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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第八章 責任のありどころ
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エピローグ:赤黒い瞳と紫水晶の記憶

 ふと、冷静になったとき――あまりにも頭が冴えるのが、耐えられなかった。 

 鉄の匂い、床に広がる赤。

 その中で、紫水晶のように揺らめく自分の光が乱反射している。

 自我が希薄になっていた時の記憶は、かえって鮮明だった。朧げであるはずなのに、現実よりも強い感覚で焼きついている。

 残り香のように身体に染みついたその感覚を持て余しながら、紫は周囲を見渡す。

 恐怖の目。

 侮蔑の目。

 利用するための目。

 母が最後に言ったのは、「化け物を産んでしまった」という言葉だった。

 それ以来、会っていない。

 母の行動も、周囲の眼差しも――その意味が、痛いほど分かってしまう。

 世界はあまりにも自然に、紫を異物として見た。

 悲しむことも、逃げることも、許されなかった。

 いっそ、ずっと狂ったままでいられたら良かった。

 そのとき、黒髪の女が、無造作に紫の頭を撫でた。

「……お前はただの子どもだよ」

 タバコの香りとともに聞こえるその声は、まるでこちら側に来るなと警告するようだった。

 だが彼女の笑顔はぐにゃりと歪み、やがて血に染まって消えていく。

 ──血の海。

 その中心で、紫を見上げる赤黒い塊。

 恐怖も拒絶もない、向けられたことのないまなざし。

 それはまるで、救いを求める者の瞳だった。

 刃の先にある自分すら、赦そうとするような目。

 紫の手が、わずかに震えた。

「……どうして、そんな目で見るんだ」

 呟いた瞬間、彼の目は“救われる者”から、“救う者”のものに変わっていた。

 紫は、どうしようもない期待を抱いていた。

 この少年なら、自分を全て狂わせてくれるかもしれない――と。


 その瞬間、泡のように記憶が弾けた。

 目を開けると、暗い部屋。

 両腕を掴まれ、至近距離で焔羅と目が合う。

「……勝手に部屋入るなって言っただろ」

 紫は壁にもたれてベッドで眠っていたようで、身体の節々が軋む。

「……今さらじゃない?」

 焔羅は紫の瞳を見て離さず、目元を細める。紫は自然と眉間に皺がよる。

「あー、さっきも見たな、そんな顔ー」

 そう笑いながら、焔羅は先ほど会ったレイを思い出す。

「……明日から、紫ちゃん一人で任務でしょ?」

 赤黒い目が、わずかに光る。

「紫ちゃん、ひとりじゃ、何もできないでしょ?」

 両腕に込める力が、少し強くなる。

「……いつの話してんだよ」

 焔羅の笑みが一瞬消える。そしてまた、笑みを貼りつけるように戻す。

 だがその笑みには、怒りと不安が滲んでいた。

「──なまいきー。ユルザで暴走してたくせに」

  目を伏せた紫に、焔羅が言葉を重ねる。まるで、隙を見つけて責め立てるかのように。

「いい大人が、さ」

 紫の頬を乱暴に掴み、無理やり目を合わせる。

「…ちゃんと、わかってるの?」

 焔羅の目を紫はしっかりと見つめ返す。

「…心配しなくても、お前をひとりにして、置いていかない」

 数秒の沈黙。

 焔羅は紫の頬から手を離し、項垂れるように肩にそっと額を預ける。

「……なまいきー…」


 その声だけが、静かな部屋にぽつりと落ちた。


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