彼女の物語
彼女は南から来ました、他の人々と明らかに異なる姿をしておりました
そして鮮やかなオレンジ色の花を髪に差していた事を私はよく覚えています
もう一人、小柄な女性が半歩ほど先を歩いていました、同じ肌の色をして
皴は深くあり年を取っている様子でありました
まず間違いなく彼女の母親であったのだと思います
彼女は忙しなく頭を巡らせ周囲を見回す様子でした
右に行き左に行き、道を外れまた戻り、また左へと
その度に其のオレンジの花も左右に揺らめき移ろうのでした
母親は彼女に何度も声をかけ何度も手を引いて歩いてきました
恐らく、軽度の知的障害があったのだと思います
この辺りの人々は彼女と母親を歓迎してはいないようでした
かつて、この地は穏やかで暖かい集落であったのですが
カラ・カリア山が断続的に噴火を始め、噴き上がる煤煙によって
作物の実りが悪くなり、食糧事情が悪化するにしたがって
治安は急速に悪化していきました、誰もが他人を警戒するようになりました
そして、人が増えると言う事は食い扶持が増えると言う事でもありました
彼女たちは食べ物を作る技術を持っていませんでした
その代わり母親は希少なネメト石の針と織物を作る技術を持っていました
それはそれで貴重な物でありましたから
人々は彼女たちを追い出す事はしませんでした
彼女たちはエネムの草と落ち葉とで粗末な家を建てました
母親は織物をして其れを売り、ヌグル豆やハスク芋を買いました
彼女はウスカバニの草とアオグリの樹脂で作った背負い袋で水を運び
落ち葉の切れ端を集めて火を起こしました
そのようにして彼女たちは暮らしました
2度、夏が過ぎた頃の事です、母親に異変が起きました
息が上がる様子が見られ、肌に青い斑点が表れ始めました
イドビル病であったのだと思います
かなり進行していました、母親は其れを隠しました
腕に布を巻き付けて、まだ顔に斑点は出ていませんでしたから
彼女に対しては隠せていたと思います
それから母親は、彼女に織物の作り方を教え始めました
道具の前に座らせて後ろから手を伸ばして手本を見せて
それから彼女の手を取ってまねさせて一つ一つの事を教えていくのです
彼女は嫌がりました、それはとても難しい事でしたから
母親は彼女を叱りつけて、何度も叱りつけて
テイイの草の繊維の取り出し方を針への通し方を
ルバの草の汁での色の出し方を繊維への沁み込ませ方を
繰り返し繰り返し教えました
彼女は逃げ出しました、母親は彼女を追いかけて、捕まえて
抑え込むようにして織物の作り方を教えました
彼女は泣きだしました、母親は彼女をなだめて、叱りつけて
織物の作り方を教えました
そのような事は、何度も何度も繰り返されました
そして、やがて彼女は母親の織物の一部を編むようになっていました
恐ろしい事が起きたのは秋の中ごろの事です
彼女たちの粗末な家で大きな音がしていました
数人の男が彼女を暴行していたのです
母親が駆けつけて必死に止めようとしました
男が母親を突き飛ばしました
やがて夜が来ると男たちは逃げていきました
母親は藪の中からようやくに身を起こし
体を引きずるようにして彼女の元にいきました
彼女はただ、泣き叫んでいました
何日も何日も泣き叫んでいました
彼女たちには他にどうする事も出来ませんでした
母親が倒れました、青い斑点が全身に広がっていました
この頃には起き上がる事も難しくなっていました
母親は彼女に寄りかかるようにして
織物の売り方や売る相手の見定め方を何度も何度も言い聞かせました
それから、不思議な話をしたのです
それは此の地に古くから伝わる、ティル・ナ・ノーグ、楽園の伝承です
東の東の果てのハルナ平原の果ての
イティ・ラシュ海の向こうにティル・ナ・ノーグはある
そこは暑くもなく寒くもなく山の神の怒りも無い、木々には大きな麦が実り
いくら食べても尽きることは無く、パナケイアの低木は赤い花を咲かせ
それを煎じて飲めばどんな病もたちどころに治る
木々や花々の精霊は人々を助け
大きな伝書蜂は人々を乗せて舞い上がりどこまでも運ぶ
生を卒えた者は皆ティル・ナ・ノーグの人になる
死と共に別れた親しい者たちは皆ティル・ナ・ノーグに生きている
年を取る事も無く、離れ離れになる事も無く永遠の生を生き続ける
母親はその話を何度も何度も繰り返しました
その時だけは、彼女は目を輝かせて話を聞いておりました
そのうちに、母親はほとんど動かなくなりました
彼女は其の体を拭き、水を飲ませヌグル豆を砕いて与え
落ち葉を被せて体を温め、何度も姿勢を変え、落ち葉の切れ端で便を拭きました
1月ほど経った頃でしょうか、集落の人々が其の住まいに
押しかけて来ました、恐らく強い臭いがあったのだと思います
母親は腐りかけていました
人々は母親を運び出し、土の中に埋めました
彼女は止めようとしていました、母親に縋りついていました
人々の力に抗っていました、泣き叫んでいました
彼女も”死”は理解していたと思います
母親が埋められてからは、小さく座り、冷たく泣くばかりでありました
それでも、お腹は空くものだと思います
彼女は母親の残したもので食いつなぎながら
やがて、織物を作り始めたのです
粗末な家の粗末な床で其れだけは場違いな高価な針と道具を用い
幾月も織物を作り続けました
その生活に堪えるだけのものを母親は残していました
そのうちに彼女の体に変化が起こり始めました
お腹が大きくなっていったのです
彼女はひどく戸惑っていました、しかし、恐らくは集落の他の人々を見て
その意味を知ったようです
出産は孤独なものでありました、家で一人であったのです
当時の周産期の死亡率は極めて高いものでありましたが
幸いにも、彼女は幸運に恵まれました
どのような問題も起きなかったのです
暫くして産声があがり、明け方には
彼女は自分の子を抱きかかえる事が出来ました、男の子でした
彼女の生活は更に忙しくなりました、水を汲み、火を起こし
豆を煮て、赤ん坊の世話をしました
そして直ぐに織物を作り始めました、貯えが少なくなっていたのです
赤ん坊をあやし、織物を作り
落ち葉の切れ端で赤ん坊の便を拭き、織物を作りました
それは冬の日の明け方の大地の彼方より日が顕れ空が最大に明るくなる頃です
彼女は其の織物の両の端を持ち日の光にかざしました
最初の作でありました、南の方のスクメンガルの様式の其れは
淡く日の光を通し風に薄く揺らめているのです
中央に伝書蜂の図像がありました、当時このあたりにはまだ
伝書蜂が生息していました、空を飛ぶものは彼らだけですから
人々は伝書蜂を神聖なものとして崇拝しておりました
その図像はルバの草の其のただ一種類の染料の濃淡を用いて
染め上げられた其れは羽を広げ今にも動き出さんばかりでありました
スクメンガルの織物は見事なものです、そして丈夫なものです
何百年でも、もしかしたら何千年でも持つものです
それは高く売れました、北の部族の人々が買い取ったのです
彼女は母親の言いつけをよく守りました
他の人々に安く売る事をしなかったのです
彼女は沢山のヌグル豆とハスク芋、そして麦を幾つも買う事が出来ました
栄養のあるそれを食べることが出来ました
干した草を引いた上に割座で座り、背筋を伸ばして両の手で麦を持ち
もぐもぐと食べていた光景を覚えています
満ち足りた表情をしていました
それは短く小さな幸福でありました
また1月ほど経った頃、赤ん坊が泣かなくなりました
体が赤くなりました、恐らく熱も出ていたと思います、コウゾ熱でした
彼女は集落の人々に助けを求めました
誰も彼女とその息子を助けようとはしませんでした
それが治るはずのない病である事を知っていたのです
一人の、ひどく痩せこけた女が彼女に近づきました
そして、パナケイアの花の煎じ薬を売りました
どのような病も治るのだと言いました
それは、大変に高価なものでした
彼女は全ての財産を女に渡しました
希少なネメトの針と他の道具も売り払って其の薬を求めました
その赤い粉末を赤ん坊の口に含ませました
次の日も、また次の日も赤ん坊の口に含ませました
赤ん坊の体はますます熱くなり、痩せこけていきました
それはレゲマの石の粉で色を付けただけの
トオウルンの実の粉でありましたから、効くはずもありませんでした
赤ん坊は死にました、暫く、彼女は赤ん坊を、息子を抱きかかえていました
やがて日が上がり、また落ちました、彼女は母親の隣に息子を埋めました
彼女はウスカバニの草の繊維で編んだ袋に顔を向けていました
ヌグル豆の破片が底にわずかにありました
それが彼女の元に残った物の全てでした
瞳は何も見ていませんでした
彼女は集落の側を行ったり来たりしました
それから、北の方へ歩いて行きました、それから南の方へ歩いて行きました
南の林を彷徨うように右に行き左に行き
やがて、林の奥へと消えていきました
それが、私が最後に見た彼女の姿でありました。




