおでこに触れていた。
「熱はなさそうね」
「何をやっているんだよ!?」
「風邪がぶり返していないか確かめていたのよ」
「大丈夫だから」
「そのようね」
野上は俺の額から手を離した。そして、改めて俺に向き直る。
「さて和哉君」
「おう」
「ゲーム対決は私が勝ったわ」
野上は胸に手を当てて誇らしそうにしていた。一方の俺は先程とは違う意味でドキドキしていた。
「約束通りお姉ちゃんのお願いを聞いてね」
「分かった。お手柔らかに頼む」
「私のお願いはね」
野上は楽しそうな顔で『お願い』を俺に伝えた。




