表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第七章 大人になり損ねた子供たち
80/174

大人になり損ねたこどもたち

 水晶に、細かなひびが走り始めた。

 ナオはそれをただ見つめる。ひび割れた硝子の向こうに、レイの顔が映っていた。

 悲しみにも諦めにも似た、静かなまなざし。

「……レイ。なんで、そんな顔してるの?」

「……さあ。俺にも、よくわからない」

 ゆっくりと、レイが歩み寄る。

 一歩、また一歩。その足音に呼応するように、水晶の傷が広がっていく。

「…なにそれ、まるでかわいそうなもの、みるような、さ」

「失礼だよな、ごめん」

 レイの声は、まるで幼子をあやすような優しさを帯びていた。

「人間がルール作って、勝手に神を演じさせて、挙げ句そんな目で見られて」

「…ああ、そうだよな」

 ナオの言葉に、熱がこもりはじめる。

 その胸の奥に、積もった叫びが噴き出す。

「そんな都合のいい“救い”に、意味あるの?」

「……わかってる」

 まるで小さな子供が泣き叫ぶかのような声。

 レイは、ナオのそばまで来ると、そっとその体を抱きしめた。

 冷えきっていたナオの胸に、じんわりと熱が広がっていく。突き刺さる刃。

 剣の柄を握るレイの手から、熱が伝わる。

「…ねぇ……僕は、間違ってたのかな」

 ナオは縋るようにレイの背に腕を回し、強くしがみつく。

「間違ってるかどうかは、一概には語れない」

「…はは…いじわる。嘘でも間違ってないって言いなよ」

 ナオの声は、笑いと泣き声が入り混じっていた。

 その震えは、抱きしめる腕にも伝わる。

「ただ言えるのは——」

 ピキリ、と水晶が鋭くひときわ大きく音を立てた。

「——あんたもただの子供だったってのにな」

 泣き顔とも、笑い顔ともつかないその表情が、一瞬の閃光に包まれる。

 そして、世界はまばゆい光の中で、静かに崩れ落ちていった。


***

 キサラギが、机の上に資料を放る。

 レイとシン、ノノが無言で顔を上げる。

「その村はな、前の勇者が剣を抜く“前”に焼け落ちた。古い宗教を拗らせてた連中でさ、双子を神に祭り上げれば疫病が収まると、真剣に信じてたらしい」

 レイは机に放り投げられた資料を手に取り、中をのぞく。

 古い村人の名簿。儀式記録。事件の概要。

「問題は、その双子の“片割れ”だ。生まれた時、母親の腹から“水晶の石”と一緒に出てきた。石つきってわけだ」

キサラギは淡々と話を続ける。

「……そいつが村が焼ける時に“力”を使って、水晶の中に村人の魂を閉じ込めた。そして閉じられた、理想郷の誕生ってわけだ」

 皮肉な笑みを浮かべるキサラギ。

「けどな。そんな綺麗事の箱庭にも、限界が来る。魂は次第に摩耗して、形を保てなくなる。それでも繰り返す。何度も、何度も。全員が壊れるまで」

「壊れる?」

 ノノがぽつりと声をこぼす。

「生と死の循環を止めるってのは、転生すら許さないってことさ。記憶も、意志も、バラバラに砕けて消える。ああなる前に死んだ方がマシだ」

 場の空気が一瞬、凍りついた。キサラギは話を切り替えるように、鋭く言い放つ。

「本題だ。世界が崩壊に向かうとき、“あるトリガー”を起動しないと、水晶の力がこっちの世界まで流れ込む」

 レイが資料に目を走らせ、小さく声に出す。

「……“暴走時に、現実世界の人間を取り込もうとする”」

「そうだ。だからそれが起きる前に中に入って、トリガーを起動させる必要がある」

 キサラギは、掌に収まる水晶を机に静かに置く。

 その表面に、うっすらと亀裂が入っているのが見えた。

「この世界には一度しか入れない。魂がすり潰される。調査員はもうみんないった。だからあとは見習いしかいねえ。きっと魂の数的に今回が最後だと思うがな」

 シンが息を吸い、口を開く。

「わかった。……その“トリガー”って、具体的に何をするんだ?」

 一拍の沈黙のあと、キサラギは静かに答える。

「……水晶の力の“本体”を、崩壊が始まる前に“殺す”ことだ」

 誰も、すぐには口を開けなかった。

 レイが無言で資料を閉じ、机の上に置く。

 ページが一枚、風にめくれて裏返る。


***


1XXX年XX月XX日/XX村 水晶石付き調査記録


・疫病蔓延による混乱の中、宗教的儀式に伴う生贄殺人が続発。

・家族を殺された少年が復讐により住民を一軒ずつ惨殺。

・同日、石つきとされた少年が村を炎で包み、魂を水晶石に封印。

・——数日後、前の勇者が剣を抜く。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ