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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第八章 責任のありどころ
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エピローグ:モモの庭

 アサヒには、よく見る夢があった。

 それは決まって、薄暗い部屋の中。

 小さな鉄の輪に、手首を繋がれている。

 錆びた鎖は、隣の少女へとつながっていた。

 名前のない部屋。番号を呼ばれるのを、ただ待つだけの毎日。

 息を潜めるように暮らす中、隣の少女だけが、よくしゃべった。

「ねえ、うちね、兄が一人、弟が一人いるの。でも、上の子はもう帰ってこないの」

「歌うの、好きなんだ。聞きたい?」

「私はね、モモって呼ばれてたことがある。おばあちゃんがつけたの。ぜんぜん似合わないでしょ?」

 ふわりと内巻きに癖づいた明るい髪。

 その子は、たまに透き通る声で歌ってくれた。

 アサヒは、それをじっと聞いていた。

 モモはよく、自分の弟の話をしていた。泣き虫で、すぐ風邪をひくけど、笑ったときに歯が一本足りないのが可愛かったって──。

 アサヒはそれを聞いて、なぜか胸の奥がきゅっとしたのを覚えている。

 いつの間にか、彼は自分の手錠の番号シールを剥がしていた。

 何日もかけて、少しずつ、少しずつ。

 そして、彼より若い番号をつけられていた彼女──モモの手首と、そっと交換した。

 ──モモが呼ばれなければいい。

 ある日、扉が開いて、足音が割って入る。

「114番」

 呼ばれた番号に、アサヒはゆっくりと立ち上がる。

 モモが、少し驚いた顔をした。アサヒは笑った。

 けれど。

「……114番は、女のはずだろう」

 職員が怪訝そうに言い、目線を巡らせる。

 気づかれた。

 そして、何も言わないモモが、代わりに立ち上がる。

 アサヒはただ見ていた。

 笑ってみせようとしたけれど、モモはそれ以上に、穏やかに笑った。

 振り返りざまに、彼女が口にした言葉。

「……もっと、早くあなたに会えてたら、良かったのに」

 その笑顔のまま、モモは扉の向こうへと消えていった。

 ──パチン。

 暗転する視界の中、遠くに見知った人影が揺れる。

『あなたみたいな子が、何かをしたら──とても迷惑だわ』

 母の真っ黒な瞳には自分が映っていなかった

 身体中の血が沸騰するのが分かった。熱くやるせない強い感覚。

 アサヒは自分の大きな心臓の音で目を覚ました。まるで心臓が、自身の過ちを数えているみたいだった。

 開けたままの窓から、薄く風が入ってくる。

 カーテンがゆれて、朝の気配が部屋に差し込んでいた。

 夢なのか、現実なのか。

 触れた記憶の輪郭だけが、指先に残っている。

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