第1章第17話「海越えの号砲 ― 函館から釜山へ ―」
夜の函館港。霧が海面を這うように漂い、フェリーの汽笛が遠く響く。
金沢での“幻影アート推理”を突破した挑戦者たちは、次なる目的地として“アジアブロック予選”のゲートへ向かっていた。
大型フェリー「ブルーホライズン号」には、300名ほどの生き残りが乗船している。
その中に、静かに夜景を見つめる影があった――神原翔だ。
「理屈で勝てると思っていたけど、金沢での“消失”は説明がつかない」
彼は航跡を眺めながら呟く。隣にいた葉山玲奈は、風に髪をなびかせながら笑った。
「理屈やあらへん、あれは“心の座標”を試されたんや。見えんもんを信じられるか、ってね」
一方、デッキの反対側では岩永蓮と桐谷美羽がライブ配信をしていた。
「見てくれよ、この星空! 次は海越えや!」「うち、フェリーでアジア行くとか初めて!」
テンション高い二人の周りに、自然と観客が集まり笑い声が広がる。
だがその背後、薄暗い甲板の影に“誰か”が立っていた。
「……おかしいな。乗船名簿にない人影が、もう三つも確認されてる」
御影慎がタブレットを操作しながら呟く。日比野結衣が隣で覗き込む。
「まさかまた召喚者? それともゴースト推理のフェーズがもう始まってる?」
「運営は何も発表していない。つまり、これは“自然発生”だ」
その頃、客室の一角では唐沢陽介と千堂葵がルーレットカードを引いていた。
「おっしゃ、出た!“人生アクション:他人の選択をコピー”!」
「また厄介なの引いたわね……あんた、コピーするなら慎重に選びなさいよ」
「へいへい、人生なんて運の積み木っすよ」
フェリーが津軽海峡を抜けるころ、船内放送が響いた。
《挑戦者の皆さま、まもなく釜山港に到着します。着岸後、“東アジア・トライアル”を開始します》
どよめきと緊張が一気に走る。
夜明け前、水平線の向こうに灯りが滲み、次第に韓国の都市の輪郭が浮かび上がる。
「いよいよ、アジア進出か……」中村慎之介が深呼吸をした。
「日本で9,999人から300人……もう旅というより、人生そのものだな」
「せやけど、ここからが本番や」葉山が微笑む。
「旅は終わらん、ゴールの先にまた道がある」
甲板の端で、ボロボロのスーツを着た“ワンダーボンビー”が風に吹かれて立っていた。
「ヒヒヒ……海を渡っても、運命は追いかけてくるボン♪」
誰もその声に気づかない。フェリーの汽笛が鳴り、太陽が昇る。
金沢の幻影、函館の夜、そして釜山の朝――
すべてがひとつの航路でつながり、挑戦者たちは再び新しいステージへ足を踏み入れる。
“人生のゲーム”の海図は、まだ誰にも読めない。




