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エピローグ〜巡る季節〜

 翌朝、僕はこれが最後の日になると思っていた。昨日の晩、村長にもそう告げてある。

 そして、この朝には必ず雨が降ると、僕は確信していた。


 いつものように祭壇の前に立ち、後ろには村人たち。そして僕は祈祷を始める。

 祝詞を詠む声は、普段よりもなぜか力が抜けていた。どこか吹っ切れたようで、気を張る必要はないのだという思いがあったのか。身体の芯はまっすぐに、しかし余計な力は入らなかった。


 祈祷を捧げ、僕は静かに礼をする。お供物は特に普段と変わらないが、幣帛(へいはく)だけは特別美しい布を選んだつもりだった。


「おお……」


 村人の声が思わずこぼれる。祈祷はまだ終わっていないので、誰も大きな声をあげはしなかったが、そのわずかな反応からすれば、すでに祈りは天に届いたのだろう。


 ボタボタと打ち付けるような水音が聞こえてくる。

 これほどまでに雨や水が(とうと)いと思えるのは、きっと渇水(かっすい)が続いたからだけではないはずだ。


 礼をするこうべを上げる。

 その瞬間、村人たちは歓声をあげた。


 僕はこの瞬間に立ち会えたことをとても嬉しく思う。そしてこの(さち)を、()き日を、永遠(とわ)に続いてほしいと心から願った。


 空を(あお)ぎ見る。

 そこには、穿(うが)つように天へと昇る、ゆらめく存在があった。

 朧花色(おぼろはないろ)のかくも美しき流麗(りゅうれい)な姿。幾重(いくえ)にも積み重なる光り輝く強き(うろこ)。そして(とどろ)くように雄叫(おたけ)びをあげるその響きは、まさに雷鳴(らいめい)(ごと)(うな)り声だった。


 村人たちの目には、その正体はきっと映らない。だが今、彼女の幻影(げんえい)は、この瞬間、この刹那(せつな)に、皆の脳裏へと刻まれただろう。



 ――大雨は三日三晩続いた。

 そのせいで僕はすっかり帰るタイミングを逃してしまった。


 この村に(とど)まらせてもらっている間、たくさんのご馳走をいただき、ようやく大きなお風呂にも入ることができた。

 すっかり懐いてしまった子供たちと一緒に入るお風呂は格別で、なにより夏休みの良き思い出となった。


 やがてようやく雨が上がった隙を見て、帰る身支度を整えた。

 こんなにお日様が輝かしいとは思いもせず、あれほど忌避(きひ)していた暑い日差しを、全身で受け止めた。


 村長やそのほか大勢が見送りに来てくれ、村長の息子は「軽トラで送ります」と申し出てくれたが、ありがたく思いつつも固辞(こじ)した。

 リュックに詰められるだけ詰め込んだ村の作物の重みを感じながら、僕は帰りのバスに乗り、駅へと向かった。



 駅に到着すると、どうやら車両点検があるらしく、出発が遅延しているという。

 僕は、こちらに着いたとき寄った喫茶店の店員が「帰りも寄って」と言っていたのを思い出し、ちょうどいいと思って喫茶店の扉に手をかけた。


「あら、いらっしゃい。来てくれたんだね」


 相変わらず馴れ馴れしい口調だが、まあいいだろう。


「ソーダをください」

「かしこまりました。はい」

「……アイスは頼んでませんってば」

「いいのよ、サービスだから」


 本当に子供扱いなんだな、と辟易(へきえき)する。まあ、仕方がない。

 僕は行きがけのときと同じようにアイスを掬い、ペロリと平らげたあと、ソーダをゴクゴクと飲み干した。


「お仕事は、いかがでしたか?」


 店員の女性が向かいのソファに腰を下ろし、そんな質問を投げかけてくる。出発までの暇つぶしにはちょうどよかった。


「ええ、色々ありましたけど、完遂(かんすい)することができましたよ」

「まあすごい。えらいわねぇ。よしよし」


 そう言って頭を撫でてくる。本当になんなんだ、このお姉さんは。

 まあ、もうここに来ることはないだろうし、今は好きにさせておくか。


 それにしても、この女性――来た時には思わなかったけれど、どこかで見た覚えがあるような、ないような。


 薄花色(うすはないろ)の艶やかな髪を二つに結び、どこかおっとりとした印象を与える優しい目。青白い肌は透き通るような(はかな)さを思わせる。


「どうしたの? ボク。私の顔になにかついてる?」

「い、いえ、なんでもありません」


 どのくらい僕は、この女性の顔を見つめてしまっていたのだろう。恥ずかしくなって目を逸らす。


「うふふ、きっと似た人がいたんだね」


 ピンポン、と構内放送が鳴り響いた。どうやら列車の発車時刻が確定したらしい。


「ありがとうございます。そろそろ電車に向かいます」

「そっか、残念。また来てね」


 女性は本当に残念そうに、ふうと吐息をついた。


 会計をすませ、駅のホームから、もう一度この地の空を見上げる。


 晴れ渡るその空の向こうに、僕はなにかの思いを馳せた。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

もともとはホラー企画に参加しようと書き始めたのですが、気づけば少し雰囲気が変わってしまい、通常投稿という形になりました。それでも最後まで形にできたことに、ほっとしています。


物語の舞台は、義理の姉の実家がある栃木県北部の土地をモデルにしています。実際の風景や空気を思い出しながら書いたので、どこかでその匂いや温度を感じ取っていただけていたら嬉しいです。


これでひとまず一区切りですが、また新しい物語や設定が浮かんだら、少しずつ綴っていきたいと思います。

そのときもまた、読んでいただけたら幸いです。


どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。

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