表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第八章 責任のありどころ
95/174

エピローグ:忘却の傍で

 殲滅された施設に、兆と光は足を踏み入れていた。

 かつて子どもたちを対象に、数々の非人道的な実験が行われていた場所。今回は、その廃墟となった施設の調査と、技術や資料が流出しないよう封鎖処理を行うため、そして──どのような原理かは不明だが、“人間そっくりの兵器”が開発されていたという噂の真偽を確かめるために来ていた。

「……上の階に、何かありそうです」

 光が小型端末を確認しながら言う。

「ただ、東側の階段は崩落していて、使えそうにありません」

「そうか」

 兆は短く返事をした。

「遠回りになりますけど、西の階段を使うしかなさそうです。ただ……あちらには、実験動物の残党がいるかもしれないので、注意が必要かと」

「じゃあ、東側の階段を使えばいいんだな」

「……話、聞いてましたか?」

 呆れたような声が返る。

「え?」

 とぼけたように振り返る兆に、光は小さくため息をついた。

 廊下の先に、一枚の鉄扉。

 かつて兆が“入れられていた”拷問部屋だ。

 その扉に、兆の視線が自然と向いてしまう。

 金属の擦れる音。焼けた電気のにおい。冷たい拘束具の感触。

 断片的な記憶が、肌の内側を這うように浮かび上がってくる。

「……先輩は、その……人型兵器を見たこと、ありますか?」

 少し間を置いて、光が訊ねてくる。

「……ああ。ある」

 兆は静かに答えた。

「この前、話した。あの変な拷問官。……あいつ、自分のことを“機械”だって言ってた」

 光の声が、かすかに沈む。

「……その人と、よく話されたんですね」

 兆は少しだけ眉をひそめた。

 思い出そうとしても、靄のように曖昧で、つかめない。

 確かに何かを話した気がする。けれど、その内容がぼやけていく。

 痛みや恐怖の感覚は鮮明に残っているのに、声や顔だけが、水の中に沈んでいくように遠ざかる。

 ――何を、話したんだっけ。

 何か、大切なことを話した気がするのに。

 頭の奥に、鈍い痛みがじわじわと広がってきた。兆は考えるのをやめた。

「あんまり、覚えてないな」

 ぼそりとこぼして、兆は歩き出す。

 その背中を、光は無表情で見つめる。

 けれど、瞳の奥に浮かんだのは──懐かしさと、ほんの少しの寂しさだった。


「……ほんとに、頭悪いですね」


 その言葉には、いろんな意味が込められていた。けれど、兆には伝わらない。

「……え?」

 兆がいつものように振り返る。

「そっちは南です」

 くるりと向きを変える兆の背に、光は黙ってついていく。


 ──何も言わない。でも、傍にいる。

 その在り方が、ふたりの過去を、ほんの少しだけ肯定しているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ