第1章第10話 富良野編 ― ラベンダーの約束 ―
ラベンダー畑が一面に広がる富良野の丘。紫の風が吹き抜け、初夏の太陽が旅人たちの顔を照らしていた。
東京から札幌を経て、ここ富良野に辿り着いた挑戦者たちの数は、すでに最初の9999人から半分以下になっていた。それでも会場には熱気が満ちている。カメラが回り、MCの橘レオンが叫んだ。
「ここ富良野では“香りの推理ラウンド”! あなたの記憶と感性が試されます!」
参加者の間にざわめきが広がる。
教師の佐久間悠真はメモ帳を広げ、丁寧に香りの特徴を記す。「これは……ミントの後に、少し土の香り。ブレンドか?」
隣の看護師・千堂葵が笑う。「人の体も、香りも、混ざると読めないのよ」
少し離れた場所では、葉山玲奈が瓶を嗅ぎながら言った。「この甘いのは……富良野産のラベンダーとミントやろ? 夏の風そのまんまや」
冷静な神原翔は腕を組み、鼻先に瓶を近づけた。「理屈で勝てる勝負じゃないな。香りの強さは気温や湿度でも変わる」
背後で岩永蓮が両手を広げ、「感じろ! 直感で嗅ぎ分けろ!」と叫んで笑いを誘う。
モブの間でも小競り合いが起きていた。
「安田、そんなに鼻近づけたら酔うで!」と関西訛りの女性・西野が笑う。
「俺、こういうの得意なんだよ。実家、アロマ店なんだ」柏木が自慢げに答える。
そんなやりとりの中、佐久間の目が丘の端に止まった。
帽子を深くかぶった影がひとつ、風に揺れる花の間に立っている。
あの“誰か”は、ただ遠くから参加者たちを見ていた。
夕刻。審査発表が始まる。
MCがマイクを掲げる。「トップ通過は――主婦の西野さん! 富良野特産のブレンドをすべて的中!」
歓声が上がり、西野は涙ぐみながら笑った。「毎日の料理で鍛えた嗅覚が、ここで役に立つなんて」
会場の空気が温かく包まれる中、次のルーレットが点灯する。
《次の目的地――金沢!》
東北を抜け、今度は一気に日本海側へ。参加者たちは再び列車へ向かう。
夜、ペンション「丘の風」に泊まった一同は、夕食後のひとときに談笑していた。
「人生のゲームって言うけどさ、これってもう人生そのものだよな」蓮がカップを傾ける。
「負けても終わりじゃない。選び方次第で、また戻れる」慎が静かに答える。
その時、窓の外にボロボロのスーツ姿がふらりと現れた。
“ワンダーボンビー”。
「ハッハー! 運も人生もリセットしてやるボン♪」
笑いと悲鳴が同時に上がり、翔が呟く。「やっぱり出たか……運命のバグ」
ラベンダーの香りが夜風に流れる。
翔は一人、星空を見上げた。
――誰が残り、誰が消えるのか。
それは、この風だけが知っている。




