1 今日から私がお姉ちゃんね
真冬にしては暖かい日差しが降り注ぐ日曜日、俺、菅田和哉 は高校1年生で生まれて初めての結婚式に参列した。この度めでたく結ばれた新郎新婦の内、新郎が俺の親戚らしい。
『らしい』と曖昧な言い方をしているのは俺が新郎である英作さんのことを全く知らないからだ。
俺の両親曰く俺が子供の頃よく英作さんに遊んでもらっていたという。しかし、当の俺はそんな子供の時のことなんて全然覚えておらず、俺にとって英作さんは他人も同然だった。
今、俺は新郎新婦の親族が使用する控室にいた。控室はここで式を挙げれば十分だろうと思えるほど広く、室内にはテーブルや椅子がいくつも並べられていた。
俺は壁際に置いてある椅子に腰掛け、スマホで電子書籍を読んでいた。休日だというのに学校の制服を着ていることがどこか非日常だと感じさせる。
ちなみに、両親は親戚の人とお喋りに夢中である。
「あれ? 菅田君?」
不意に声をかけられ、俺はスマホから顔を上げた。俺の正面にはセーラー服を着た女子がいた。彼女は大人びて整った顔立ちで、明るいベージュの髪を肩まで伸ばしている。
彼女の名前は野上結梨。俺のクラスメイトだ。
「野上か? どうしてここに?」
「それは私のセリフよ。隣に座ってもいい?」
「ああ、いいぞ」
野上は俺の隣にある椅子に腰掛けた。彼女は手で髪を耳にかきあげ、軽く息を吐いた。
野上はその容姿とクールな性格が相まってクラスの女子の中心人物だ。男子からも人気もあり、学校の先輩から告白されたことがあると友達から聞いたことがある。
「もしかして、菅田君も親戚なの?」
「ああ、そうだよ。英作さんが親戚だ」
「私もよ。静香姉さんが親戚なの」
野上が口にした静香さんとは英作さんの奥さんになる人だ。
「菅田君は英作さんの親戚だったのね。知らなかったわ」
「ああ。そうらしい」
「"らしい"って他人事みたいに言うのね」
俺の言葉に野上は呆れた表情を浮かべていた。
「しょうがないだろ。俺は小さい頃に遊んでもらっただけなんだよ」
「ああ、それならしょうがないわね」
野上は納得したようだ。こうして何気なく会話をしているが、彼女とはそれほど親しくはない。同じクラスになって長い時間が経つが、何か用事がない限り野上とは話したことがなかった。
「さっき、静香姉さんと会って話したけれど幸せそうだったわ」
そう言った野上の声は幸せを願っているような声色だった。俺と違って、彼女は新婦と仲が良いようだ。
「私もいつかああなりたいわ」
野上は羨望の眼差しでどこか遠くを見つめていた。学校で見せる冷静な姿と違って見えて、俺は思わず彼女の横顔を見つめてしまった。
やがて視線に気付いたのか野上は俺の方を向いた。
「どうかしたかしら?」
「な、何でもないぞ」
見つめてしまったことを正直に言えず、俺はそっぽ向いた。そんな俺の素っ気なさに何か感じ取ったのか野上はああと納得したような声を出した。
「もしかして意外に思っているの?」
「え?」
「ほら、私が女の子っぽいことに憧れを持っているなんて想像つかないでしょう?」
野上は髪を弄りながらそう言った。学校での彼女は落ち着き払っていて、大人びて見える。そのことを野上は気にしているのだろうか。
「別にそんなことはないと思うぞ」
「え?」
俺の言葉に野上が目を見開いた。
「好きなものなんて人それぞれだ。俺は気にしないよ」
俺がそう答えると、野上は考え込むような顔をした。何を考えているのだろうと思っていると、彼女は顔を上げた。その顔は学校でよく見かける表情に戻っていた。
「今のところ結婚をする予定はないけど、結婚式ってどういうものか興味はあるわ」
「そうなのか。俺は特に興味ないな」
「菅田君はそうかもしれないわね。でもね、結婚するということは」
野上が何かを言いかけたその時だった。
「親族の皆様、準備が整いましたので、会場までご移動をお願いいたします」
控室の入り口からスーツ姿の女性が現れた。どうやらこの結婚式場のスタッフのようだ。
「時間みたいね。じゃあね、菅田君」
「ああ」
野上は椅子から立ち上がり、俺から離れていった。俺も椅子から立って、両親の元へと歩き出した。
***
結婚式はつつがなく終わりを迎えた。英作さんや周りの人は盛り上がる中で、申し訳ないが俺はただ結婚式とはこういうものかという感想を抱くだけだった。
式は無事に終わり、新郎新婦は友人達に囲まれていた。恐らくそのまま二次会へと向かうのだろう。
俺の家族はそのまま帰宅する予定だったが、生憎両親はまたしても親戚とのお喋りに夢中だ。俺は式場のロビーにあるソファに座り、スマホをいじっていた。
「座っていい?」
聞き覚えのある声のした方を向くと、野上がいた。
「いいぞ」
俺はソファの端の方に寄り、野上が座れるスペースを空けた。ソファは大人二人が座れるぐらいの幅だった。
「菅田君はお疲れのようね」
「座りっぱなしで疲れたんだよ」
結婚式は、様々な演目があった。初めての夫婦の共同作業と言われるケーキ入刀や新郎新婦の友人たちによる余興、花嫁が音読する両親に宛てた手紙等があった。
大事な式のため眠るわけにもいかず、ずっと肩肘を張っていたため、疲れてしまった。
「私は来てよかったと思うわ。結婚式ってこういうものかと参考になったもの」
そう言って、野上は嬉しそうに笑った。満足したようで何よりである。
「ねえ、菅田君」
「どうした?」
俺が問いかけると、野上は視線を彷徨わせていた。何故か続き言葉を言おうとしない。
「野上?」
「えっと、ちょっと待っててちょうだい」
野上は何やら深呼吸をしていた。学校での彼女は大人びて落ち着いていたから、今の姿は珍しく思えた。
「菅田君の誕生日はいつかしら?」
突然野上からそんなことを尋ねられた。
「急に何だよ? 占いでも始めるつもりか?」
「いいえ、違うわ。とても重要なことよ」
野上は俺の方へと体を寄せた。彼女の顔が至近距離にあった。ドラマに出演する女優のように綺麗な野上に見つめられて、俺の胸は高鳴った。
「さ、3月6日生まれだ」
俺は顔を逸らしてそう答えた。あのまま野上と見つめ合っていると俺の心臓が持たなかったからだ。
「そうなのね!」
野上から今まで聞いたことがないほどの明るく弾んだ声がした。視線を戻すと、目を輝かせた彼女と目が合った。その目は宝物を見つけた子供のようだった。
「それじゃあ、今日から私がお姉ちゃんね」
「は?」
彼女の放った素っ頓狂な言葉に俺は今日一番困惑した。
「何を言っているんだ?」
「だって、そうでしょう?」
野上は俺のことを出来が悪い生徒を見るような目で見ていた。
「私の親戚の静香姉さんと菅田君の親戚の英作さんが結婚したでしょ。つまり、私と貴方は親戚になったわけじゃない」
確かに英作さんたちの結婚によって、俺と野上の間に親戚という繋がりが生まれた。恐らく遠い親戚になるけど。
「そうだな。けど、それがどうした?」
「ほら、年上の親戚って、〇〇お兄さんとか〇〇お姉さんと呼ぶものでしょ?」
「いや、それは人それぞれじゃないか」
俺の言葉に「私のところはそうなの」と野上は言い張った。今日初めて知ったが、彼女はとても頑固なところがあるようだ。
「私たち2人は親戚で、それで、菅田君は3月生まれ。そして、私は12月6日生まれ。つまり、私の方が早くに生まれたから、私がお姉さんっていうことなの」
野上は胸に手を当てて得意気な顔をしていた。
「けど、俺たちは同い年だぞ?」
「同い年だろうと、私の方が早く生まれたのよ。お姉さんに決まりじゃない」
何のどの決まりか知らないが、野上の中では決定事項のようだ。俺はというとまだこの異常事態を飲み込めていなかった。
彼女は手を伸ばして、困惑している俺の肩に手を置いた。
「これからよろしくね、菅田君」
そう言って、彼女は俺に向かって笑いかけた。その笑顔は子供のように無邪気だった。もしかして、今の笑顔が野上の素だろうか。そんなことを不意に考えてしまった。
「試しに私のことを『お姉ちゃん』って呼んでみて」
「それは嫌だ」
こうして、この日、高校生の俺に同い年の姉ができた。




