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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第八章 責任のありどころ
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エピローグ:あぶくの時間

 演習の帰り道。

 レイは一人、隊の流れから外れて、少しだけ遠回りの帰路を選んでいた。

「まーた眉間にしわ寄せちゃって。若いのにはげるよ?」

 不意に後ろからかけられた声に、レイは足を止めた。

 振り返ると、焔羅が瓶ジュースを二本持って立っている。

「……なに」

「奢るから、ちょっと付き合ってよ」

 そう言って、有無を言わせず近くのベンチに腰掛け、レイの腕を軽く引いた。

 小さく顔をしかめながらも、レイは隣に座る。

 ジュースの瓶を開ける音が、夏の夕方の空気に溶けた。

 しばらく取り留めもない話をする。隊の訓練のこととか、誰が転んだとか、くだらないことばかり。

 けれど、通りすがりの誰かが焔羅を見て、ひそひそと声を漏らした。

 ──「あれ、あの刺青って……」

 ──「……物騒ねぇ」

 聞こうとしなくても聞こえてくる。

 焔羅は、笑いながら瓶をくるくると回した。

 それから、ふとレイの方を向いて、自分の目の下──罪人の印を指差す。

「……怖い?」

 試すような、笑いを含んだ声だった。

 レイは少しだけ視線を落としてから、短く返す。

「……べつに」

「わー、超ドライ」

 そうふざけて肩を揺らす焔羅に、レイはまた眉をひそめる。

 その顔を見て、焔羅は満足そうに笑った。

「……紫ちゃんもよく、そんな顔するんだよね。昔は俺の後ろにちょこちょこついてきて可愛かったのに」

「そういうとこだろ」

 レイの声は冷たかったが、その内側にほんのわずかな戸惑いが混じっていた。

「はー、おかしい……」

 焔羅は笑いを噛み殺すように、手で口元を覆った。

 だが、笑いながらも、その目はまっすぐにレイを見ていた。

 ──この子は、ほんとに“子ども”になりきれない子だな。

 焔羅はふと、眉間に皺を寄せるレイの額に自分の指先を伸ばして、軽く押す。

「レイくん、もう少しお馬鹿になった方が幸せよ?」

 その手を払いのけながら、レイはぽつりと問う。


「──ほんとうに?」


 たったそれだけ言葉。レイの揺れないまっすぐな瞳が焔羅をとらえる。

 焔羅は一瞬だけ遠くを見るような目をして、ふっと笑った。

「……ほんとう。賢いくせに、お馬鹿だよねえ」

 そう言いながら、心の中には紫の顔が浮かび、

 そしてもう一人、どこかで同じように黙って背を向けているキサラギの姿があった。

 ──そういうのばっかだな、俺の周り。

 焔羅は空になった缶を片手で潰すと、立ち上がった。

「じゃ、また眉間しわ寄せて歩いてたら、学校の名簿の特記事項にこっそりハゲってかいちゃうよ」

 それだけ言って、ひらひらと手を振りながら歩き出す。

 レイは何も言わず、その背を見送った。

 ただ風だけが、二人の間に吹いていた。


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