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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
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開戦の火種

 ――爆発音が、空を割った。

 瓦礫の雨が降り注ぎ、夜空を赤く染める。崩れた棟の隅、炎のゆらめきの中に、黒猫が一匹。

 瓦礫の下で動かない、少年の身体にすがりつくように、猫は何度も仮面を被せようとする。壊れかけた装置が小さく火花を散らしていた。

 仮面がずれ落ち、少年の頬が露わになる。

 遠くから、近づいてくるたくさんの人の声。それを皮切りに黒猫の頭に浮かぶ結末。

 このままではいけない。そういうように黒猫は、再び仮面をかぶせる。 

 猫の声が届いているのかどうか。血の気の引いた唇が、かすかに動く。

 「……もう、いい……」

 少年の声がと同時に黒猫は悲しそうに瞳を揺らした。

「……父さんに、会いたいなぁ……」

 泣きそうな声が、爆風の中に消えた。

 

***

 強風にさらされた荒れ果てた街。石造りの路地にはひびが走り、瓦礫の隙間に立つマーケットのテントが、かろうじて風に抗っていた。

 「これが……“戦火の回廊”か」

 キサラギが低く呟いた。

 「前回の大陸会戦で壊滅した国だっけ? まだ人、住んでるんだな」

 焔羅が腕を組みながら辺りを見回す。だがその廃墟の中には、妙な活気があった。

 アリーナ。旗。歓声。

 「……やってるな、武闘大会」

 レイが唇を噛む。

 中央の広場には巨大な観客席が設けられ、複数の国の旗がなびいている。その中心に、目立つ二つの掲示があった。

 一つは、目を引く煌びやかな石。説明にはこうあった。

 > 「才能の石:優勝者に授与。出場国は各自“才能”の証を出品」

 そして、もう一つは、裏路地でキサラギが目にしたもの――

 金の鳥かごに封じられた、微かに呼吸する“羽の光”。

 > 「才能の石の他景品対象対象、“妖精”」

 「……これが、セレナの依頼の“密売されていた妖精”か」

 レイの声に、キサラギがうなずく。

 「この大会で勝ち進めば、全部取り戻せるってわけだ」

 キサラギは手元の端末を閉じ、短く言った。

 「チーム登録は済ませた。ユルザ代表として、出場する」

 

 ――そのとき、風に乗って、どこか遠くから笛の音が響いた。


***

 部屋の中には、古い木が軋む音と、蛍光石のほのかな明かりだけがあった。

 床には古びた地図と、各国の出場者リストが無造作に広げられている。

 その上に腰を下ろした面々の中心で、キサラギが膝に肘をかけたまま、静かに口を開いた。

「出場はこの六人でいく。アサヒ、兆、焔羅、紫、レイ──そして俺だ。

 光は裏方で通信と情報補佐。俺も状況次第ではそちらに回る」

 言い終えた瞬間、焔羅が早速口を挟む。

「弟くんも出場するの?」

 急に名前を呼ばれたアサヒは、少しだけ肩をすくめて、気まずそうに笑った。

「……つぎなおした刀に、少しでも慣れておいた方がいいだろ」

「なるほどねぇ」

 焔羅は短く返すと、隣に座るアサヒの髪を意味もなくかき回した。

「逆に、兄貴のほうはあまり前線には出さないようにする」

 キサラギの声に、周囲よりも先にレイが困惑の表情を浮かべた。

「レイの判断力は、“場数”で育てるべきだ。

 戦いの流れ、風向き、敵の癖、味方の限界──それらを瞬時に見抜く目を持っている。

 だが、今のままじゃ、その視野は狭すぎる」

 間を置かず、キサラギが言葉を継ぐ。

「だから、今回はあえて全体を見させる。

 配置や采配も任せる。その中で、お前自身の力を、もっと具体的に理解しろ」

 その言葉に重ねるように、通信越しの光の声が入る。

「……判断力がある人間がいるのは助かります。うちはバカが多いので」

 淡々とした声で言いながら、光は視線の先で兆を見たが──兆にはその意図が分からなかったようで、ぽかんとした顔をしている。

 レイは目を伏せたまま、小さく頷く。その肩には、どこか不安げな影があった。

 それを見ていた紫が、低い声で言葉を送る。

「大丈夫だ。強い駒は揃ってる」

 その短い言葉は、なぜか不思議と頼もしく響いた。

「……お前は、まず“味方を知れ”」

 キサラギが低く重ねるように言った。

 レイはようやく顔を上げ、皆の視線を静かに受け止めた。

「……わかった」

 その短い返答のなかに、揺るぎない決意がにじんでいた。

 キサラギは黙って頷き、焔羅がにやりと笑う。紫はわずかに目を細め、アサヒは少し戸惑いながらも拳を握っていた。

「まずは、予選で勝ち残らないとですけどね」

 光の冷静な声が部屋に響く。

 蛍光石の明かりが、かすかに揺れた。

 それは、まるで──この先に待つ“嵐”の予兆のようだった。


***

 薄暗い部屋に、機械の低音がかすかに響いていた。

 通信機の前に立つ白衣の男。その背後、仮面をかぶった少年が、目を伏せて静かに佇んでいる。

 足元では一匹の黒猫が、ふわりと尾を揺らした。

 モニターには、才能の石と呼ばれる結晶の脈動が映し出されていた。

「……回収対象は、既に現地入りしています」

「兆候あり。石は再活性状態に入りました」

「では、計画を次の段階へ──混乱を、“収穫”の準備に使え」

 白衣の男は振り返らず、ただ冷ややかに命じた。

 その背を、少年はじっと見つめ続ける。

「……今年も、たくさんの材料が手に入るといいなあ」

 間延びする声が、機械の音を濁らせるように部屋を満たす。

 黒猫はくるりと少年の足元を回り、心配そうにその顔を見上げた。

 少年──アギルは、それを合図に踵を返そうとした。だがその瞬間、背後から声が落ちてきた。


「……アギル、期待しているぞ」


 仮面の奥、少年の瞳がかすかに揺れ、青白く光を宿す。

「……はい」

 すべての感情を語りきるには良い言葉などなく、アギルは短い言葉で答える他なかった。



 その時、黒猫の尾が、静かに、悲しげに揺れた。


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