番号で呼ばれる子供たち
車の外は砂煙がまっていて何も見えない。
どこか冷めた目をした少年――キサラギは無言で視線を向けていた。
車内には、同じ年頃の少年少女が数人。暗い赤い髪の男とよく似た顔の少女。白い何かを握りしめた鋭い目つきをした少年。
車内の揺れが急に収まったとき、手首をつかまれ、無理やり引きずりだされた。
外の砂が目に染みる。手かせで自由の利かない手で目をこする。
当然、親の姿はなかった。職員に「寄付された」と言われただけだった。識別番号を焼き印のように刻まれ、名前は剥奪された。
中には、すでに生気を失った子どもも、殺気をまとう子どももいた。まるで刑務所――いや、それ以下の空気。
「…入れ、今日からお前らはここで暮らす」
短く吐き捨てた職員の声に、キサラギたちは否応なく、家畜のように押し込まれた。
「…なぁ、なにもってんだ」
キサラギは、隣にいる鋭い目つきの少年に聞く。
「…父さんとか母さんとか」
少年は、ゆっくりとこぶしを開いた。そこにあったのは――人の骨だった。
しばしの沈黙。
赤髪の少女が、泣き出しそうな顔で唇を噛む。
「…妹が怖がってるから、しまってくれ、それ」
赤髪の少年が、いうと鋭い目つきの少年は静かにうなずき手を閉じた。
それが、キサラギたちの“はじまり”だった。
この地獄のような場所での、最初の記憶。
***
夜明け前。霧が地面を這うように漂う。
鉄柵のゲートが無音で開き、トラックが一台、ゆっくりと滑り込んできた。
荷台には檻。その中でひとり、子どもが泣き叫んでいた。裸足で、髪は乱れ、頬には乾いた涙の跡が残っている。
キサラギたちは、檻越しにその様子を見ていた。
ここに来て数日。深夜にやってくる車。
「また、来たな」
鋭い目の少年――兆がぽつりと呟く。驚きも怒りも、もうそこにはなかった。
「俺らも……あんな感じだったっけな」
焔羅が肩をすくめる。
どこからか響く、遠くの悲鳴。
「……俺ら、モルモットってことか」
キサラギの乾いた笑いは、霧の中に溶けていった。
***
「47番、来い」
夜になると、突然の呼び出し。誰かがいなくなる。
最初は、ただ別の部屋に移されたのだと思っていた。
けれど朝になると、ベッドが一つ、空いている。
その子の名前も番号も、貼り紙から消えていた。
キサラギは、無言で毛布を握りしめる。
布の隙間から、焔羅の妹――ユラが、不安そうな目で覗いていた。
「ねぇ……どこ行ったの?」
“選ばれた者は、どこかへ行く”
そんな噂が、子どもたちの間で静かに広まり始めていた。
“選別”――誰が言い始めたのかもわからない。だが、誰もがその意味を悟っていた。
夜が来るたび、足音が近づき、鉄扉が軋む。
何も告げられず、影が一つ、連れて行かれる。
「……戻ってきたやつ、見たことあるか?」
焔羅の問いに、誰も答えなかった。
沈黙だけが、疑念を確信へと変えていく。
***
鉄の扉の音と共に、地獄のような一日が始まる。
食事は配給制。ぬるい液体に浸った、正体不明の“何か”をすする。
食器を落とせば配給は停止。列を乱せば「処理室」行き。
処理室――どこにあるのか、誰も知らない。ただ、戻ってきた者はいない。
「……くせぇな、これ。昨日の残りじゃねぇか」
兆が鼻を鳴らす。
焔羅は隣で、器用に妹の分を取り分けていた。
「……黙って食え。文句言えば、あそこに呼ばれる」
キサラギが目線を動かす。
壁際で、ひとりの少年が職員に首をつかまれ、泣き叫んでいた。誰も動かない。誰も、助けられない。
職員たちの目は、常に“次”を探している。逆らえば、壊される――それが、この施設の掟だった。
その日、視線が向けられたのは、焔羅の妹――ユラだった。
年齢よりも幼く見える、小柄な身体。整った顔立ち。
列の後ろにいた職員が、じっと、ユラを見ていた。
焔羅はすぐに気づき、無言で妹の前に立ちはだかる。
伸びてきた職員の手に、身構えた――そのとき。
「87番、お前は特別に聞くことがある。一緒に来い」
掴まれたのは、意外にも、兆だった。
「……おい」
思わず声を上げたキサラギに、職員の目が鋭く光る。
「なんだ? 処理室に行きたいのか?」
キサラギが怯まずに口を開きかけた、そのとき。
兆が彼の腕をつかみ、低く言った。
「……いい、俺でよかった」
「懸命な判断だ。……安心しろ、まだ処理室には連れて行かないからな」
職員の冷たい声だけが、静かに響いた。




