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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第八章 責任のありどころ

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肉と骨と石と、叶わぬ祈り

「死者に名はいらん。おまえらは“歴史にない”存在だ」

 あの兵士の声が、耳の奥にこびりついている。

 鉄の匂い、そして火薬と煙の匂い。

 目の前にあるのは、肉と骨の山だった。

 父も、母も、兄も。どこにいるのか、もはやわからない。

 遠くから、子どもたちの泣き声が聞こえていた。

 兆は、その山にゆっくりと歩み寄った。

 ぐちゃり、と湿った音が足元で鳴った。

 開いた口に、肉の塊が運ばれる。

 骨も、石も。

 喉を通っていくたび、兆の喉から重い音が漏れる。


***

 目隠しと拘束具が外されたとき、兆は冷たい金属の台の上に寝かされていた。

 周囲は白い壁。無機質なライトが、まるで手術台のように彼の顔を照らしている。

 見下ろしていたのは、一人の少女だった。無表情な、整った顔立ち。真っ白な研究服を着ているが、年齢は兆より少し上で16,7歳くらいだろう。

「対象No.47、骨異物の消化反応、異常なし」

 淡々と、彼女は読み上げる。

 声に温度はなく、ただ記録をこなすだけの存在だった。

「……何個食べた?家族の石を」

 兆は、うめき声のように返す。

「……何十個、食ったかわかんねぇ……」

 言葉が乾いていく。

 自分の声ですら、他人のように聞こえた。

「身体の異常は?」

「死なない、ってのが……そんなに都合悪いのかよ」

 少女は黙ったまま、記録を続けている。

 指先一つ動かさず、まるで機械のようだった。

「なぜ、食べた?」

「…俺たちに墓なんて大層なもん作られない。だから……皆と同じ場所に行けるようにって、食った。骨も、肉も、石も――全部」

  ぽつりぽつりとこぼす言葉に少女はほんの少しだけ、眉を動かした。

「お前は、そういうの信じないのか」

 兆の問いかけに、少女はすぐに答えた。

「私は骨も肉もない。作られた機械だ。人間の信じることなんか知らない」

 兆は虚空を見つめたまま、静かに呟く。

「……なんか、かわいそうだな」

 その言葉が彼女に向けられたものか、自分自身に向けたものか――彼自身にも分からなかった。

「…お前も俺が食ってやろうか?鉄でもなんでも、気にしない」

 少女の目が一瞬だけ揺れた。そして、乾いた笑みを浮かべて答えた。

「私がお前ら一族と同じ場所いったら、それこそ、天国でも地獄でも、ろくなことが起きない」

 そう言って、注射器に手を伸ばしかけたそのとき――

『やめろ、今は無理だ』

 別室から男の声が響いた。

『例の切り替え処理が優先だ。こいつは、またあとででいい』

 カチリ、と注射器が机に戻される音。

 制止の言葉の前に少女の指がわずかに止まった。兆にはそれが、わかった。

 彼女は、ほんの一瞬、兆の顔を見た。まるで“何か”を確認するように。

 その目は、どこまでも無色で。けれどどこか、冷たさではない何かを宿していた。


***

「あれは、何をしてるんだ?」

 まだ町にいた頃、物資の運搬で隣町に出たときのことだった。

 黒い服を着た人々が、並んで石の前で何かをしていた。

 兆は父の横で荷車を押しながら、その光景を見つめて問いかけた。

「ああ、あれは葬式だ。誰かが死んだんだろう。家族は同じ墓に入るんだ」

「なんで?」

「同じ墓に入れば、死んでも会える。行く先が一緒だからな」

 兆は目を細め、その黒い人影を見つめた。

「じゃあ、俺も父ちゃんと同じとこに行ける?」

「…無理だろうな」

「母ちゃんは?兄ちゃんは?」

「俺たちは、墓になんか入れねぇ。そこらに捨てられるだけだ」

「なんで……?」

 問いかける兆に、父はふと手を止め、呼吸を整える。

「……昔、俺たちの祖先が反乱を起こしたんだ。負けて、罪人として扱われるようになった。それだけのことだ」

 父の声は、努めて平静を装っていた。

「…そうか、じゃあ、俺が父ちゃんも母ちゃんもにいちゃんも、同じ場所に連れってってやる」

「…無理だ」

「無理じゃない。みんなの骨も、肉も、俺が全部食う。そしたら、一緒に行けるだろ」

 父は何も言わず、再び荷車を押し始めた。

 その横で、誰かの嗚咽が風にかき消された。






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