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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第八章 責任のありどころ

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静かに閉まる扉

 兆の声は低く抑えられていた。

 壁のホログラムに映るのは、古びた孤児院の外観と、赤く点滅する警告マーク。

「ああ。名前こそ“孤児院”だの“病院”だの取り繕ってるが、中身は例の組織と繋がってる。人体実験、動物実験、才能の石の違法使用……現場には火薬の痕もあった。暴走個体の実験場だろうな」

「……よくわかんねえが、言われた場所に行って暴れればいいんだな」


兆は相変わらず淡々としていた。

キサラギは小さくため息を漏らす。

「……つくづく、お前は知能を捨てて耐久力に全振りしたタイプだな。……まあ、だからこそ、あんな施設で生き延びられたんだろうけどな」

「…確かにそうだが、俺の担当、拷問係が変わったやつだったしな」

 そんな会話をしていると唐突に背後の扉が開く。

「センパ……あ、キサラギさんもいらしたんですね」

 光だった。白く整った顔に、機械のような無感情な声が重なる。

「次の任務の話をしていたところだ」

「……頭の悪い部下を持つと、大変ですね。お疲れさまです」

「え」

 兆が反応するも、光はキサラギに視線を移す。

「お前にも同行してもらうかもしれない。よろしくな」

 そう言い残して、キサラギは部屋を出ていった。

 静かになった室内に、二人だけが残される。

「センパイたちも、施設の出なんですね」

 その言葉に表情はない。だが、光の瞳だけが兆を真っすぐにとらえていた。

「……聞いてたのか」

「あんな大きな声で言ってたら、いやでも聞こえますよ」

「……あんまり、覚えてねぇけどな。あそこにいた記憶は……全部、どうでもよくなった」

 少しの沈黙。光の肩が、わずかに震えたように見えた。

「…センパイは、やっぱバカですね」

「え?」

 兆の声が静かな室内に響いた。


***

 兆が連れていかれてから、何日が経ったのか。

 時間の感覚はとっくに薄れていた。

 夜が来るたび、誰かのベッドが空になる。

 朝、番号で呼ばれた子どもが戻ってこない。

 みんな知っていた。「選ばれたら終わり」だと。

 でも誰も言わなかった。言ったら、次は自分が選ばれる。

 その朝も、無言の列が食事を待っていた。キサラギは焔羅とその妹・ユラの後ろに並ぶ。

「…帰ってこないな」

 キサラギの言葉に焔羅は少し顔をふせ、顔を歪める。

「…もしかしたら、もう」

 その時だった。

「…52番。今、何を隠した?」」

 最悪な想像は途中で止められた。

「違います、あの……すみません、ぼく……!」

 職員の声が響いた。

 子どもの一人が、腕を掴まれて震えていた。

 足元にはナイフ——食事用のナイフが転がっている。

「…そういえばお前はスリをして、ばれて、ここに売り払われたんだったな。これはなんに使うつもりだった?」

 静かに目をふせる子供に、職員は言葉を続ける。

「ちょうどいい。お前は“準備”が整っている個体だ。処置室行きだな」

「やだ……やだっ……!」

 体が勝手に動いた。

「やめろ!!」

 自分でも驚くほどの声が出た。

 瞬間、空気が凍る。

 職員がこちらを振り返る。その目には、怒りも困惑もなかった。ただ“静かな処理”を遂行する目だった。

「反抗的だな。……お前も、“わからせた”方がいいか」

 乱暴に腕を掴まれる。

「…キサラ…っ」

  焔羅が声を上げようとした時、キサラギは目で言葉を制す。

 焔羅が声を上げかけたが、キサラギは目で制した。

 その視線の先には、怯えて震えるユラがいた。

 無言で引きずられる。

 廊下を進む。冷たい金属の床。鉄の匂い。

 一歩進むたび聞こえる叫び声、身体がこわばる。

 ——そのときだった。

 扉のスリットから、視線が吸い寄せられた。

 白い照明。固定具。血のついた床。

 そして——

「……兆……?」

 ぐったりと倒れていた。

 服は破れ、血に塗れている。

 目は半開きで、意識があるのかもわからない。

「見るな」

 職員の手が視界を遮る。

 キサラギはただ、唇を噛みしめていた。

 やがて扉の前に着く。

 “折檻部屋”——と呼ばれている、何もない部屋。

 でも子どもたちは知っている。ここから出てきた者は、以前と同じ顔ではなくなる。

 ドアが閉まる。

 冷たい音だった。



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