ティル・ナ・ノーグ
「人骨が見つかったのは、カヤ・キシュの中心部
テーブル状岩盤の下の砂の中でした」
「カヤ・キシュ?」「しかし・・・・・・・」
「そうです、ここからカヤ・キシュまでは相当な距離があります」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「骨の傍らからは繊維片が多数見つかりました
彼女がただ一つ身に着けていた草の繊維で編んだ袋だと思います
ウスカバニの草の繊維でした、問題はそのDNA型です
4種類もありました、それらを持つウスカバニの草は
異なる地域にそれぞれ分布するものです
なぜ其の袋には複数の地域のウスカバニの草が使われていたのか?
最初にその袋が作られたときに
複数の地域の其れが使われていたはずはありません
ご存じのように其の草はハスナ・グナの何処にでも
いくらでも生えています、わざわざ他地域から入手する必要性はありません
考えられる事は一つしかありません
その袋はそれぞれの地域で破損し其の度に修理されたのです
簡素な道具・・・恐らくは手で結びなおされたのだと思います
見つかったDNA型は次のようなものです
一つはR-43Dと呼ばれるグループで
ハラフ全域からエリダニ全域まで分布しています
もう一つはR-41Cと呼ばれるグループで
エフィメラからハラフ東部まで分布しています
さらにもう一つはR-12Bと呼ばれるグループで
ホロ・レベシュ大湿原から当時はカラ・カリアまで
分布していたと考えられています
最後はR-14Bと呼ばれるグループで
ウカラ・クシュ山系に分布していました
これらから彼女の移動経路が分かります
そして移動手段は当時は一つしかありません
彼女は、歩いたのです
ここからカヤ・キシュまで歩いたのです
骨からは生前の栄養状態が分かります、彼女は飢えてはいませんでした
骨の傍らからはもう一つ、N18371
いわゆるアコークルの実が見つかりました
袋の中身だと思われます
当時、ハスナ・グナにはまだアコークルの実が残存していました
と言っても一部の地域、つまりウカラ・クシュ山系の周辺の森です
見つかったアコークルの実は明らかに人工的な保存処理
つまり天日に干されていました
この事は彼女の移動が計画的なものであった事を示しています
恐らく彼女は東を目指していたのだと思います
デシェ・ロンを渡り、エフィメラの森林を潜り抜け、ターロス山脈を踏破し
ホロ・レベシュ大湿原を通り抜け、ウカラ・クシュ山脈を突破し
カヤ・キシュを超えて・・・・・・・・・・
その向こうの、ハルナ大平原の向こうのイティ・ラシュ海の向こうの
暑くもなく寒くもなく山の神の怒りも無く、木々には大きな麦が実り
いくら食べても尽きることは無く、パナケイアの薬は如何なる病をも治し
木々と花々の精霊は惑う者を助け、人々は大きな伝書蜂に乗って空を飛び
年を取る事も無く離れ離れになる事も無く永遠の生を生き
そして、母と息子の待つ、ティル・ナ・ノーグへ




