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第2話 時が来た



 「田中さん、悪いけど今日も残業ね。これやっといて。」


 夜の社内、デスクの上に書類の束が置かれ、今日も残業が確定した。


 本当は今日、早く帰って日頃の仕事の疲れを癒したいと思ったのだが。


 「分かった、中島君。やっとくよ。」


 「おいおい田中さん。俺年下だけど上司だから、敬語使えよ。」


 「は、はい。やっておきます、中島さん。」


 若者は直ぐにキレる、おっかないなあ。


 そうして、仕事が終わったのが終電に近い時間だった。慌てて片付ける。


 「お疲れ様でした、帰ります。」


 そして、気付いたら誰もいない職場で、照明のスイッチを切り、会社を出る。


 俺の名前は田中宏幸(たなかひろゆき)、50代のオッサン。独身、彼女いない歴イコール年齢。


 「急がないと、終電に間に合わないぞ。」


 急ぎたいのだが、走る訳には行かない。もう歳なので身体が付いて行かない。


 なんとか無事に電車に乗る、ガラガラなので椅子に座る。よかった、空いている。


 ちょっと離れたところに、若いカップルの男女がイチャついている。


 人目も(はばか)らず、よくやるよ。ちょっとチラ見した。


 そしたら、向こうもこちらに気が付き、睨み付けて来た。


 「おい、何見てんだオッサン。」


 「いえ、私は別に………。」


 超怖い。


 女性が男性に腕を回して、猫なで声で言う。


 「ちょっとやだー、キモイんですけどー。」


 「おいオッサン、気分が萎えた。迷惑料払え。」


 「え!? いやいや、私は別に何も………。」


 若い男がづかづかと歩み寄り、怒気をはらんだ声で言う。


 「あ! 何! 怪我してえの? いいから払えっつってんのオッサン。」


 「きゃはは、そんな老害やっちゃえしょうくん!」


 ちょっとちょっと、超怖いんですけど。


 足がガクブルして震えている、立っていたら転んでいただろう。


 「い、今二千円しか無くて、これが無いと生活が………。」


 「ちっ、しけてんな。じゃあもう二千円でいいよ。よこせ。」


 ん? この人俺の言った事理解してないのかな?


 「で、ですから、これが無いと生活が………。」


 「うるせえ!」


 突然殴られた、痛い。暴力はいかんよ、暴力は。


 財布から二千円を取り出し、若い男に差し出す。


 「す、すいません。二千円です、どうぞ。」


 結局、怖くてお金をだした。もう勘弁してほしい。


 男はお金を奪い取る様に持っていき、女の方へ歩いていった。


 なんの礼も無しに。どうなってんだい? この世の中は。


 いや、違うな。俺が弱いからだ、気が小さいのだ。


 勇気が無い、強くない、それは、大人になっても変わらない俺の心だった。


 情けないったらありゃしない、殴られたところがズキズキする。


 そして、若者たちは何事も無かった様にイチャつき始めた。萎えたんじゃ?


 周りの乗客は見て見ぬふりをしている、無理も無い。直ぐキレる若者は怖い。


 みんな関わらない様にする事で、自分を守っている。


 俺だってそうだ、自分を守るのに必死なだけだ。だから金をだした。


 ………ホント、情けない。


 電車を降り、帰宅の途につく。


 途中、コンビニに寄ろうかと思ったが、金が無かった。


 「ホント、明日からどうしよう。」


 食費が無い、とりあえず水で腹を満たすしかないよな。


 アパートの部屋に帰って来て、ドアに鍵を掛ける。


 「ただいま~。」


 誰も居ない部屋に、自分の声だけが聞こえた。


 夜中の暗い部屋に明かりを付け、ホッと一息付く。


 冷蔵庫からアイスコーヒーを出して飲む、やはりブラックに限る。


 「あ~疲れた、今日はもうシャワー浴びて寝よう。」


 シャワーを浴び、テレビをつけてニュースを少しだけ観たら寝る。


 いつもの生活リズムだ、時計を見ると、もう深夜の時間を回っていた。


 「こりゃいかん、早いとこ寝よう。」


 布団へ行き、身体を横たえ就寝に就く。疲れているので直ぐに眠気が来た。


 明日は仕事休みだ、昼まで寝られるなと思い、ぐっすりと寝はじめる。


 まぶたを閉じ、意識を手放した。


 ………夢を、見ていたと思う。


 あ、これ夢だ、と分かるくらいには、落ち着いていた。


 不思議な空間に迷い込んだ様な感覚、目の前には見知らぬ人の姿。


 その人が話しかけて来た、ゆっくりと優しい声で。


 「やあ、久しぶりだね。少年。」


 「え? どこかでお会いしましたっけ?」


 「忘れているのかい? まあ無理も無いね、あれから大分経っているから。」


 ふーむ、どこかでこの人に会ったのかな? 思い出せないが、向こうはこちらの事を久しぶりと言った。


 失礼にならない様に、相手の素性を確認する。


 「あの~、すいません。私は物覚えが悪く、何処かでお会いしましたか?」


 「あの時のチーズバーガーの味は忘れられないよ。」


 「はあ、チーズバーガーですか。」


 駄目だ、思い出せない。俺の事を知っている様子だが。


 その人は、優しい目でこちらを見据え、笑みを浮かべて語り掛けて来た。


 「あの時から変わらないね、少年。」


 「あの~、少年ではないですよ。私はただの中年オジサンなので。」


 「そうかい? 私から見たら十分少年だよ、あの頃のままで嬉しく思うよ。」


 ん? どういう意味だろう、少年のまま大人になった成長の無い男って事かな?


 「違う違う、少年の心を持ったまま大人になった事を、私は喜んでいるのさ。」


 ん? 今、俺は喋ってなかったと思うが、この人はちゃんと返事を返した。


 「一応神様だからね。君の思っている事も分かるのさ。」


 「え!? 神様!?」


 「少年、時が来た。」


 「時?」


 「あの時の約束を果たしに来たよ、ブレイブエムブレムを渡しに。」


 約束? 何の事だろう? ブレイブエムブレムって、あの?


 昔、子供の頃にプレイしていたゲーム「ブレイブエムブレム」の事か?


 ふーむ、今更ゲームとか言われてもなぁ。ゲームはもうとっくに卒業したし。


 ブレイブエムブレムのソフトを貰ったところで、もうハードだって持ってない。


 それに、散々やり込んで何回もエンディングを見たし。


 「あの時はまだ君が幼過ぎたけど、時が来たからね。さあ。行ってくると良い。」


 「あの、行くって、どちらへ?」


 「剣と魔法の異世界、正方世界(せいほうせかい)だよ。異世界転移だね。」


 異世界転移? 


 そりゃファンタジー小説や、そういうアニメを観た事があるから分かるよ。


 オッサンだからって舐めて貰っちゃ困る。


 「話が早くて助かるよ、君に与える特典は「鑑定」と「メーカー」のスキルだよ。」


 ふーむ、異世界転移特典ってやつか。ギフトでスキルが貰えるのは良いな。


 「お、乗って来たね。じゃあ今から正方世界へ転移させるから、向こうに着いたら女神から更にスキルを一つ貰えると思うから、楽しみにしててね。」


 「おお、スキルが合計三つも貰えると、それはありがたい。」


 「こちらこそありがとう、少年の心を忘れずにいてくれて。」


 「はは、成長が無いだけですけどね。」


 「ふふ、それじゃあ、いってらっしゃい。」


 「はい、いってきます。」


 どうせ夢だからと思い、異世界転移するという話に付き合ってみた。


 良い夢だったと思う。何て言うか、心地良かったのだ。


 あの頃を思い出したみたいで、俺の心はわくわくしていたんだ。


 まるで、少年時代の頃の気持ちに戻ったかのような。


 ぐっすりと眠った様な気がした、朝の光を感じて、徐々に覚醒する。


 「う~~ん、良く寝たなぁ~。」


 欠伸と伸びをして、身体をほぐす。ちょっと肌寒く感じるな、何だろう?


 目を覚ましたが、まず目の前の光景に目を疑った。


 「な!? なんじゃあ、こりゃあ!?」


 いきなりの外、布団も無かった。慌てて周りを見渡してみる。


 「ここは、廃墟?」


 石柱などがあり、建っていたり、朽ち果てていたり、苔むしていたり。


 その廃墟っぽい場所の真ん中辺りに、寝そべっていた。


 身体を涼しい風が通り過ぎ、太陽の熱が大地を温めはじめる。


 早朝、といっていいのだろうか?


 小鳥のさえずりが聞こえ、森の木々が葉っぱを擦らせ音を醸し出す。


 「マジか、マジもんの異世界転移ってやつか。」


 しばらくの間呆然としていて、考えが纏まるのに時間を要した。


 とにかく、「ブレイブエムブレム」のゲーム世界へやって来た様だ。


 憧れていた「ブレイブエムブレム」の世界へ。


 よし、やったぞ! この異世界でなら、自分は自由に好きな事が出来そうだぞ。


 「ど、どうしよう。まず何をすれば。あ、そうか、転移特典を貰ったんだった。」


 この世界で、自分には何が出来る奴なのか、それを確認しなくては。


 新天地にやって来たというのは、わくわくする。しかも勝手知ったるゲーム世界。


 異世界転移させてくれた神様に感謝しつつ、早速行動を開始した。


 「まずは自分のステータスチェックだよな。」


 まずは自分の事から調べる事にした。




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