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博士と僕と

作者: 阿相 拓斗


 私は毎日楽しい生活を送っていた。毎日6時に私の乳を求める息子、授乳を済ませたらまず夫を起こす。そうすると、パンを焼き、目玉焼を作ってくれる。それがいささか心地よい朝のルーティンなのだ。


 9時を過ぎると夫は会社へ出勤する。私は残された息子と絵本を読む。絵本を読んであげているのか、ただ私が読んでいるだけなのか、0歳のあなたにはどちらでも良い話なのかもしれない。はたしてこの子はどんな色が好きになるんだろう、と妄想していたら、お天道様は頂上に来ていた。


 家事も終わらせ、お昼寝タイム。赤ちゃんの寝顔に勝てるものは存在するのだろうか。実家で飼っていた犬の寝顔でさえ、この子の寝顔にはかないっこなかった。これが幸せなのかな。ふと思う。


 夫も帰宅し用意していた晩御飯も終わらせ、唯一の一人時間、お風呂がそこには待っていた。


 はあー。やっぱりお風呂が一番。


 私は、疲れを吹き飛ばす、アツアツのお風呂が大好きなのだ。2年前に越してきたこのマンションは今までのどの賃貸よりもお風呂が大きい。足を延ばしてもまだあまりある。肩まで浸かり目をつぶり、30秒数える。もう体はホカホカ。60秒は過ぎた。そろそろ体を洗っても良いころかしら。120秒は経ったかな。早く上がらないと息子が不機嫌になるかも。あれどれくらい浸かってるっけ。


 ふと思い立った時には、私は桶になっていた。


 もう30分は経つかも。そんな不安をよそに私はぷかぷかお風呂に浮かんでいる。やっとのことに夫がお風呂場に声をかけた。


 「まだなのー」


 もちろん返事をすることができない。私はいまもぷかぷか浮かんでいる。


 「もうなにしてるの」


 扉を開けた夫の目は点になっていた。


 「え、どこいったの」


 桶になった私をみつけることなくその場を去った夫を見届けることしかできなかった。その背後から、小さな老人と学生のような男の子2人がふと現れた。


 「さあて、今回の被験者は彼女か、さあ二人よ、調べてみなさい。」


 博士のような老人は二人の学生に開始の合図を始めた。右の学生は


 「桶というのは、水や砂などものをすくうためにあるもの。この女性はいろいろなものをすくう包容力がある女性だったんじゃないかな」


 「面白い意見じゃな、君はどう思う」


 「確かにそう思います。ただ桶そのものにはあまり大きな価値がないように思えます。水や砂、すくいたいものがあってこそ、それらを活用するための道具でしかないように思えます。」


 「その意見もなかなかに面白い」


 私は知らぬ間に討論会のテーマにされているらしい。右の学生が凄くかわいらしく見える。


 「しかし博士。水や砂など重要なものがあっても、桶がなければ大きく活用できないのです。主題と副題という考えではなく、お互いがあってこそより進化が問われるというものではございませんか」


 「いい視点を持っておるの」


 「確かにそうとも思う。ただ水や砂を運ぶのは桶じゃなくても良いんじゃないか?コップや花瓶、バケツと何の違いがあるんだ。そもそもこの時代に桶なんて見なくなってきたぞ。価値がないという証拠ではないか」


 「ちょっと待ってください。君の意見はいつも感傷的だ、より肯定的に考えてみてはどうだ。彼女の必要なくしてどうしてこの息子さんが大きくなるというのだ」


 「残念だけど、ミルクでも飲ませておけば彼は大きくもなる。絶対に必要とまで言えないのだよ君」


 「さて意見はでそろったかね。君たちはどういう刑を言い渡すのかい」


 右の学生が答えた

 

 「どうしても罰が必要なのでしょうか」


 「はて君はどう思う」


 左の学生が答えた


 「もちろん必要ですとも、彼女には彼女の罰が必要です。たとえば…。タイヤになるなんてどうでしょう」


 博士は大笑いした。まるで私が聞いてもいないようなそぶりで。


 「実に面白い罰だ、ただそれは物の価値を定められてはいないようだがね」大笑いを見せた後とは思えないほど凛とした声で博士は答えた。


 「タイヤ、タイヤなんて卑怯だよ。死ぬまで回るんだ。死んでも回されるんだ。おかしいよ」と右の学生が答えた。


 博士は大きく曲がった腰をゆっくり伸ばしながらつぶやいた。


 「ならばどうするというのだ」


 「このままでよいのではないでしょうか」右の学生は少し涙ぐみながら答えた。


 「悪くないの」


 そうして湯煙のあとに隠れながら三人は消えていった。息子の鳴き声が風呂場に反響していた。

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