表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第八章 責任のありどころ
82/174

番号で呼ばれる子供たち

 車の外は砂煙がまっていて何も見えない。

 どこか冷めた目をした少年――キサラギは無言で視線を向けていた。

 車内には、同じ年頃の少年少女が数人。暗い赤い髪の男とよく似た顔の少女。白い何かを握りしめた鋭い目つきをした少年。

 車内の揺れが急に収まったとき、手首をつかまれ、無理やり引きずりだされた。

 外の砂が目に染みる。手かせで自由の利かない手で目をこする。

 当然、親の姿はなかった。職員に「寄付された」と言われただけだった。識別番号を焼き印のように刻まれ、名前は剥奪された。

 中には、すでに生気を失った子どもも、殺気をまとう子どももいた。まるで刑務所――いや、それ以下の空気。

「…入れ、今日からお前らはここで暮らす」

 短く吐き捨てた職員の声に、キサラギたちは否応なく、家畜のように押し込まれた。

「…なぁ、なにもってんだ」

 キサラギは、隣にいる鋭い目つきの少年に聞く。

「…父さんとか母さんとか」

 少年は、ゆっくりとこぶしを開いた。そこにあったのは――人の骨だった。

 しばしの沈黙。

 赤髪の少女が、泣き出しそうな顔で唇を噛む。

「…妹が怖がってるから、しまってくれ、それ」

赤髪の少年が、いうと鋭い目つきの少年は静かにうなずき手を閉じた。

 それが、キサラギたちの“はじまり”だった。

 この地獄のような場所での、最初の記憶。


***

 夜明け前。霧が地面を這うように漂う。

 鉄柵のゲートが無音で開き、トラックが一台、ゆっくりと滑り込んできた。

 荷台には檻。その中でひとり、子どもが泣き叫んでいた。裸足で、髪は乱れ、頬には乾いた涙の跡が残っている。

 キサラギたちは、檻越しにその様子を見ていた。

 ここに来て数日。深夜にやってくる車。

「また、来たな」

 鋭い目の少年――兆がぽつりと呟く。驚きも怒りも、もうそこにはなかった。

「俺らも……あんな感じだったっけな」

 焔羅が肩をすくめる。

 どこからか響く、遠くの悲鳴。

「……俺ら、モルモットってことか」

 キサラギの乾いた笑いは、霧の中に溶けていった。


 ***

「47番、来い」

 夜になると、突然の呼び出し。誰かがいなくなる。

 最初は、ただ別の部屋に移されたのだと思っていた。

 けれど朝になると、ベッドが一つ、空いている。

 その子の名前も番号も、貼り紙から消えていた。

 キサラギは、無言で毛布を握りしめる。

 布の隙間から、焔羅の妹――ユラが、不安そうな目で覗いていた。

「ねぇ……どこ行ったの?」

 “選ばれた者は、どこかへ行く”

 そんな噂が、子どもたちの間で静かに広まり始めていた。

 “選別”――誰が言い始めたのかもわからない。だが、誰もがその意味を悟っていた。

 夜が来るたび、足音が近づき、鉄扉が軋む。

 何も告げられず、影が一つ、連れて行かれる。

「……戻ってきたやつ、見たことあるか?」

 焔羅の問いに、誰も答えなかった。

 沈黙だけが、疑念を確信へと変えていく。


***

 鉄の扉の音と共に、地獄のような一日が始まる。

 食事は配給制。ぬるい液体に浸った、正体不明の“何か”をすする。

 食器を落とせば配給は停止。列を乱せば「処理室」行き。

 処理室――どこにあるのか、誰も知らない。ただ、戻ってきた者はいない。

「……くせぇな、これ。昨日の残りじゃねぇか」

 兆が鼻を鳴らす。

 焔羅は隣で、器用に妹の分を取り分けていた。

「……黙って食え。文句言えば、あそこに呼ばれる」

 キサラギが目線を動かす。

 壁際で、ひとりの少年が職員に首をつかまれ、泣き叫んでいた。誰も動かない。誰も、助けられない。

 職員たちの目は、常に“次”を探している。逆らえば、壊される――それが、この施設の掟だった。

 その日、視線が向けられたのは、焔羅の妹――ユラだった。

 年齢よりも幼く見える、小柄な身体。整った顔立ち。

 列の後ろにいた職員が、じっと、ユラを見ていた。

 焔羅はすぐに気づき、無言で妹の前に立ちはだかる。

 伸びてきた職員の手に、身構えた――そのとき。

「87番、お前は特別に聞くことがある。一緒に来い」

 掴まれたのは、意外にも、兆だった。

「……おい」

 思わず声を上げたキサラギに、職員の目が鋭く光る。

「なんだ? 処理室に行きたいのか?」

 キサラギが怯まずに口を開きかけた、そのとき。

 兆が彼の腕をつかみ、低く言った。

「……いい、俺でよかった」

「懸命な判断だ。……安心しろ、まだ処理室には連れて行かないからな」

 職員の冷たい声だけが、静かに響いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ