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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
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静かな幕開け

 灰色の空の下、広場には列ができていた。各国から集まった出場者たちが、無言で順番を待っている。腕を組んで睨み合う者もいれば、仲間と笑いながら余裕を見せる者もいる。


「ユルザはこの六人で出場登録します」

 係の兵士が端末に名前を打ち込みながら目を上げる。キサラギがうなずく。


 指紋、視認、魔力パターン、生体波形、各種の認証処理が淡々と進む。

 兆は興味深げに周囲を観察し、焔羅は暇そうに欠伸し、紫は無言で目を伏せている。レイとアサヒは、他国の選手たちに軽く緊張した面持ちを見せていた。


「……一通り、登録は済んだな」

 キサラギが小さく確認すると、通信端末に小さな応答が入る。

「“全代表チームの顔ぶれと初期マップ、予選会場の位置が確定しました”」

 光の冷静な声が響いた。

「次は、試合前の“顔合わせ”があるはずだ。各国代表を集めた形式上の茶番だが……油断するな」

 そのときだった。視界の端を、仮面の少年が横切った。

 黒猫と共に歩くその姿を、アサヒが一瞬、見つめた。あまりにも異様な面持ち。

「……あれ、今の」

「……気にするな」

 キサラギが即座に遮る。

「ゼフェリカ代表、前回の優勝者だ。……正面から接触するな」

 アサヒはうなずいたが、黒猫が一瞬こちらを振り返ったように感じた。

 仮面の奥の瞳――どこか、かすかに哀しげだった。

***

 広場の中心に建てられた特設円形ステージ。

 舞い上がる砂埃の中、各国代表が静かにその場に集っていた。

 ユルザ代表の六人は、やや遅れて到着した。

 すでにアルダス、フェノメナ、トリステ、そして――ゼフェリカ代表の姿もあった。

「開幕の前に、全代表チームが揃う“顔合わせ”が通例だそうだ」

 キサラギが一言、呟くように言った。

 遠巻きに設置された観覧席には、まだ観客はまばらだったが、武装した監視員たちが周囲を囲んでいる。

 これは歓迎の儀ではない。選別と威嚇のための集いだった。

 壇上の中央、主催者らしき男が鐘を鳴らす。甲高い音が広場に響いた。

「本年度・武闘大会トーナメントの開催を宣言する──!」

 歓声の代わりに、乾いた拍手が数回、空気を撫でた。

「この大会は、各国の代表に“力量と品格”を競わせるもの。優勝した国には――各国より提供された“戦果”を与える」

 その“戦果”には、才能の石、特殊な素材、契約済みの兵器、さらには……。

「そして、裏の目玉――妖精。かつて密売された“個体”が、優勝国に譲渡される。これは……公式には非公開だがな」

 司会の声に、一瞬、会場がざわついた。

 その時、ゼフェリカの仮面の少年が、ふらりと壇の外れを歩いていた。黒猫がついている。

 その姿を、アサヒがまた目で追ってしまった。

「……あ、あの子……」

「見るな、アサヒ」レイが小声で止める。

 しかし少年は、気づいたように立ち止まり、仮面越しにこちらを向いた。

 猫が小さく鳴いた。アサヒが一歩だけ前へ踏み出しそうになる。

 だが、次の瞬間。

「ゼフェリカ、規律を守れ」

 どこかから無機質な声が響いた。

 その声に従い、少年は踵を返す。

 猫が尻尾でアサヒの方をくるりと指し示し、まるで名残惜しそうに、仮面の少年は遠ざかっていく。

「今の、ゼフェリカの“兵器”、か」

 焔羅が鼻を鳴らす。

「……あれは、“自分の意志”で立ってない目だ」

 紫が呟くように言った。

 一瞬、風が吹いた。砂埃が舞い、太陽が雲に隠れる。

 その中で、代表者たちが静かに順番に顔を見せていく。

 全員の視線と気配が交錯する。

「この中で、最後に笑っていられるのは一国のみ。さあ、祭りを始めよう」

 司会の男がそう告げた瞬間――会場全体に一斉に魔力の網が張られた。

 予選が、始まる合図だった。


***

 乾いた風が吹き抜ける闘技場。外壁を取り囲む岩の塔が、無数の目のように選手たちを監視していた。

 中央の円形広場には誰もいない。だが、地の底から鳴るような声が、それぞれの端末を通じて一斉に響いた。

「この試合の目的は明白だ。――指定の“鍵”を手に入れ、脱出せよ。」

 瞬間、足元の赤白くが発光し、各チームのメンバーが一斉に異なる地点へと転送されていく。

バラバラに放たれた参加者たちが立つのは、森、沼、崖、廃墟。空には霧が立ちこめ、すでに遠くでは何かがうごめく音がする。


「鍵は複数、場所は不明。いくつかは、一人で運ぶには’困難な’設計となっている。」

「敵性反応として、自動防衛装置、操られた獣、幻影系存在を確認。戦闘による妨害も想定の範囲とする。」

「鍵を持ち帰り、一定時間維持した者がその“鍵”の権利を得る。」


***

 谷の底には、異様な静けさが満ちていた。転送された瞬間、焔羅は湿った岩肌と、漂う獣臭に顔をしかめた。

「……ったく、いいとこに落とされたもんだ」

 その場所は、巨大な生物の死骸――あるいはまだ生きている“器”の体内だった。暗く、ぬるりとした肉壁。鼓動のような振動が、地面から微かに伝わってくる。

 焔羅は、慎重に足を踏みしめながら進んだ。奥へ奥へと進むにつれ、鼓動のリズムがはっきりと聞こえるようになる。やがて、開けた空間に出た。

 中心にあったのは、水晶のような透明な球体――「共鳴式封印器」。仄かに赤く脈動するその中に、拳大の“鍵”が浮かんでいた。

 その両脇に、向かい合う形で二つの生体台座。触手のようなパーツが蠢き、来訪者の到着を待ち受けていた。

 焔羅は試しに片側の台座へ手を伸ばした。ぬるりとした触感。途端に生体部品が絡みつくように反応し、警告のような音が鳴る。

「うげぇ……最悪ー。一人じゃ起動しないってわけね」

 湿り気のある手の感触に顔をしかめながら、手を引く。

 背後で足音がかすかに聞こえた気がした。どうやらこの中に飛ばされたのは焔羅だけではなかったようだ。


「……あらら、責任重大なんじゃない?もしかして」


 その場を離れられない。だが、援軍を呼ぶには――。

 焔羅は、腰のポーチから小さな音響装置を取り出した。側面には手彫りの紋章が刻まれている。

 掌サイズのそれは、特定周波数の“音信号”を発し、あらかじめ設定した仲間の通信装置にだけ通知が届く仕組みだった。見つかりにくく、聞こえにくく、だが確かに“伝わる”。

 装置を周囲に2つ設置し、自分の立ち位置がわかるように同期させる。

「頼むぜ……誰か、来いよ」

 再び台座の前に座り込む。彼は深く息を吸い、鼓動のリズムに呼吸を合わせる。

 そして、遠くからかすかな音――獣の足音か、敵の機械か――が近づいてきていた。

 焔羅は苦笑した。

「――これで“待ち”って、俺のとこ結構過酷じゃない?」


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