11 お姉ちゃんが一肌脱いであげるわ
「やっほー、学! 来たよ!」
昼休みに入って数秒経っただろうか。突然クラスの教室に1人の女子が入ってきた。
ボブカットで人懐こい笑みを浮かべた彼女は俺に、ではなく、俺の前の席にいる学に向かって手を振っていた。彼女の名前は西村沙優。学の彼女である。
西村は俺たちの近くまで歩いてきた。
「おっ、沙優か。どうした?」
「たまには学と一緒に昼ごはん食べたくてね。いいかな?」
「良いに決まっているだろ!」
普段よりもかなりテンションが高い学は西村を快く出迎えた。
「ありがとう、学! えーと、じゃあ、この椅子を借りちゃおうっと!」
西村は近くにあった誰も座っていない椅子を見つけると、学の机のそばに置いた。そして、その椅子に腰掛けた。
「ごめんね、菅田。お邪魔します」
「別に気にしなくていいぞ。というより、お邪魔なのはむしろ俺じゃないか?」
学と西村はかなり仲が良い恋人同士だ。そんな2人と一緒に食べると俺が邪魔者の様に感じる。
「大丈夫だよ。菅田にも聞いて欲しい話があるからさ」
「そうなのか。学はいいのか?」
俺は友人に目を向けると、学は爽やかに笑った。
「沙優がこう言っているなら俺もいいさ」
相変わらず彼女に甘い奴だ。2人がこう言っているなら、わざわざ移動しなくてもいいだろう。
「ねえねえ、学。今日のお弁当は美味しい?」
「沙優の作る弁当はいつも美味しいよ」
「ふふっ、そう言ってくれて嬉しいな」
「なあ、やっぱり俺はお邪魔か?」
俺を他所にいちゃついているカップルに疑いの目を向ける。俺の視線を受けて、西村はしまったという顔をしていた。
「ごめんごめん、学校で学と一緒にご飯を食べるのは久しぶりだから、つい」
「おい」
「沙優もこう言っているんだ。許してくれないか?」
「……分かったから、早く本題に入ってくれ」
これ以上何か言ったらこちらがダメージを受けそうなので、俺は早々に話題を変えた。
「そうそう。2人に聞きたかったんだけどね」
西村は学と俺を見つめた。いや、視線の9割ぐらいは学で占めているに違いない。
「樹がもうすぐ誕生日なんだよ」
「樹?」
「沙優の弟だよ。中学2年生だ」
聞き慣れない名前に疑問符を浮かんでいた俺に学は補足してくれた。
「西村に弟がいたのか」
「うん、そうだよ。菅田に言ってなかった?」
「いや、初耳だ」
「そっか。じゃあ、これを機に覚えておいてね」
そう言って、西村は俺に向けて親指を上げた。どういう意味を含んだポーズなのか聞きたかったが、話が長くなりそうなのでやめておいた。
「それで誕生日を迎える樹がどうかしたのか?」
話が脱線しそうになったことを察したらしい学が西村に問いかけた。
「あっ、そうそう! 樹に誕生日プレゼントは何をあげればいいか2人に相談したかったの」
西村は両手を机に載せて、椅子から立ち上がった。
「毎年プレゼントを贈っているのか」
「そうだよ! 私は弟思いのお姉ちゃんだからね!」
「流石沙優だ。良いお姉ちゃんだな」
「ふふっ、ありがとう、学」
イチャつく2人を他所に俺は西村の言葉に既視感を覚えていた。何だろう、この感じはどこかで見覚えがあるような。
「あっ」
「どうした?」
不意に声を上げた俺を学は訝しげに見ていた。西村も不思議そうな顔を浮かべている。
「……何でもないぞ」
「えー、気になるじゃん。何かあった?」
「だから、何もないってば」
西村の追及を俺は必死にかわした。先程の西村の言葉を聞いて、別の女子が頭の中で過ったことなんて絶対に言えるわけがなかった。
「まあまあ、沙優。誕生日プレゼントのことだろ?」
「あっ、そうだったね」
彼氏の取りなしに西村は再び椅子に腰掛けた。
「それで2人に聞きたいんだけど、プレゼントは何を贈ればいいのかな?」
「去年は何を贈ったんだ?」
俺の問いかけに西村は明後日の方向を向いた。
「その反応は何だよ?」
「えーとね、何と言いますか」
西村の返事は歯切れ悪いものだ。一方、彼氏の学は「あー」とどこか納得したような声を上げていた。
「去年、沙優はぬいぐるみを贈ったんだよ」
「ちょっと、学!? 言わないでよ!?」
勝手に答えた学に対して西村は焦った顔を向けた。
「ぬいぐるみはないだろ」
西村の弟は中学生だと聞いている。男子中学生にぬいぐるみをあげて喜ぶやつは中々いないだろう。
「だって、ポ〇モンだよ! 樹もよくゲームやっているし、気にいるかなって思って!」
「それで、樹から何て言われたんだっけ?」
学が問いかけると、西村は口を尖らせた。
「えーと、『来年はもう少し良いものをちょうだい』って」
「まあ、そうだろうな」
俺だって野上からぬいぐるみをもらっても困惑するしかない。って、どこから野上が出てきた。
「それで中学生の男子が喜ぶようなプレゼントを2人に考えて欲しかったんだよ」
「西村が好きに決めればいいんじゃないか?」
「そうすると、また去年の二の舞になるかもしれないじゃん。やっぱりお姉ちゃんとして尊敬されたいんだよ」
西村は拳を握りしめてそう主張した。野上といい姉という生き物は弟から尊敬されたいらしい。
そんなことを考えていると、俺の肩に手が置かれた。横を振り向くと、学が爽やかな笑みを浮かべていた。
「そういうことか。それなら俺と和哉に任せておけ」
「おい、俺を巻き込むな」
「必ず樹が喜ぶようなプレゼントを選んでみせる」
「まだやるとは言ってないんだけど」
「ありがとう、2人とも! 頼りにしてるね!」
「あれ? 俺の声が聞こえてないのか!?」
その後、バカっプルに押された俺は、西村の弟へ贈るプレゼント選びに付き合うことになった。
***
不本意な約束を交わしてしまった日の夜、俺は部屋で趣味の手芸をしていた。手芸に没頭できる。とても幸せな時間だ。俺を巻き込む姉を名乗る同級生や友人たちのことを忘れてしまうほどだ。
不意にスマホから着信音が鳴った。その音で俺は現実に引き戻される。
スマホの画面を見ると、発信者の名前が表示されていた。一瞬逡巡した後、俺はスマホを手に取った。
『もしもし、和哉君、今は大丈夫かしら?』
「野上か? こんな時間にどうした?」
電話の相手は野上だった。今まで彼女からこうして電話がかかってきたことはない。
『少し聞きたいことがあるのだけれど』
「聞きたいこと?」
野上のどこか遠慮がちな声色からますます俺の警戒は強くなった。
『今日のお昼休みに話していた人はどなたかしら?』
「え?」
『ほら、貴方や田口君と話していた女の子のことよ』
野上の言葉を聞いて、俺の頭にボブカットの女子の顔が浮かんだ。
「あいつは隣のクラスの西村だ」
『そう、そうなのね』
野上の声は険しさを増していく。一体彼女は何が目的で俺に電話してきたのだろうか。
『ねえ、和哉君』
「どうした?」
『つかぬことを聞くのだけれど』
「お、おう?」
『彼女は貴方とどういう関係かしら?』
「は?」
電話から聞こえてくる内容が理解できなかった。いや、聞き取れなかったわけではない。むしろちゃんと聞こえたからこそ理解できなかった。
「お前は何を言っているんだ?」
『その、言いにくいのだけれど、和哉君はあまり女の子と話さないじゃない』
「急に刺してくるな。びっくりするだろ」
『けれど、今日教室で見かけた子と楽しそうに話していたわよ。だから、てっきり貴方が気になる子なのだと思ってね』
「そういうことか」
野上の言っていることがようやく理解できた。彼女の言う通り、俺はそこまで女子と会話することはない。そんな俺が見知らぬ女子と話しているのを見て、野上は変な邪推をしてしまったのだろう。
「西村とはただの友達だ。大体あいつは学の彼女だ」
『そう。田口君の彼女なのね』
そう納得しつつも、野上の声はどこか元気がなかった。
「どうした? 何かあったのか?」
『え?』
「なんか元気がなさそうだったからさ」
俺の言葉に野上からの返答はなかった。あれ、変なことを言ってしまったのだろうか。
『何でもないわ』
「そうか」
『もし、和哉君が西村さんのことを気になっているのなら、お姉ちゃんが一肌脱いであげるわと張り切っていたなんて少しも考えてないわ』
「だから、全部言っているじゃねえか!」
どうやら野上の中では俺と西村をくっつける気満々でいたらしい。そんなことをすれば学が何をするか分かったものではない。
「もう一度言うけど、西村とは何もないからな。友達の彼女を取ろうとするほど俺は愚かじゃない」
『そうね。私もそんな弟に育てた覚えはないわ』
「俺はお前に育てられた覚えはないけどな」
野上の頭の中だけに存在している記憶にツッコミを入れる。
『それなら、昼休みは何の話をしていたのかしら?』
「ああ。それはだな」
俺は野上に今日の昼休みのことを説明した。
「ということだ。まあ、相談された以上力になるよう頑張るつもりだ」
『私も一緒に行っていいかしら?』
「え?」
野上の言葉に俺は今日1番驚いた。
「どうしてだよ?」
『西村さんは弟さんに贈るプレゼントを買う予定でしょ?』
「まあ、そうだけど、それがどうした?」
それと野上が行きたいと思うことが俺の中でつながらない。
『姉である彼女が弟さんにどういうプレゼントを贈るのか、同じ姉として興味があるわ』
「そういう理由か」
一体どんな理由があると身構えていたが、蓋を開けてみれば相変わらずの野上だった。
「いや、ダメだ」
『どうして?』
「考えてみろよ。野上と西村は面識がないだろ。どうやって、説明するつもりだよ」
西村からしたら話したことがない野上が何故かいる。不自然極まりない状況だ。
『弟の買い物についてきましたと言うわ』
「却下だ。俺との関係は学校のやつらには秘密にする約束だろ」
西村と学にバレたら問い詰められるに違いない。それだけは避けたかった。
『分かったわ。私は遠慮しとく』
「分かってくれたか」
野上が聞き入れたくれたようで、俺は胸を撫で下ろした。
『ただ1つだけいいかしら』
「何だよ?」
『西村さんが何を買ったのか後で教えてくれない?』
「どれだけ知りたいんだよ!?」
その後、話し合いの結果、買い物の報告を野上にすることになった。




