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親戚の結婚式に参列したら同い年の姉ができました  作者: 海外空史


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14/21

14 お姉ちゃん思いの弟で嬉しいわ

 澄み切った青空を見上げながら、俺は目的地へと辿り着いた。今俺がいるのは俺が住んでいる街にある水族館だ。

 今日が土曜日だけあって、続々と多くの人が水族館へと吸い込まれるように入っていく。俺はその光景を眺めながら、とある人物を待っていた。


「ん?」

 

 不意に袖を引っ張られる感覚があった。後ろを振り向くと、ベージュ色の髪の女子がいた。

 

「お待たせ、和哉君」

 

 野上は遠足前の小学生のように楽しげな笑みを浮かべていた。漫画だったら、彼女の周りにワクワクと文字が書かれていることだろう。

 

「別に待ってないぞ」

「そうなのね。それじゃあ行きましょう」

 

 野上はなおも俺の袖を掴んでいた。まるで俺を逃さないとでも言っているようだ。いや、単に早く行きたくて仕方がないだけだ。

 

「入り口はこっちみたいだぞ」

「そうみたいね」

 

 俺と野上は歩き出した。土曜日の午前、俺は自称姉の同級生と一緒に水族館に来ていた。

 

 

***

 

 

 水族館の中に入ると、予想以上の人がいた。家族連れや恋人、友達同士と思われるグループの姿も見かける。

 

「何から見る? 和哉君は水族館にいる生き物だったら何が好きかしら?」

「そう言われてもここに来るのは久しぶりなんだよな」

 

 小学生の頃に遠足でこの水族館に来たことがあるが、それ以来足を踏み入れたことはない。

 

「私も久しぶりよ」

「前回来た時は何を見たんだ?」

「そうね。一通りは見て回ったけど」

 

 野上は顎に手を当てて考え込んでいた。どこから見ようか迷っているようだ。

 

「野上の好きなところから見ればいいんじゃないか?」

「私の好きなところ?」

「順路とか気にせず好きに見て回ろうぜ」

 

 俺がそう言うと、野上は明るく笑った。

 

「それもそうね。せっかくだから、和哉君にお姉ちゃんのおすすめを教えてあげる」

「お手柔らかに頼む。というか、ちょっといいか?」

「何かしら?」

「これはどうにかならないか?」

 

 俺はある箇所に視線を注いだ。その先には俺の袖を掴んでいる野上の手があった。今の今までずっとこの状態である。

 

「もう離しても大丈夫だろ?」

「いいえ、そういうわけにもいかないわ」

 

 野上は真剣な顔をしていた。

 

「だって、こうしていないと和哉君がどこかへ行ってしまうでしょう?」

「……俺はそこまで子供じゃないんだが」

 

 小学生の頃ならば好き勝手走り回っていたかもしれないが、流石に高校生になると落ち着きも出てくる。野上の懸念は的外れである。

 

「なら、これならどうかしら?」

 

 野上は俺に向かって手のひらを差し出した。

 

「ほら、手を繋いでちょうだい」

「え?」

 

 自分の耳に届いた言葉が信じられなかった。野上は今何を言ったのか。

 

「手を繋げば逸れなくて済むでしょう?」

 

 野上は至極真面目な顔をしていた。その顔には照れだとか恥ずかしさは一切なかった。ただ姉としての責任感しか感じられない。

 けれど、俺にとっては一大事だ。生まれてこの方女子と手を繋いで歩いたことなんかない。それにその容姿から目を引く野上と手を繋いでいたら周囲から注目されるのは避けられないだろう。

 

「俺の袖を好きなだけ掴んでください」

「そう? 私はどっちでもいいのだけど」

「頼むよ、姉さん」

「ええ! 私はお姉ちゃんだからね!」

 

 野上は満面の笑みで俺の袖を手で掴んだ。この選択が正しいのか分からない。まあ、野上が嬉しそうだからこれでいいのだろう。

 

 

***

 

 

「ほら、和哉君。可愛いわよ」

 

 野上は俺に教えるように指でさした。その指先にはペンギンがいた。今、俺と野上はペンギンの水槽の前に来ていた。

 

「本当だ。ヨチヨチ歩いて可愛いな」

「ふふっ、和哉君も気に入ってくれたようで嬉しいわ」

 

 野上は楽しそうな笑みを浮かべた。水族館で真っ先に向かったのがペンギンだった。ガラスを隔てた向こうには何羽ものペンギンが思い思いの時間を過ごしていた。

 野上はよほどペンギン好きなのかガラスに顔をくっつけそうなほど近づている。

 

「前もペンギンを最初に見たのか?」

「ええ、そうよ。やっぱり何回見ても癒されるわ」

 

 野上はキラキラした目でペンギンと見つめ合っていた。その様子を見て、微笑ましくなっている自分がいることに気づいた。

 

「この子を家に連れて帰りたいわ。和哉君はどう思う?」 

 

 頓珍漢なことを言いながら、野上はこちらを振り向いた。その目はとても真剣だった。

 

「世話とか大変そうだな」

 

 ペンギンを飼うのには準備が要るだろう。住処や食べ物のこともあるし、プールなんてものも必要に違いない。って、何を真剣に考えているんだ、俺は。

 

「確かにそうね。この子が住むところや食べ物、遊ぶところも必要ね。大変だわ」

「……」

「どうかした?」

「そんなに真面目に考えているとは思わなくてな」

 

 俺と全く同じことを考えていたとは言えるわけがない。そんなことを考えていると、野上は明るく笑った。

 

「もちろん冗談よ。ただ聞いてみただけ」

 

 野上はあっけらかんにそう言った。

 

「でも、ペンギンが好きなのは本当よ」

「それは疑ってないぞ」

 

 野上の様子を見ていれば、とてもよく分かる。彼女は本当に楽しい時は子供のように笑う。

 

「次に行きましょうか」

 

 野上はペンギンの水槽に背を向けて歩き出した。こうでもしないといつまでもここにいてしまうと物語っていた。

 

 

***

 

 

 俺の眼前で透明な物体が漂っている。それは楽しそうにも見えるし、義務感で動いているようにも見える不思議な動作だった。

 

「見ていて飽きないわね」

 

 隣にいる野上はこちらを向いてそう言った。またしても彼女と意見が一致してしまった。

 

「こいつらは何を食べているんだろうな」

 

 俺は恥ずかしさを逸らすように目の前の水槽で漂っているクラゲを見つめていた。

 今、俺と野上がいるのはクラゲの水槽だ。ここの水族館はクラゲに力を入れているらしく、俺たちがいる水槽の他にもクラゲの水槽が多くあった。

 

「この子だけすごい動いているわ」

「本当だ。やる気満々だな」

 

 野上が指差したのは他のやつよりも小さめのクラゲだった。そいつは水槽の上を目指して、ぐんぐんと上昇していく。

 

「頑張りなさい、もうすぐよ」

 

 何故か野上はそのクラゲを応援していた。彼女とクラゲを眺めて、俺は微笑ましい気持ちになった。

 やがてクラゲは水槽の頂上に到達した。だが、当然水槽から出られるはずもない。そのクラゲは満足したのか今度はゆっくりと水槽の底に沈んでいった。

 

「よく頑張ったわね。和哉君もそう思うでしょ?」

「ああ、そうだな。まさかクラゲを応援するなんて思わなかったぞ」

 

 俺の言葉に野上は誇らしげに胸を張った。

 

「頑張っている子を見ると、応援したくなるのよ。この子だったり、和哉君だったりね」

「俺はこいつと同じ並びか……」

 

 水槽にいる先程野上の応援を受けたクラゲを見つめる。まさか海の生き物と並び立てられる日が来るとは思わなかった。

 

「大体俺がいつ頑張ったんだ? 自分で言うのもなんだけど、そんな覚えはないぞ」

「私と買い物に行ったり、男の人から守ってくれたり、料理を覚えようとしてくれたり、色々あるわ」

 

 間髪入れずに野上はスラスラと語る。その得意気な顔を向けられると、頭の上から爪の先まで恥ずかしさを感じてしまう。

 

「それに今日だって私に付き合ってくれたじゃない?」

 

 野上は子供のように無邪気に笑った。

 

「お姉ちゃん思いの弟で嬉しいわ」

「まあ、姉さんのお願いなら聞かないとな」

 

 俺の言ったことが聞こえたのか野上はますます嬉しそうな顔をした。

 今日野上と水族館に来ているのは先日風邪の一件からだ。あの日看病してくれた野上に報いたいと何かできることがあるかと俺が尋ねたのだった。そして、彼女が希望したのが俺と水族館に行きたいというものだった。

 

「それにしても俺で良かったのか? 友達と行った方が楽しいじゃないか?」

 

 野上が水族館に行きたいと言えば、学校中の女子や男子が集まってくるだろう。気の合う友達だっているはずだ。

 

「でも、私は和哉君と行きたかったのよ」

 

 野上は優しい笑顔を浮かべていた。聞いているこちらが恥ずかしく感じてしまうほど真っ直ぐな気持ちだ。

 

「ほら、私たちが今の関係(姉弟)になってまだ日が浅いじゃない?」

「それはそうなんだけど、誤解を招く言い方はやめろ」

「だから、今日はお互いの好きなものを共有したいと思ったの」

 

 野上の行動に腑に落ちた。通りで俺に見せようとしていたはずだ。

 

「次は和哉君の好きなものを見に行きましょう」

「それなら俺はこのクラゲが好きだよ」

 

 俺は目の前を漂うクラゲを指差した。その言葉に嘘はなかった。今こうして思い出したことだが、昔この水族館に来た時は、クラゲを一番長く見ていた。

 

「このフワフワと浮かんでいるだが泳いでいるんだがよく分からないけど、不思議なところに惹かれる」

「ふむ、なるほど。和哉君はこういう子が好きなのね」

「だから、誤解を招くことを言うなよ」

 

 俺は姉を名乗る同級生の勘違いを訂正する。不思議ちゃんがタイプではない。

 

「それにこの姿形も独特だろ?」

 

 透明な傘にそこから伸びる何本もの細長い足。どうやって生まれて成長してこの形になるのか。どうやって食べ物を食べているのか。興味をそそられる形をしている。手芸で作るにはどうすればいいのだろうか。思わずそんなことを考えてしまう。

 

「そうね。他の生き物にはいないわね」

「そうなんだよ。これを作るには、っ!」

 

 俺は手で口を塞いだ。そうしないとそのまま口から飛び出していたからだ。俺の趣味のことが、家族以外誰にも言えない俺の秘密が。

 

「どうしたの?」

 

 俺の様子を見て、野上は怪訝な顔を浮かべた。急に俺が自分の口を塞いだのだ。我ながら不審極まりない。

 

「えーと、神様はどうやってこの形を作ったのかなって考えてさ」

 

 俺は必死に頭を回転させてなんとか言葉を引き出した。内心心臓がドキドキしていた。

 

「ふふっ、和哉君もそんなことを考えてるのね」

 

 俺の誤魔化しを聞いて、野上は小さい子供を見るような目をしていた。彼女の中の俺はどうなっているだろうか。

 

「それじゃあ、別のところも見ましょう」

 

 野上は俺の袖を引っ張っていく。それにつられて、俺もクラゲの水槽から離れていく。

 俺は誤魔化しが成功したことにホッとしていた。と同時に野上に対して口を滑らそうとした自分を不思議に思った。

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